ミリィ編 第二十三章 ミリィとルーメンの出会い③ 約束
授業が終わると、教室の空気が一気に緩んだ。椅
子を引く音、笑い声、誰かを呼ぶ声が重なり合い、朝の緊張はすっかり溶けている。
そんな中、俺の席の横に、エアリスがぴょこんと現れた。
「ルーメン、終わった?」
「うん、今ちょうど」
そう答えた瞬間、エアリスの後ろから、少し遠慮がちにミリィが顔を出す。
「……お疲れさまです」
その声はまだ控えめだったけど、朝よりもずっと自然だった。
「ミリィも、お疲れ」
俺がそう言うと、ミリィは小さく頷いた。
「ねえねえ」
エアリスが、いつもの調子で話を切り出す。
「今度さ、三人で遊ばない?」
「いいね」
俺はすぐに頷いた。
「魔術の話もしたし、教えるって言ったしさ」
その言葉に、ミリィの目がぱっと明るくなる。
「本当ですか……?」
「私、友達と遊ぶこと、あまりなくて……」
少しだけ視線を落としながらも、その声にははっきりした期待が混じっていた。
「じゃあ、なおさらだね」
エアリスが笑う。
「初めてでも、久しぶりでも、楽しいのは一緒だよ」
ミリィは、少し考えるように唇に指を当ててから言った。
「……いつでも、大丈夫です。私、家にいることが多いので……」
その言い方に、俺は引っかかりを覚えた。
「でも、一応、両親に許可は取らないとね」
そう言うと、ミリィは一瞬、はっとした顔をした。
「あ……そうですよね。私……出かけること、あまりなくて……」
言葉の端が、ほんの少しだけ寂しげになる。
「でも、ちゃんと聞きます。必ず……行きたい、ですから」
その言葉には、迷いよりも意志があった。
「じゃあ決まりだね」
エアリスが、にっこり笑う。
「ルーメンの家で遊ぼうよ。お母さんも優しいし」
「うん。たぶん大丈夫」
そう答えながら、俺は思い浮かべる。母さんの顔。セリナ姉とエレナの様子。
賑やかになるな。悪い意味じゃない。むしろ、少し楽しみだった。
「……ありがとうございます」
ミリィは、深く頭を下げるように言った。
「そんなに改まらなくていいよ」
俺が苦笑すると、エアリスも頷く。
「友達なんだからさ」
「……はい」
その返事は、小さいけれど、確かだった。
帰りの時間になると、俺は兄弟三人で帰ることになり、エアリスはミリィと並んで歩くことになった。
校門を出る直前、ミリィが振り返って言う。
「……また、明日」
「うん、またね」
手を振るミリィの姿は、朝よりずっと柔らかかった。
その背中を見送りながら、俺は思う。今日一日で、全部が変わったわけじゃない。
でも、ミリィの世界に、確かに“友達”という居場所が増えた。そしてそれは、きっと俺たちの世界にも、静かに広がっていく。
校門を離れると、道は少し静かになった。陽がゆっくりと傾き始め、家々の影が長く伸びている。
エアリスとミリィは、並んで歩いていた。
「……ねえ、ミリィ」
エアリスが、前を向いたまま声をかける。
「どうだった?」
「……何が、ですか?」
ミリィは一瞬きょとんとしたが、すぐに気づいたように小さく笑った。
「ルーメン、です」
その名前を口に出すだけで、ミリィの声がほんの少し明るくなる。
「うん……」
「エアリスが言ってた通りの人でした」
「でしょ?」
エアリスは、少し誇らしげだ。
「優しいし、ちゃんと話を聞いてくれるし」
「それにね、無理に距離を詰めないところが好き」
ミリィは、ゆっくりと頷いた。
「……私、人と話すの、得意じゃなくて」
「何を言えばいいのか分からなくなっちゃうこと、よくあるんです」
「うんうん」
エアリスは歩調を合わせる。
「私も、昔はそうだったよ」
「本当ですか?」
「本当」
エアリスは笑った。
「今でも、初めての人はちょっと緊張するしね」
「でもさ、話さなくても、一緒にいるだけで大丈夫な人って、いるでしょ?」
ミリィは、少し考えるように視線を落とした。
「……ルーメン、そんな感じでした」
その言葉に、エアリスは嬉しそうに目を細める。
「だったら、きっと大丈夫」
少し歩くと、畑が広がる道に出る。風に揺れる作物の葉が、さらさらと音を立てている。
「……ミリィの家、あっち?」
エアリスが指さす。
「はい」
「この辺り一帯、うちの畑なんです」
「すごいね……」
エアリスは素直に感心した。
「でも」
ミリィは、少しだけ声を落とす。
「広いだけで……、昼間は、誰もいないことが多いんです」
その言葉には、不満よりも、慣れが滲んでいた。
「寂しくない?」
エアリスが、そっと聞く。
「……寂しい、です」
ミリィは正直に答えた。
「でも、両親は忙しいし。畑を守るために、必要なことだから……」
そう言いながらも、ミリィの指先は、スカートの端をぎゅっと握っていた。
「だからね」
エアリスは、立ち止まってミリィを見る。
「今度、遊びに来てくれるの、私も嬉しい」
「……本当ですか?」
「本当」
「ミリィが来てくれたら、きっと楽しい」
「ルーメンも、セリナも、エレナも、にぎやかだし」
ミリィは、少し戸惑いながらも、静かに息を吸った。
「……私」
「ちゃんと、友達になれますか?」
その問いは、とても小さくて、とても重かった。
エアリスは、迷わず答える。
「もう、なってるよ」
「え……」
「今日、一緒に話して、一緒に笑った」
「それで十分」
ミリィの目が、少し潤んだ。
「……ありがとうございます」
「こちらこそ」
二人は、また歩き出す。
陽が傾く中、並んだ影が、道に重なって伸びていく。
ミリィは心の中で、そっと思った。明日が、少し楽しみ。そんな気持ちを抱いたのは、いつぶりだろう。
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