ミリィ編 第二十三章 ミリィとルーメンの出会い⑤ 友達になった翌日
翌朝。ミリィはいつもより少し早く目を覚ました。カーテンの隙間から差し込む朝の光を見て、深く息を吸う。
「……行こう」
小さく、自分に言い聞かせる。
学校へ向かう道すがら、昨日の水溜まりのあった場所を通り過ぎる。もう乾いていて、昨日の出来事が夢だったみたいに見えた。
(あそこで、エアリスに会えたんだよね)
そう思うと、自然と歩幅が少しだけ軽くなる。
校門が見えてきた時、前方に見慣れた後ろ姿があった。
「……エアリス!」
思わず声をかけると、エアリスが振り返り、すぐに笑顔になる。
「おはよう、ミリィ」
「お、おはよう」
昨日より、ほんの少しだけ声が出しやすかった。並んで歩きながら、他愛もない話をする。授業のこと。宿題のこと。遊びに行った時に食べた焼き菓子の話。
(……ちゃんと話せてる)
ミリィは、心の中でそっと確認する。
校舎に入る直前、エアリスがふと思い出したように言った。
「ね、ミリィ」
「昨日の話だけど……」
「うん」
「今度、三人で遊ぼうって話」
「ルーメンも、楽しみにしてるって言ってたよ」
ミリィは一瞬、胸の奥がきゅっと締まるのを感じた。不安。緊張。でも、それ以上に……
「……はい」
しっかりと、頷く。
「私も、楽しみです」
エアリスは満足そうに笑った。
その笑顔を見ながら、ミリィは思う。きっと、大丈夫。
まだ始まったばかりの関係。でも、確かに一歩、踏み出せた。
そう感じられる朝だった。
授業中、ミリィは何度か窓の外に目を向けてしまっていた。集中しなければ、と思うのに、頭の片隅に浮かぶのは昨日と今朝のことばかりだ。
エアリスの声。ルーメンの穏やかな笑顔。
(ちゃんと、友達になれたんだよね……)
そう自分に問いかけながら、ノートに視線を戻す。
休み時間になると、エアリスが自然とミリィの席に来た。今までは、こんなことはなかった。
「次の授業、魔術だよね」
「うん……水魔術の基礎だったかな」
「そっか。ミリィ、水魔術得意なんだよね」
得意、と言われて、少しだけ戸惑う。誇れるほど上手いわけじゃない。ただ、好きなだけだ。
「……得意ってほどじゃないけど、嫌いじゃないです」
「それでいいと思うよ」
エアリスはそう言って、軽く笑った。その言葉に、肩の力が抜ける。
休み時間、校庭の端で三人の姿を見かけた。
ルーメンが、エレナと手を繋いで歩いている。少し離れたところで、セリナが周囲を見渡しながら、さりげなく二人を守っている。
(……家族なんだ)
当たり前のことなのに、なぜか胸がじんとした。
(いいな……)
その感情に、ミリィは自分で驚いた。羨ましいというより、あたたかいものを見ている気持ちに近い。
放課後。校舎を出ると、ルーメンがエアリスの方に気づき、軽く手を振った。
「お疲れさま」
「お疲れ」
そのやり取りを、ミリィは少し後ろから見ていた。
「ミリィも、お疲れさま」
ルーメンが視線を向けて、そう言う。昨日よりも、距離が近い。それだけで、心臓が少し速くなる。
「はい……お疲れさまです」
言葉はまだぎこちない。でも、逃げなかった。
エアリスが歩きながら言う。
「うん、三人で遊ぼうね」
ルーメンが答える。
「そうだね、たのしみだね」
ミリィは、少しだけ息を吸ってから答えた。
「……ありがとうございます」
「私、頑張ります」
ルーメンは、少し驚いたように目を瞬かせてから、穏やかに微笑んだ。
「頑張らなくていいよ」
「楽しめばいい」
その言葉が、胸の奥に静かに落ちていく。
家に帰る道すがら、ミリィは畑を眺めた、風が作物を揺らしている。
(私、ちゃんと前に進んでる)
ほんの一歩かもしれない。でも、その一歩は確かだ。次に会う時は、もっとちゃんと話せるように。そんな小さな願いを胸に抱きながら、ミリィは家の門をくぐった。
家に戻ると、ミリィの家はいつも通り静かだった。広い屋敷。整えられた廊下。外では、雇われている大人たちの声が遠くに聞こえる。
「おかえりなさい」
使用人の声に小さく返事をして、ミリィは自室へ向かった。
部屋の窓からは、畑が見える。規則正しく並ぶ作物の列。いつもと同じ風景。
でも、今日は少し違って見えた。ベッドに腰を下ろし、ミリィは両手を見つめる。今日、ルーメンと交わした握手の感触を、まだ覚えている。
(友達……)
その言葉を、心の中でそっと繰り返す。これまで、友達がいなかったわけじゃない。でも、自分から踏み出して、関係を築こうと思えたのは初めてだった。
エアリスの明るさ。ルーメンの落ち着いた声。二人の間に流れる、自然な空気。
(……私も、そこにいていいんだよね)
そう思うと、胸の奥がじんわりと温かくなる。机の上には、今日の授業のノートが置かれていた。水魔術の基礎。何度も練習してきた内容。
「……もっと、上手くなりたいな」
ぽつりと呟く。それは、誰かに認められたいからじゃない。誰かと一緒に笑いながら、同じ時間を過ごしたいと思ったからだ。
一方その頃、ルーメンは、いつもの帰り道を兄弟三人で歩いていた。
エレナが小さな手で二人の手を交互に握り、楽しそうに歩く。セリナはその様子を見守りながら、少しだけ穏やかな表情をしていた。
「……ルーメン」
「なに、セリナ姉」
「エアリスのお友達と仲良くなれてる?」
「うん、まあそれなりに」
「そう」
それだけの会話。でも、そこには自然な肯定があった。
夜。布団に入ったミリィは、目を閉じる前に、もう一度今日のことを思い返す。
朝の緊張。交わした言葉。「楽しめばいい」という、ルーメンの声。
(……明日も、学校に行こう)
当たり前のことが、少しだけ楽しみになる。その感覚を抱いたまま、ミリィは静かに眠りについた。
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