46話 仲が良いね
「わああ! わあっ!」
ルチアは今までにないくらい顔を緩めて、跳ねるようにクルクル回った。
国立オーラ魔法学院の入学まで間近に迫ったある日、ミロから制服が完成したと連絡があったのだ。
すぐにミロの店に突撃し、試着させてもらっていたのだ。
真っ白な制服にところどころ差し色として若葉色が入っている。
回るたびに広がる腰の布を目で追いながら、可愛いという言葉だけが頭を占領していた。
「可愛いっ! 可愛いわ! ルチア様素敵っ!」
ミロは濃い化粧の下にクマを隠し、ルチアの制服姿に涙を流した。
ルチアの他にもいくつかの生徒の制服の仕立てもあったため、ドタバタした1ヶ月だったが無事問題なく着られている様子を見られて、安心しすぎたのか涙腺が緩い。
「どうでしょうか。着心地は」
「すごく、すごいです! いっぱい布を重ねてるのに、動きやすいです……!」
「そう。そうですのよ。動きやすさを重視されているようでしたから、軽量化などその他諸々の付与魔法を施しましたわ」
「付与魔法……! すごいです!」
物に定着させられる付与魔法をこの身に受けられるなんて。ルチアは感動してさらにクルクル回った。
このまま空に飛んでいけそうだった。
「靴はちょっと硬いかもしれませんが、いずれ自分の足にはまっていきますので」
「はい!」
さらに足踏みもした。
ショートパンツの下は黒のタイツを履いているが、このタイツをよく見ると繊細な花の刺繍が施されているから驚いた。
ルチアはさらに頭の中が可愛いでいっぱいになった。
「こちら替えのシャツやタイツと、そしてこちらは運動用の服ですわ」
「はい。ありがとうございますミセス・ミロ。素敵な仕事です。請求書をロギス・フルール宛てにお願いします」
赤毛の少女がはしゃぐ横で、ミロとルークが金銭のやり取りをする。
その後ろでユキがルチアの服を受け取った。
ロギスがいないため、ルークが同行し大人役としてユキが居てくれている。
そんなやり取りをルチアはぼーっと見て、子どもみたいにはしゃいでいた自分がすっかり恥ずかしくなった。
ぱたぱたと熱い顔を仰いで、
「ミロ様、ありがとうございます……!」
「ルチア様のそのお顔が見られてとても嬉しいですわ。わたくしもやりがいがあるというものです」
ルチアのまっすぐなお礼にミロは、おほほと上品に笑った。
*
「ロギス様、最初の3日いたけどずっと見ないね……」
「叔母さんはいつも“ああ”だし、普通に忙しいのだと思う。おれがルチアの生活補助の窓口にって言ってたの分かるでしょ?」
ルチアはルークの言葉に頷いた。
制服から私服に着替え、商会への帰り道に3人でゆっくり歩いていた。
ハイエルンという街に来て約1ヶ月。ロギスがルチアたちと行動を共にしたのはルチアの学校関係の処理としての数日だけだった。
「長く一緒に居てくれた方だと思うけどね」
「忙しい人の貴重な時間だったんだ……」
ひと月商会に居れば、ルークとも前より気安く話すようになったし、商会の職員やルークの両親とたびたび話し親交を深められていた。
ときどきお仕事見学もさせてもらっていた。
「今日のお昼ごはんは何がいいですか?」
穏やかな気性でフルール一家に馴染み、ごはん担当をしている氷の上位精霊がそう聞く。
このひと月で人との馴染み方を学んでいるようだ。
一人でも買い物に行けているのだから、なんだかこの精霊はおかしい。
「前作ってくれたオムライス、美味しかったです!」
トロトロの卵が乗ったオムライスを思い出して、ルチアはよだれを拭った。
隣のルークもうんうんと頷いている。というよりユキの作るものならなんでも喜ぶ。
「オムライスにしましょうねー」
「わーい!」
ルークは年相応の喜びを表現し、兄と慕う精霊にぴったりくっついた。
外で人と話したり、仕事をこなしたりするときとのギャップに、ルチアはたびたび彼に慄いていた。
*
「精霊と魔法使いは対等な契約なのでしょうか」
真面目モードなルークはそう呟いた。
ユキの作ったオムライスをお腹にパンパンに入れて、少し眠い時間。この時間はルチアが魔法のことや精霊のことをルークに一方的に話したり魔法の練習をしている。
今日はルークの時間が空いていたため、ルチアが知っている話をしていた。ルークは魔法を使うことについて忌避感があったようだが、雷の地域でルチアたちと会った日以降から興味を持ったらしい。
ルークはルチアの魔法オタクしゃべりを黙々と聞いている。
「契約、というより精霊さんからの好意が精霊魔法を成り立たせてる感じかも」
「契約をしていないのに、よく信頼して魔法を使えますよね」
「だから魔術師は個人で精霊さんと契約を結ぶのかなって思ってるよ」
「そうでしたね、契約精霊というのもあるんでしたね。ルチアの……その周りで元気に飛び回ってるのもそれって言ってたよね」
「うん。精霊さんたちって自由で可愛いからそばに居てくれるだけでも見てて飽きないよ」
ルークに指されたのを理解した、ルチアの契約精霊4匹がピタリと止まった。動物の姿になって自由に部屋を駆け回って(ほぼ飛行して)いたのだ。
ルチアと属性が一致している風の中位精霊は、特にルチアとの距離が近い。ちなみにルチアが幼いころからずっと長くそばにいる。動きが止まるたびに、梟の姿でルチアの肩に止まるのだ。
「で、その精霊との契約をするときも何か契約書とか交わしてるの?」
「し、してない……」
「だいぶ曖昧だな……」
ルークはルークの中で理解はしたが納得していないようで、眉間にシワを寄せている。
うーん、と眼鏡をずらして眉間を揉んだ。
「……なんかおれは魔術の方が向いてる気がする」
「ええっ!?」
魔術のことも調べているのかと聞くと、ルークは頷いた。
「リトルド帝国から“冒険者”を始めとしたリトルド人が商会に来ることがあるので、ときどき話を聞かせてもらってたんですよ」
「そ、そうなんだ……」
ルチアはショックを受けた。
自分は精霊魔法をいくつか扱えるようになって、天狗になっていたのだ。ルークより知識も経験もあると驕っていたのだ。
ルークは彼のルートで魔法や魔術までも知ろうとしているのだ。
「うぅ……魔法も良いよ……」
ルチアは先に行こうとするルークに情けなく縋り付いた。
「これから魔法学校いく人が情けないな……しっかり勉強しておれにもっと教えてよ」
「……ウン……」
そうだ。ルークが魔法を使いたくなるくらいの話をするためにももっと勉強したらいいのだ。
声は小さくなりながらも、しっかり頷いた。
「ルークが魔法を使えるようになったら僕も力を貸してみたいなー」
「た、確かに……! ユキさんと魔法使ってみたいです……!」
ユキの一言で魔法へのモチベーションが上がったルークを隣ですぐさま目の当たりにして、ルチアは目が遠くなった。
*
「この後時間ある?」
「うん大丈夫だよ」
学院の寮へ入る準備もあるため少し早めに学術都市へ向かう必要があった。その入寮日が明日なので、ルチアはフルール商会のお世話になった人たちに挨拶をして回っていた。
それも一段落していたところに、ルークが緊張した顔で声を掛けてきたのだ。
商会の休憩室に入って、ルークは自分のポケットから何かを取り出した。
「あの時から、ずっと思っていたんです」
真面目モードのルークである。
キリリとした顔で、しかし悔しそうにそう言う。
ルチアも緩んだ眉に力を入れた。
「このぼくがあんな出来のものを人に渡すなんて、許せません」
ルークの手にあったのは、オレンジ・黄・赤の糸で編まれたミサンガだった。
ルチアは目を見開いた。
「こ、これ……」
「ふふん。色も、編み方も修正しました。あんな下手くそなぼくのミサンガのまま貴方の手にあるのは、おれのプライドが許してくれませんから」
渡されたミサンガは確かにルチアの地域でメジャーだった色選びになっているし、今左手首に付けられているミサンガよりふにゃふにゃじゃない。
「いいのぉ……? わたし、何も渡せるものないし、学校入ってもルークに頼ってばっかになるだろうしぃ……」
「良いってば! おれが下手なの渡したから気にして直したの渡しただけだし! 友だちなんだから、返すとか、考えなくていい」
ルチアは嬉しくて声が震えた。
えへへと緩んだ口も締めずに暖かい色で編まれたミサンガを大切に両手で包む。
元々付けていたミサンガの隣に、新しいミサンガを付け出したルチアをルークの手が止める。
「下手な方は外してくださいよ!」
「な、なんで?」
「下手だからって言ってるでしょう!?」
「い、嫌だ。せっかくもらったし……」
「恥ずかしいじゃないですかあ!?」
「私は恥ずかしくないから、大丈夫」
わちゃわちゃと騒ぐ少年少女を、ユキはニコニコと見守った。
ちなみにユキへのミサンガは無いらしい。
ユキを慕うルークがそんなこと頭にありませんでしたと言わんばかりの青い顔をしていたので、ミサンガを渡す相手は彼の中で分けているのだろうと納得して頷いた。




