ミリィ編 第二十三章 ミリィとルーメンの出会い① ミリィとルーメンの朝の挨拶
第二十三章 ミリィとルーメンの出会い
翌朝、空は澄み切っていた。
雲ひとつない青空が広がり、朝の光はやわらかく大地を照らしている。
昨夜の冷えがまだ残っているのか、吐く息はわずかに白く、けれど日差しは確実に春へ向かっていることを感じさせた。
俺はいつも通り、セリナ姉とエレナと三人で並んで家を出た。エレナは俺とセリナ姉の手を交互に握りながら、小さな足で一生懸命歩いている。
「ねえねえ、今日はね、えほんよむじかんがあるんだよ」
嬉しそうに話すエレナの声は、もう以前のような怯えを含んでいなかった。そのことに、俺は胸の奥でそっと安堵する。あの騒動が嘘だったみたいに、今は穏やかな朝だ。
「よかったな、エレナ」
「うん!」
セリナ姉は、その様子を少し後ろから見守るように歩いていた。過剰に近づきすぎることもなく、かといって離れすぎることもない。その距離感が、今のセリナ姉らしさだと、俺は思う。
学校へ向かう道は、朝の賑わいに満ちていた。子どもたちの笑い声、通学路沿いの畑から漂う土と草の匂い、遠くで鳴く鳥の声。何も特別なことはない。けれど、その「普通」が、今はとても大切に思えた。
校門が見えてくる頃、前方に見慣れた金色の髪が揺れているのが目に入った。
エアリスだ。
同じクラスで、毎日のように顔を合わせているはずなのに、今日はなぜか落ち着きのない様子で、きょろきょろと周囲を見回している。
そして俺の姿を見つけると、ぱっと表情を明るくした。
「ちょっと、ルーメン! こっち来て!」
いつもより少し声を潜めながら、手招きをしてくる。
その様子に、俺は思わず首を傾げた。
「どうしたんだろう?」
セリナ姉も気づいたようで、俺の方を見る。
「行っておいで。エレナは私が一緒に行くから」
「うん、ありがとう」
俺はエレナの頭を軽く撫で、エアリスの方へ向かった。
その時だった。
エアリスのすぐ後ろ。彼女の影に隠れるように、ちょこんと立っている女の子が、視界の端に映った。
茶色の髪。肩より少し下まで伸びたそれは、丁寧に整えられているが、持ち主の緊張を映すように、わずかに揺れている。制服の裾をぎゅっと掴み、視線は地面へ落ちたまま。
……人見知り、だな。そう直感的に思った。
けれど、その立ち姿からは、ただ怯えているだけではない、何か一生懸命な気配も感じられた。
エアリスは一度、後ろを振り返り、彼女に小さく頷いてから、俺の方を見て言った。
「ルーメンね、ちょっと紹介したい人がいるの」
その声には、少しだけ照れと、はっきりとした嬉しさが混じっていた。
俺は自然と背筋を伸ばす。
この朝が、いつもと少し違うものになる。そんな予感が、胸の奥で静かに芽生え始めていた。
エアリスは一歩横にずれ、後ろにいた女の子が俺から見える位置に来るよう、さりげなく促した。それだけの動作なのに、まるで舞台の幕が静かに開くみたいだった。
「ルーメン、こないだね」
エアリスは少し胸を張り、でもどこか照れたように言った。
「私に、友達ができたんだ」
その言葉に、俺は一瞬だけ目を瞬かせる。エアリスが「友達ができた」と言うこと自体は、珍しいわけじゃない。
でも、その言い方がいつもより少しだけ大事そうで、嬉しそうで――だから、自然と真剣に聞いていた。
「でね。ルーメンとも、きっと気が合うと思って」
そう言ってから、エアリスは小さく息を吸い、後ろを振り返った。
「……じゃあ、ミリィ」
名前を呼ばれた瞬間、茶色い髪の女の子の肩が、ぴくりと揺れた。
一歩、また一歩。
迷うように、けれど逃げないように、彼女は前へ出てきた。そして、深く……ほんの少しだけ、俯く。
「……ルーメンさん」
声は小さいけれど、はっきりしていた。消え入りそうでいて、ちゃんと届く声。
「私、ミリィ・アクアレーンといいます」
名乗るだけなのに、言葉の端々に緊張が滲んでいる。両手はぎゅっと握られ、視線はまだ俺を正面から見ていなかった。
「その……」
一度、言葉が途切れる。何を言うべきか、どこまで言っていいのか、必死に考えているのが伝わってくる。
「エアリスから……ルーメンさんのお話を聞いて……」
少しだけ、顔が上がる。でも、目が合いそうになると、またすぐに伏せられた。
「すごいなって、思って……その……」
そこまで言って、完全に言葉が止まった。耳まで赤くなっているのが、はっきり分かる。
ああ。俺はその時、はっきり理解した。この子は、人見知りだ。でも、
ちゃんと話そうとしている。勇気を振り絞って、ここに立っている。
だったら、こちらが、緊張させないようにしないといけない。俺は、自然と力を抜き、いつもより少し柔らかい声で言った。
「僕は、ルーメン・プラム・ブロッサム」
わざと、ゆっくり名乗る。
「剣術のランダル先生の息子だよ」
ミリィが、少し驚いたように顔を上げた。たぶん、名前だけでなく、肩書きが出てきたのが意外だったんだと思う。
「でもね」
俺は、にこっと笑って続けた。
「そんなの、今は関係ないよ」
一歩、ほんの少しだけ距離を詰める。近づきすぎない、でも遠くならない距離。
「僕でよかったら、友達になってほしいな」
その瞬間、ミリィの目が大きく見開かれた。
「僕のことは、ルーメンって呼んでいいからさ」
「……よろしくね、ミリィさん」
その言葉が、彼女の中で何かをほどいたみたいだった。
「……!」
ぱっと、表情が明るくなる。
曇っていた空に、一気に光が差し込むみたいに。
「ありがとうございます……!」
今度は、ちゃんと俺の方を見て、はっきり言った。
「友達になってもらえて、すごく嬉しいです」
声はまだ少し震えているけれど、そこには確かな喜びがあった。
「私のことは……ミリィって呼んでください」
「よろしくお願いします、ルーメン」
その言葉に、俺は頷いた。
「うん、よろしく」
そして、自然と手を差し出す。
ミリィは一瞬だけ迷ってから、そっとその手を握った。
小さくて、少し冷たい手。でも、その握り方は、思ったよりしっかりしていた。
エアリスは、その様子を見て、満足そうに笑っていた。
「ふふ。やっぱり、うまくいったね」
朝の校門の前。人の流れの中で、ささやかだけれど確かな出会いが、こうして形になった。
俺はその瞬間、はっきりと感じていた。この出会いは、きっと長く続く。そんな予感が、胸の奥で静かに広がっていた。
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