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とある精霊の旅  作者: うさ公
第三章 出会いと紅の好敵手
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48話 気持ちで負ける



「ワタシと戦ってくれ!!」


 ルチアと同室のララ・ヘルホーグの紅の瞳がルチアを離さないと言わんばかりに見つめる。


「……な、なぜ……?」


「ワタシは、強い魔術師になりたい! だから、いろんな者と闘って経験を積みたい! この学院に入って最初に闘う相手は、相部屋の生徒だと決めていた! もし問題がないのなら、ワタシと決闘を頼む!」


 彼女の言葉はルチアの心に深く浸透した。

 強い魔術師に。


(私も、強い魔術師になりたい)


 ルチアも目の前の少女と同じ思いだった。


 両手を強く握って、頷いた。


「ぜひ、お願いします」



 *


 ルチアの返答にまた大きな声で「ありがとう!」と礼を言ったまま、ララ・ヘルホーグはルチアの手を掴みすぐさま外で闘おうと連れだそうとしたので、一度ストップをかけルチアはローブを羽織った。


 やはりローブを手元の鞄に入れていて良かった。


「自分で歩けるのでっ!」


 再び手を掴まれ引きずられそうになったので、またストップする。

 ルチアはララが猪突猛進すぎて先行きが不安になった。

 これは同級生とのなくていいイベントなのだろうか……


 今更後悔しても遅い。

 ララはルチアが悩む倍の速度で、戦いの場を整えていた。



「お前! ワタシたちの決闘の審判をしてくれ!」


 哀れなもので、そこらで突っ立って花壇を眺めていた男子がララに捕まった。彼女は腹から声を出しているので、聞こえなかったなどと言い訳をする隙もない。


「え、オレ? 決闘?」


 今日の人の動きや、制服を着ていない彼の様子からして、ルチアたちと同じ新入生だろう。

 何も分からず自分を指差す男子がかわいそうだ。


 問答無用でララに肩を組まれた。


「ええ~? こんな積極的な女の子初めて~?」


 しかし男子は男子で呑気にへらへら笑っている。

 ルチアはいろいろ大丈夫なのかものすごく不安になった。


 ララの後頭部で一つに結ばれた髪がうねる様子をぼうっと眺めながら、ルチアは訓練場まで連れていかれた。


 *


 訓練場に初めて入った感動を覚える間もなく、ララは知った足取りで2階へ上がってすぐの広い空間に立たせた。


「お前名前は」


「ウェンリオル・オルヒュード。ウェンって呼んでよ」

「ウェン。ワタシはララ・ヘルホーグだ」

「うんうん」

「こっちはルチアらしい」


 ララはウェンリオル・オルヒュードと名乗る男子とさほど背の高さが変わらないから、威圧感がある。

 彼はララの正面からの張った声に恐れる様子はない。ハハハーと呑気に笑っている。


 ウェンリオル・オルヒュード。彼もなかなかの大物なのかもしれない。

 ルチアは2人ともが家名があるイコール貴族であるということに気づき、ちょっと震えた。

 国内でも最高峰の魔術師養成学校。さすがの貴族遭遇率である。



 そしてララに勝手に名前を言われたので、とりあえずウェンにペコリと会釈した。


「でぇ、決闘って何事?」


 ウェンがそう訊いた。


「ワタシは強い魔術師になりたい。そのために経験を積むのだ。手始めに今日、寮の同室のルチアと闘う。お前ともいずれ闘わせてくれ」

「……えぇ? オレはあんま戦闘はなぁ~……?」


 ララは本当に誰とでも決闘する気らしい。

 ウェンは嫌そうに顔を歪ませた。初めて彼はララから退いた。戦いを避ける彼がどんな魔法を使うのか、ルチアはひっそり気になった。


 ウェンから一瞬、ルチアに助けを求める視線が送られたが、すぐに諦められた。戦闘民族ララと同類であると見る目だった。



「……そして決闘にはこれを使う。見たことはあるか?」


 ララが懐から出したのは、白くつるりとした材質の手のひらサイズの丸い物体だった。細かく装飾のようなものがあるが、それが何の意味を持つかはルチアには分からなかった。


「あ、ありません」


 ウェンも知らないようで、その2人の反応を見てララは頷いた。


「そうか。これは特殊なバトルゾーンを作り出す機械だ。オーラ学院の昨年の卒業生が作り出した魔道具で、“あの”最強決定戦にも今年から使用されると噂なのだ」

「エッ!」


 最強決定戦という言葉に思わず声を上げる。

 ルチアはより身を乗り出して白い球体を観察した。

 丸い表面にある突起物は、何かしらの魔法を作動させるためのスイッチなのかもしれない。

 切れ込みの線は形状を変えるためのものか、機械を組み立てるためにあるものだろうか。


『起動』


 ララがそう詠唱すると、色の付いた突起物がピコピコと赤青に光る。

 そして、球体から四つの棒を抜いた。


「これで範囲を決める。このコート一つ分で良いな?」

「だ、大丈夫です」


 訓練場は6階まであり、それぞれの階で使えるコートの大きさは様々だ。

 ルチアたちがいる2階のコートは、サッカーコートを半分にしたくらいの広さだ。


 2人で魔法戦をするなら十分な広さなのだろう。


 ララは手にした棒をコートの四隅にそれぞれ配置した。


「まずこれでフィールドを設定した」

「設定する広さに限界はあるんですか?」

「あるぞ。ちょうどこのコート2つ分が最大だろう」


「これ意味あるのー?」


 ウェンがただ床に置いただけの棒に意味を問う。


「それは今から分かる。ルチア、手を」


 白い球体に、ララとルチアの手が触れる。


 ルチアはその指先から魔力の一部を縛られた感覚があった。


 その瞬間、2人の周りにそれぞれ3つの透明な玉がくるくると回るように出現した。


「これはワタシたちが受けたダメージを代わりに受けるものだ。これが3つとも破壊されたら負けだ」


「ダメージ……って、擦り傷も入りますか?」

「それは入らない。そこら辺は基準がよく分からないんだが、大きなダメージを一つ喰らえば一つ玉が割れるらしい。即死もカウントされる」


「えっ! 死なないってこと?」

「そうだ」

「すご!」


 ダメージがどこからか分からない不安はあるが、とりあえず“ダメージを与える”ということをしたらいいらしい。

 曖昧である。



 ルチアが難しそうな顔をしていたのを見て察したのか、ララは実際に見てもらった方が良いとナイフを出した。


 そしてそれを躊躇なく左手に振り下ろす。

 ルチアの喉がヒュッと音を立てた。


「……ワタシは今手首を落とそうと振った。しかしワタシの手には傷一つ付かず、代わりに玉が割れた」


 ララの周りを2個になったガラス玉がぐるぐると回っている。


 そして手元の白い球体を弄ると、ガラス玉が3つに戻った。


「これが魔法戦バトルゾーンの勝敗システムだ。そしてフィールドを展開すると決闘での魔法の余波が外に届かないようになる」


 また球体を操作すると、先ほど設置していた棒を基準に四方の壁が展開される。

 半透明で色が付いているため、壁であると分かりやすい。


 結界魔法の一つだとルチアは読み取った。

 外に魔法を通さない結界はどんな付与を行えば実行可能なのだろうか。ルチアが壁に手をやると簡単に通り抜けた。

 相当な魔力回路を組まなければこんな丸っこい機械のワンボタンでできるはずがない。



「この中で闘う。魔法を使っても、拳を使ってもどんな闘い方でもいい。相手もしくは自分の玉が全て壊れたらフィールドは解除される。その破壊判定はウェンにさせる」

「あ、ここでオレね」


「そうだ。決着がついた時フィールドの解除はこのボタンだ」

「はいはい」


 ララからウェンへ白い球体が渡された。



 ルチアはララに勝てるとは1ミリも思っていなかった。

 ララは肉体に恵まれている。長い四肢は魔法にも物理攻撃にも有利だ。彼女の腰に剣が下げられているためそれを使う魔法剣士的な戦い方をするのだろうと推測する。

 身のこなしも無駄がない。剣を振る過程で身についた重心移動というやつだろうか。


 そして彼女の周りにいる赤い光。きっとララは火属性の魔力なのだろう。契約はしていないように視える。元気な火の精霊だ。ララに同調しているのだろう。


 なにより彼女には“自信”がある。

 己の磨いてきた技術に対する自信。

 自分の言動に対する自信。


 アリサに結界魔法を始めとした魔力操作を教えてもらい、ロギスに魔力砲を始めとした魔力探知を教えてもらってもルチアはまだ自分の力を信用できていなかった。


 ララには気持ちで負ける。

 戦いに慣れているだろうから、経験でも負ける。


 ルチアにできることは、相手を観察し研究することだ。

 自分の力を経験として知ることだ。


 対人戦において、自分の結界魔法や風魔法はどの程度通用するのか。

 この魔法はどの場面で活かせるのか。


 考えて考えて戦う。


 それができないまま瞬殺されたら、仕方ない。

 自分の中に落とし込めるまでララに付き合ってもらおう。




 ララとルチアはコートで互いを見つめ合いながら立つ。


「……よろしくお願いします」


「ララ・ヘルホーグの名の下に、お前と正々堂々と闘うことを誓おう!」


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