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ミリィ編 第二十四章 ミリィとエアリスとルーメンと① 朝の登校

第二十四章 ミリィとエアリスとルーメンと


翌朝、窓の外は、夜の冷えをまだ少しだけ引きずっていて、草の先には露が残っていた。

風は弱く、空は薄い雲を一枚かぶったように白い。いつもと同じ朝。いつもと同じはずの登校路。

それなのに、俺の胸の奥は、妙に落ち着かなかった。理由は分かっている。


エアリスが連れてきた――いや、「連れてきた」というより「紹介した」茶色い髪の女の子。ミリィ・アクアレーン。

まだ知り合ったばかりなのに、彼女の表情や声の震えが、ふとした瞬間に思い出される。人見知りなのはすぐ分かった。けれど、あのとき握手した指先の力は弱くなかった。何かを必死に掴もうとしているような、そんな不思議な強さがあった。


「ルーメン、早く。遅れちゃうよ」

背後からセリナ姉の声が飛んできて、俺ははっと我に返る。

「うん、今行く」


玄関を出ると、セリナ姉はいつものように少し先を歩き、エレナは小走りで俺の横に並んだ。手を繋ぐ。小さな掌が、今日も温かい。セリナ姉の歩幅は落ち着いていて、エレナに合わせて自然と速度を調整している。

ああ、日常ってこういうことだ。思わずそんなことを考えてしまう。


セリナ編の出来事が、家の空気をいったん重くしたのも事実だ。けれど今は、少しずつ取り戻している。その実感があるからこそ、俺は今朝の「新しい出来事」を、ちゃんと優しく迎えたいと思った。

学校へ向かう道の途中、俺は何度も周囲を見回してしまう。理由は、もちろん「影」ではない。もうあれは起きていない。起きる気配もない。


今探しているのは、茶色い髪の子の姿だ。

「……ルーメン?」

セリナ姉が、俺の視線の動きを見て眉を少しだけ上げる。

「誰か探してるの?」

「あ、うん。えっと……エアリスたち、もう来てるかなって」

嘘ではない。だが全部でもない。

セリナ姉はそれ以上追及せず、「ふーん」とだけ言って、エレナの手を軽く握り直す。

「今日は転ばないでね、エレナ」

「うん! わたし、ころばない!」

エレナの返事は元気で、俺は胸の奥が少し緩む。大丈夫。今日も、きっと大丈夫。


そう思いながら校門へ近づくと、人の声が増えてきた。走り回る子、笑いながら手を振る子、先生に呼ばれて慌てて戻る子。いつもの朝の光景が広がっている。

その中で……

「あっ」


視界の端に、エアリスの姿が見えた。

そして、その少し後ろ。

ちょこんと半歩、隠れるように立っている茶色い髪の女の子がいる。昨日と同じ。いや、昨日よりも肩がすくんでいる気がする。手を胸の前で握りしめて、足先をそろえるようにして立っている。

……ミリィだ。


エアリスは俺に気づいた瞬間、ぱっと表情を明るくした。こっちに手を振っている。

「ルーメン、こっち!」

声を出すのはいつも通り。元気。迷いがない。その隣のミリィは、声が出ない代わりに、身体全体が「来た」と言っているみたいに硬くなった。

俺はセリナ姉とエレナに目配せする。

「先行ってていいよ。すぐ行くから」

「分かった。置いていかないけど、遅れないでね」


セリナ姉はそう言って、エレナと一緒に校舎の方へ歩いていった。エレナは振り返って俺に小さく手を振る。

「おにいちゃん、あとでね!」

「うん、あとで」

それを見送ってから、俺はエアリスの方へ向かった。距離が近づくにつれ、ミリィがさらに身を小さくするのが分かる。逃げたいわけじゃない。むしろ、逃げないように頑張っている。そんな感じだ。

エアリスは、俺が来るのを待ちきれないみたいに言った。


「ルーメン!おはよう!」

「うん、おはよう、エアリス」

「ミリィもおはよう」

「……ルーメン、おはようございます」

「うん」

ただ、それだけを返して、ちゃんと目を合わせた。

ミリィが少しだけ顔を上げる。視線が一瞬だけ俺の目に触れ、すぐ外れる。


「ところでさ」

俺が自然に話題を繋ぐと、ミリィの肩が少しだけ緩んだ。

「エアリスとミリィは、いつ友達になったの? エアリスと一緒にいるのに、全然気づかなかったよ」

エアリスが、得意げに胸を張る。

「ふふん、聞きたい?」

「うん。気になる」

「じゃあね……」


エアリスは、あの日の水溜まりの話を、ゆっくりと話し始めた。

ミリィの足首、濡れた靴とスカート、ヒーリングの光、ウインドブリーズの風。

ミリィはその話を聞きながら、恥ずかしそうに顔を伏せる。でも、否定しない。隠さない。そういうところも、強い。

「なるほど」

俺は頷きながら言う。


「エアリス、ミリィを助けてあげたんだね。エアリスは優しいね」

エアリスは慌てて手を振った。

「そんなことないよ! 誰でもあの場面に出くわしたら助けるよ、きっと」

「……でも、助かった」

ミリィが小さく言った。


「本当に……助かったの。あのとき、私は……どうしたらいいか分からなくて……」

その声が、ほんの少しだけ震える。きっと、転んだ痛みだけじゃない。恥ずかしさ、焦り、情けなさ、怖さ。全部が混ざっていたはずだ。

「でも、もう大丈夫」

エアリスが、ミリィの肩にそっと手を置く。

「今は友達なんだから」

ミリィは、また少しだけ笑った。そして、その笑いはさっきより自然だった。


最後まで読んで頂きありがとうございます


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