54話 王たる者
ささやかな生徒たちの話し声が大ホールに反響している。
そんな声を背後に舞台の幕の向こうでは、大人たちがバタバタと駆け回っていた。
「生徒会長は?」
「控え室に通しました!」
その中心で指揮を執るのは、壮年の教師フレクド・マイヤーだった。
彼が一声上げて確認作業をするたび、現場の作業が行き届いたように思えるから不思議だ。
「ロギス・フルールは来てくれたかな?」
「さっきそれらしい姿は見掛けましたが、どこにいるかまでは……」
「うん。ありがとう来ていることが分かればいいよ」
来賓リストや式典の流れを頭で反芻し、滞りがないか確認する。
近年の式典の舵取りはマイヤーに一任されることが多かったため、入学式の準備も慣れたものだ。
唯一心配なことといえば、魔霊公ロギス・フルールがちゃんと新入生の前に出てくれるかどうかだ。
先月、推薦する魔法使い見習いを連れてきたかと思えば、入学式で生徒を激励する魔術師として登壇したいと宣っていた。
彼女にはいつも驚かされてばかりである。
歳も取って落ち着いたと思っていたが、彼女は変わらず自由にやりたいことをやっている。それが眩しくもあり羨ましくもあるが、マイヤーは教師として働くことにやりがいを感じていた。
舞台の設置が完了し、来賓のもてなしを指示し、と入学式の準備も終盤に差し掛かった頃。
彼女はびっくり箱のように現れた。
「やあ!」
「ッ……! おお、ロギス君。急に現れるのは止めるように」
ニコニコと上機嫌なロギス・フルールが、天井逆さ吊り状態から飛び降りてきたものだから、マイヤーは驚いて胸を押さえた。
「先生、先月ぶりですね!」
キラキラと笑みを浮かべるロギスの頭は銀色に光っているし、清潔なローブを纏っている。
ロギスはちゃんと“国民的魔術師ロギス・フルール”としてやって来てくれたようだ。
「今日は良い入学日和! 新入生たちもなかなかの粒ぞろいのようですねえ! いやあ先生も教え甲斐があるでしょう!」
両腕を広げて、舞台のすべての照明を受けながらクルクルと回るロギスをマイヤーは注意することもなく眺めている。
「きみが連れてきた生徒もいるからね。そりゃあ例年より熱も高まるだろう」
「光栄です! 惜しむらくは新入生に西の貴族が多いことでしょう」
「……戦って勝つだけが魔術師ではないよ。」
マイヤーがそうたしなめると、ロギスは悲しそうに顔を伏せる。
いちいちわざとらしい。
「そうではないのです。ワタシは東と西は切磋琢磨してこそだと、思うのです。比率がこんなに偏っていると東出身の生徒に悪影響になるかも……と心配してしまって」
彼女の語る内容はとても身勝手で、机上の空論でしかなかった。
子どもの出生率なんて平等ではないし、どこの魔法学校に進むかなど人それぞれなのだ。
たまたま今年の新入生の年齢では西の方が子どもが多めで、たまたま東出身のオーラ学院への入学者が少なかっただけである。
全てが彼女の言うように切磋琢磨し合えるようにできていない。
彼女の見てきた時代がたまたま恵まれていただけだ。
マイヤーは穏やかな微笑みで、ロギスの言葉に頷いた。
彼もそれが叶えばどんなに良いかともちろん思っている。
生徒が成長しやすい環境を整えられたらどんなに良いだろうか。
「うんうん。しかしね、面白い話も聞いているんだ」
穏やかながらも弾んだ声に、ロギスは頭を傾げる。
「ふむ?」
「東出身の子たちが暴れているらしい。特にヘルホーグ家のご令嬢が日夜生徒に決闘を申し込んでいるとか」
「ほほう!」
「きみの推薦した子も巻き込まれていたらしいね」
「……おや」
ロギスは目を瞬かせた。
あのオドオドした少女が巻き込まれていたとは。
なんと惜しいことをしたのか。
後でルチアに詳しく話を聞こうと決めた。
「……それで、悪いのだけどまだロギス君の出番ではないから一度舞台から降りてもらっていいかな」
おや。
式典の進行も任されているマイヤーは、ほのぼのとお話をしている暇はなかったのだ。
*
生徒たちが集まった大聖堂はなかなか壮観である。
ルチアがよくよく観察した結果、集まっている生徒の中には在校生のいわゆる先輩も混ざっているらしい。
新入生が座っている席の塊のざわめきと、先輩の集まっている席のざわめきはなんだか空気が違った。
しかし在校生は全ての生徒が参加しているわけではなさそうだ。
「……何かあるのでしょうか」
「おそらく役職持ちの方々かと思いますわ」
「役職持ち、ですか?」
ルチアの呟いた疑問は隣に座っていた、いかにもなお嬢様サシャ・ニウロースが答えてくれた。
全くルチアの知り合いではなかったが、サシャは社交性が高くどう見ても平民なルチアにも優しかったので、ものの数分で打ち解けた。
「生徒会だったり、部活だったり、研究室の代表だったり、さまざまなリーダーに与えられた称号のようなものらしいですよ。わたくし、あちらのものすごく金髪の方__エイト・ケルン王子は生徒会副会長と伺っておりますので、そちらから推測してみましたわ」
ものすごく金髪の人と言われた男子生徒を見て、ルチアはどうして今まで気づかなかったのかと驚いた。
“王子”というびっくりワードも気になるが、彼を視た時ものすごく眩しくなった。これはおそらく精霊のものだろう。
こんなに目立つ存在感しかない精霊に気づけなかったなんて、とルチアは少し悔しくは思った。
よく見てみれば、エイト・ケルン王子がいる周りも精霊の気配を多く感じる。
「……王子様なんですね」
「わたくし直接お話しさせていただいたことはないですが、とてもお優しい方だと各所で噂されていますわ」
「ほぁー……」
まさに“王子様”な存在であるらしい。
本で読んだような王子様に、ルチアはワクワクした。
「__あら、すみません。わたくしったら、またお話を……もう始まりますわね」
「き、気にしないでください」
ルチアはブンブンと首を振った。
こんなに親しく話してくれる女の子は貴重であった。
サシャの視線の先には、幕のかかる舞台に照明がチカチカと点けられている様子があった。
座席の通路に設置された精霊の像もほのかに光る。
周りの生徒たちもその様子に気づいたのが、だんだんとおしゃべりを止めていく。
そして入学式が始まった。
「____皆さんとこの学び舎で過ごせることを嬉しく思います」
ごく普通の入学式である。
偉い人が登壇し、長々と話してを繰り返す何の変哲もない入学式である。
ルチアにとっては別世界のようでドキドキするものらしいが。
今話を終えて舞台を降りる生徒会長らしい生徒を視線で追いかけて、(歩き方が綺麗だな~)と呑気に頷いていた。
「__魔霊公ロギス・フルールからの祝辞」
空気がガラリと変わったのは、この司会者の一言からだ。
今まで嬉し恥ずかしと穏やかに舞台を見ていた新入生や、傍観していた在校生、教師、来賓、その他大聖堂に集まる人全員の背筋が伸びるような緊張感。
それだけ魔術師にとって、これから魔術師になる者にとって、ロギス・フルールは一線を画した魔術師だった。
ある者は畏怖を。
ある者は尊敬を。
ある者は憧れを。
サラリとした銀色の髪から覗く、鋭い金色の眼光が人間も精霊も問わず縫い留めた。
時間が止まったかのような、長い時間。彼の魔女が口を開くのを待っていた。
獲物を狙う狩人のような視線が生徒たちを刺す。
「__キミたちの世代に精霊王候補が眠っている。現王の子が王となるか、精霊に愛された子が王となるか、それとも政治に向いた賢い子が王となるか____否。
候補となる権利は全ての魔術師になるキミたちに与えられる。つまらない出来レースで次期精霊王を選ぶつもりは、ない。
強く在れ。ワタシはいつでも強くなったキミたちを待っている」
魔霊公という特別な地位にだけ許された豪奢なローブを翻し、ロギス・フルールは姿を消した。
ロギスに鼓舞され、送られる拍手がより強くなる。
涙を流す生徒までいる。
ルチアも合わせて手を叩きながら、ロギスが式典用にちゃんと話せることに感動していた。
やはりロギスに実際に会う前に見た新聞などの記事のロギスは、誰かに脚色されたものではなくロギスが外用にしっかりしていただけだったのだ。
ルチアが憧れたロギス・フルールと同じ空気が吸えたことに感謝し、拍手をさらに強くした。
でも鼓舞の仕方の大胆さはロギス様だな、と思った。
3章終わりです
今日か明日の私が頑張ったら登場人物のまとめが出ると思います
まだまだ同級生も登場したばかりなのでドキドキですね!
閑話が何話かあるかも??




