45話 次は
「それじゃ、掃除してきまーす」「迷惑かけてほんとごめんね!」とスライムと生徒たちが掃除道具と魔法を携え、素早く動き始めたのを見送り、ルチアたちはとりあえずこの場を離れた。
「いやぁ、それにしてもあの量のスライムをキミたち2人で抑えていたのかい? すごいねえ」
ロギスが目をギンギンに輝かせながら褒めるので、ルチアは素直に照れたし黒髪の彼は「恐縮です」と謙虚だ。
「魔力精度がすごかったです……! 普通あんな数に魔法を掛けられませんよ!」
そんな謙虚な彼をルチアは目を輝かせて褒める。
「きみの魔法もすごかった。あんなに精霊が楽しそうに呼応する魔法は初めて見た。きみと来月からこの学院で学べることは俺にとって幸運だ。それに、魔法の使い方も……____そうか。ユーモアか」
彼も負けじとルチアを褒め称えた。ずっと顔の筋肉が笑うだとかに動かないため、眼力だけで物語っている。
しかし、さんざん褒めて何かに納得したようだが、一体彼はどうしたのだろうか。
「さて、ワタシたちはこの騒動で彼女が疲れただろうから帰るけど、キミは?」
「保護者と合流します」
「うむ。それが良い。キミの保護者にもよろしく伝えておきたまえ」
黒髪の彼は一つ礼をして、ロギスたちから離れた。
結局名前は知らなかったな、とルチアはその後ろ姿を見送った。
*
「__災難だったのだよ」
「そんなトラブルに巻き込まれるのは恐すぎませんか?」
フルール商会へ帰ってきて、面接やスライム騒動などのことをユキたちに話すと、ルークは顔を引きつらせていた。
ルークは怖いものは苦手だし、何かに襲われる危険というのももちろん恐怖を感じる。想像力が豊かなため、増殖した魔法生物が襲いかかってくる様子を思い浮かべ、鳥肌を擦った。
「せっかく可愛い服で行ったのにドタバタだったんだねー」
「明日はローブを着てガードします……!」
幸いなことに、スライムが接近する前に対処できていたし、動き回る時は黒髪の彼に抱えられていたためワンピースに汚れは目立たない。
しかし汚すことを容認できないため、ルチアは服を守ることを決意する。
「試験といっても、使える魔法を先生に見せるだけだよ。今日の巻き込まれっぷりをみると明日どうなるかは分からないがね! ハハハッ」
ロギスは愉快だといわんばかりに笑っている。
「き、気をつけてくださいね……」
「はい……」
ルチアとルークは頷き合った。
「あのスライムを同級生と協力して対処できていたなら心配はいらないと思うけどね!」
「スライムってこの部屋くらいですか?」
「いいや! もぉっと大きかったね!」
「わー僕もちょっと見てみたいですね」
「部屋2つ分は確実にあったね!」
「すごい! ドキドキしちゃいますね」
ユキは穏やかなマイペースさで話を聞いている。
ルチアもルチアで、ロギスの大きさの表し方に突っ込むところはない。本当にすごく大きなスライムだったからだ。
今ルークたちといるこの部屋は、商会の職員用の休憩室らしく小さなキッチンや冷蔵庫、10人近い人数が入れるスペースが軽くある広い部屋だ。
この二部屋分と言わず、三部屋分でもいいのではないかとルチアは思った。
そのくらい初めての魔法生物は脅威だった。
「そういえば、ルチアちゃんは魔法生物のことをあまり知らないのだね?」
「はい。そうです」
「ならば少し教えてあげよう」
ロギスのその言葉に、ルチアは背筋を伸ばした。
ロギス・フルールから飛び出す魔法生物についての知識を待つ。
「魔法生物は精霊や魔力が意思を持って集まって形作った結果生まれるのだよ。魔獣とは正反対さ」
「意思を持って……」
ユキをちらりと見る。
自分は関係ないですよとニコニコ微笑んでいる。
「魔法生物はうちの国じゃ種類も少ないし見る機会も限られているからね。そもそもの“精霊”という存在も国によって違うし」
「違うんですか!?」
「他の国じゃあ精霊はそこらじゅうにいないからね。隣のリトルド帝国では希少な特異生物として扱われているらしい。そんな希少扱いしてる国の方が魔法生物は多いらしいね。魔法生物をモンスターと呼んで討伐なんかする専門の職業もあるし」
「魔術師とは違う、感じですか?」
「うん。魔法を使う人間もいれば剣で魔法生物をいなす人間もいる。討伐だけじゃなくて他にもいろんな仕事を請け負うなんでも屋みたいな職業だって聞いたよ」
ルチアは全く知らない国の話にワクワクした。
精霊の光が見えない世界って、どんな感じなんだろう。精霊がいなかったら魔法をどうやって使うんだろう。
そうやっていろんな疑問を湧き出しているのを悟られたのか、ロギスに「他国のことも興味があれば調べてみるといいよ」と言われた。
「うちの商会にもリトルドから来た“冒険者”がお客様として来られることもありますよ。国を渡って活動することもあるらしくて」
「ぼうけんしゃ……」
ルークはなんでも屋さんのことを知っているらしい。
ルチアはうんうんと頷いて聞いた。
「話が逸れたね。魔法生物は種類によって性質が全く異なるのだよ。いきなり襲ってくるものもいれば、人と共生するものもいるし、ワタシたちが手の出しようのない災害もいる。その災害っていうのが5年前の大災害の元凶の古代竜だね」
「古代竜……」
その名前を聞くたび、ルチアの心の奥底がギュッと苦しくなる。
その名前を聞きたくないのに、この国に居る限り魔術師を目指す限りずっと耳にする。切っても切り離せない存在。
「アレは隣のリトルド帝国で生まれた竜でねぇ。ファムオーラが建国されるよりずうっと前……いわゆる古代に当時の精霊から生まれたと言われているよ。魔法生物は長く生きるほど力を蓄えるからねえ」
「……また、古代竜が国を襲ったら、ロギス様はどうにか出来ますか?」
ルチアは自分でも不躾だと思った。5年前、八大大精霊の力を借りて追い返すのがやっとだったというのに、目の前の尊敬する魔術師ならまたなんとか出来るかもしれないと勝手に期待してしまっている。
目の前のロギスは足を組み替える。
「出来るか、は考えたくないね。全力を尽くすよワタシは。やるしかないのさ。まあ……でも“次”があるなら、ぜひ古代竜は殺してやりたいね!」
精霊たちがざわめく。
ロギスに呼応するように、精霊が盛り上がる。
『がんばる』
『ロギスさま~!』
『ころそ!』
どこにいたのか、精霊が集まる。
強い魔術師に、愛する人間に引き寄せられて。
彼女が精霊の愛し子とは何度もいろんなところで目にしたが、やはり生で見ると違う。
ぶわっと鳥肌が立つ。
多くの精霊の生命力を直に感じて、ルチアは少しくらっとした。
「また調子の良いことを……」
隣でルークがいつも通りの呆れた声を出してくれたおかげで、少しざわついた心が落ち着いた。
「古代竜? はロギスさんよりもすごいのですね……」
「ぼくがいた地域は通らなかったですけど、被害は大きかったらしいです。さすがの叔母さんも30年弱くらいしか生きてない人間ですから、何千年も生き残った竜と比べたら全然ですよ」
「そう考えると人って30年であんなに魔力を扱えるんですね。すごーい」
「キミたち。ワタシはまだ28歳なのだよ。よく覚えておいてくれたまえ」
ロギスは強く拳を机に叩きつけた。
年齢を気にしているらしい。
ルークは申し訳なさそうに黙ったし、ユキは何故わざわざ訂正をしたのだろうかとニコニコ微笑んだ。
「私、学校でいっぱい勉強します……っ!」
「そうだよ! ワタシのためにも頑張ってくれたまえ! 強い魔術師の選択肢が増えるのは良いことだからねえ!」
ロギスは熱くルチアの肩を叩いた。
*
翌日の試験はつつがなく進行し、無事帰ることができた。




