ミリィ編 第二十二章 エアリスの友達⑥ ミリィとの学校
翌朝。窓から差し込む朝の光で、エアリスは目を覚ました。鳥の鳴き声が、いつもより少しだけ近くに感じられる。
(……今日は、会えるかな)
寝起きのぼんやりした頭の中で、真っ先に浮かんだのはミリィの顔だった。
布団から起き上がり、身支度を整えながら、昨日の会話を思い返す。焼き菓子の甘い匂い。
ミリィの少し控えめな笑顔。水魔術の話をしている時の、楽しそうな声。
(あの子、水魔術の話になると、すごく生き生きしてた)
自分と同じように、魔術の話が好きな友達がいる。その事実が、胸の奥で静かに広がっていく。
朝食を済ませ、学校へ向かう道を歩いていると、少し前方に見覚えのある後ろ姿が見えた。
茶色の髪。少し小さな背中。
「……ミリィ?」
声をかけると、ミリィは驚いたように振り返った。
「あ……エアリスさん」
「おはよう。昨日はありがとう」
「い、いえ……こちらこそ」
一瞬、二人の間にぎこちない沈黙が流れる。だが、すぐにエアリスが笑った。
「一緒に行こう」
その一言に、ミリィの表情がぱっと明るくなる。
「……はい」
並んで歩き出すと、最初は歩幅を合わせるのに少し時間がかかった。けれど、数歩も進めば自然と呼吸が揃う。
「……エアリスさん」
「なに?」
「この前は本当に助かりました。あのままだったら、ずっと立ち尽くしてたと思います」
ミリィは足元を見ながら、ぽつりとそう言った。
「困ってる人がいたら、助けるのは普通だよ」
エアリスはそう答えたが、ミリィは小さく首を振った。
「でも……声をかけるのって、勇気がいるじゃないですか」
その言葉に、エアリスは少し考え込んだ。
「……そうかもね。でも、放っておく方が、私は嫌だった」
その答えに、ミリィは一瞬目を見開き、そして小さく微笑んだ。
「……エアリスさんらしいですね」
「そう?」
「はい」
学校が見えてくる頃には、二人の会話は少しずつ増えていた。授業の話。先生の癖。最近覚えた魔術のこと。
ミリィは、まだ言葉を選びながら話している様子だったが、エアリスはそれを急かさなかった。
(この子は、この子のペースでいい)
そう思えたことが、自分でも少し意外だった。
校門をくぐる直前、ミリィが少しだけ足を止める。
「……エアリスさん」
「ん?」
「……これからも、一緒に帰ってもいいですか?」
その声には、不安と期待が混じっていた。
エアリスは、迷わず頷く。
「もちろん」
その一言で、ミリィの顔に、はっきりとした笑顔が浮かんだ。
友達、その言葉が、今度ははっきりと、胸の中に根を下ろした気がした。
読み書き・算術の授業が終わり、教室に少しだけざわめきが戻る。椅子を引く音。ノートを閉じる音。窓から差し込む光が、床にゆっくりと移動していく。
エアリスはふと隣の席を見た。
ミリィは、教科書を丁寧に鞄へしまいながら、どこか落ち着かない様子で指先を動かしている。話しかけたいような、でも迷っているような、そんな仕草だった。
「ミリィ」
名前を呼ぶと、ミリィは少しびくっとして顔を上げた。
「は、はい」
「休憩時間お話しない?」
一瞬、時間が止まったように見えた。
「……いいんですか?」
「もちろん」
エアリスが当たり前のように答えると、ミリィは何度も小さく頷いた。
「……はい。ぜひ」
二人は並んで校庭の端へ向かった。
木陰になっている場所は、昼の喧騒から少しだけ離れていて、風が心地いい。
「……ミリィの家、農地が広いって言ってたよね」
「はい。この辺り一帯がそうなんです」
「一人でいること、多い?」
その問いに、ミリィは少しだけ言葉を探した。
「……多い、です。でも……慣れてます」
慣れている。その言葉の裏にあるものを、エアリスは無理に聞かなかった。
「でも」
ミリィが続ける。
「エアリスさんと家で遊べて楽しかったです。」
その声は小さかったが、確かだった。
エアリスは、胸の奥が少し温かくなるのを感じる。
「これからも、そうしよう」
「……はい」
休みの終わりを告げる鐘が鳴る。
二人は顔を見合わせ、少し名残惜しそうに立ち上がった。
(友達って……こういうこと、なのかも)
エアリスは、そんな風に思いながら教室へ戻った。そして同時に、心の中で次のことを考えていた。ルーメンに、紹介したら、きっと大丈夫。三人で並んで歩く姿が、自然と浮かぶ。まだ先の話なのに、不思議と確信があった。
放課後。教室の窓から差し込む光は、少しだけ角度を変え、机の影を長く伸ばしていた。
帰り支度をする生徒たちの声が、徐々に廊下へ流れていく。
ミリィは鞄を胸に抱え、席を立つタイミングを測るように、何度も視線を巡らせていた。
「ミリィ」
エアリスが声をかけると、また少し驚いたように肩が跳ねる。
「はい」
「一緒に帰ろう」
その言葉は、特別なことではないように、自然に出たものだった。
「……いいんですか?」
「うん。約束でしょ」
ミリィは一瞬だけ迷ったあと、ぎゅっと鞄を握り直して頷いた。
「……はい」
校門を出ると、空気が肌に触れる。風は涼しく、遠くで鳥の声が聞こえた。
二人は並んで歩く。
「……あの」
ミリィが、小さく口を開いた。
「エアリス」
「なに?」
「……この前、声をかけてくれて……本当に、ありがとうございました」
「またそれ?」
エアリスはくすっと笑う。
「当たり前のことしただけだよ」
「……でも」
ミリィは少しだけ言葉を詰まらせる。
「私……誰かに、あんな風に、迷わず声をかけてもらったの、初めてで」
夕焼けが、ミリィの茶色い髪を柔らかく照らしていた。
「……だから」
「うん」
「……友達になれて、嬉しいです」
エアリスは立ち止まり、ミリィの方を見た。
「私も」
それだけで、十分だった。
別れ道に差しかかる。
「じゃあ……また明日」
「うん、またね」
ミリィは何度も振り返りながら、家の方へ歩いていった。その背中は、朝よりも少しだけ軽やかに見えた。
エアリスはその姿を見送りながら、胸の奥で静かに思う。
(次は……ルーメン)
三人で話す場面が、はっきりと浮かぶ。ミリィの少し緊張した表情。ルーメンの、少し戸惑いながらも優しい笑顔。
(きっと、うまくいく)
そう確信できたことが、エアリス自身にとっても新しい感覚だった。夕焼けの中、家路につきながら、エアリスは小さく微笑んだ。
友達ができた。それは、静かで、確かな変化だった。
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