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とある精霊の旅  作者: うさ公
第三章 出会いと紅の好敵手
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44話 迫るスライム


 ルチアは魔法生物に対する知識が極端に少なかった。

 故郷は地域的に魔法生物の少ない場所であり、教会に置いていた本にもその記載があるものは限られていたのだ。

 知識面で、隣の黒髪の男子より役に立たないことを理解したルチアは素直に彼に詳しく聞く。


「スライムというのは……?」

「主に湿度が高い場所に生息するゼリー状の体が特徴的な魔法生物だ。斬っても叩いてもアレらに利くことはない。魔法で焼き尽くすか凍らせるのが手っ取り早い」


 当のスライムは大人3人が横一列余裕で歩ける廊下の幅いっぱいに広がり、2メートルの人も余裕で歩ける天井いっぱいに伸びている。


「廊下いっぱいなサイズを焼き尽くす魔法……はすごく魔力を消費しそうですね」

「普通のスライムは大きくても俺の腰くらいの高さしかない」


 本当に彼の言うスライムと同じ生き物?なのだろうか。

 ルチアはさすがに疑った。


「あ、あの、これって避難した方がいいですよね?」

「……普通のスライムは人を積極的に襲う生態ではないんだが、姿からイレギュラーだから俺たちはここから離れるべき、かもしれない」


 そう話していると、スライムらしき透明な壁がぐにょりと蠢く。


「小さいスライム……?」

「逃げるぞ。走れるか?」


 ポコポコと何十ものスライムが生まれる。

 さっきから騒がしい人の悲鳴も、より騒がしくなる。


「す、すみません、私走るのはチョットあの、結界魔法で時間稼ぎならできます……!」


「走れない? ……呪いか。理解した。俺が背負おう。結界魔法はあるとありがたい」


 黒髪の男子は、怪訝な顔をしたがルチアの左脚を見て納得した顔になった。些細な表情の変化だ。


 ルチアはルチアで、ユキならともかく知り合ったばかりの人に体を預けるのは申し訳ないし恥ずかしいため躊躇した。

 そんなルチアを見て動けないことを察した彼は、素早い動きでルチアを横抱きにして駆け出した。


「っ結界魔法を!」

「は、はひ!」


『行く道を塞いで』


 ぽよんぽよんとルチアたちへ進行していたスライムが、透明な固い壁に阻まれる。

 壁に跳ね返り、跳ね返ったスライムとぶつかり跳ね返り、ぽよんぽよんぽよんぽよんとスライムが結界の向こうで激しく動く。


「良い結界だな」

「あ、ありがとうございます……」


 えへへと素直に照れた。結界魔法を褒められると嬉しい。

 しかしこの体勢は恥ずかしい。まるで外国の絵本にあったお姫様抱っこみたいだ。


「スライムからの攻撃ってどんなものがあるんですか?」

「あのゼリー状の体に生き物を包み少しずつ溶かしていくらしい」

「と、溶かす……」

「食性は草食らしいが、身を守るためなら大型の獣も仕留められる」


 息切れひとつせず、階段まで引き返したルチアたちはスライムの様子を見て目を開いた。


「けっ、結界が溶かされてるぅ……!」

「その魔力も食べられるということか。埒が明かないな……」


 結界の壁に張り付いたスライムが魔法の魔力を食べて侵食してきていた。

 もう少しすれば、結界は全て溶かされ百何匹まで増えたスライムが溢れてくるだろう。


 もう一度結界を張り直したルチアを見て、黒髪の男子は相談を持ちかける。


「俺の闇魔法でスライムを無力化する。下まで逃げてもいいが、さすがにスライムの侵攻を広げるのは得策ではない」

「向こう側の人たちも気になりますよね……」

「ああ。……研究棟にいるイレギュラーな魔法生物など研究でトラブルが発生したと考えるのが普通だ。俺はそう決めつけて対処するが……共犯となってくれるか?」


 彼の鋭い目に、ルチアは感化され頷いた。


「はい、協力します! あと、魔術師様を呼びます」

「……呼べるのか。頼んだ」


 ルチアは契約している風の中位精霊にロギスをここまで連れて来てくれるようお願いした。


「そういえば、きみの周りには精霊がいるのだったな……」


 ルチアのことを前から知っているような口ぶりに首を傾げた。

 ルチアの周りの精霊を眩しそうに見た次の瞬間にはもう、彼の視線は蠢くスライムをとらえていた。


「少しずつ結界をこちら側に寄せて行ってくれ。俺は片っ端からスライムの動きを止めていく。もし結界が第10研究室の扉にまで来たらすぐに下へ撤退する」

「はい!」


『全てに等しく闇を与えよ』


 さっきまで元気に結界にぶつかっていたスライムが、ズルズルと床に落ち動かなくなった。

 少しずつ、スライムが床に溜まっていく。

 彼の魔法が掛かっていないスライムは、床に広がるスライム群を足場にびちょんびちょん跳ねる。


「結界を区切って部屋を作ります」


『一番手前は闇魔法が利くように。その次の部屋は風で撹乱』


 近いスライムから次々と動きを鈍くさせる。

 ジリジリと結界をルチアたち寄りに近づけ、次第に廊下に眠るスライムで川のようなものができ始めた。


 そして、


「退くぞ!」

「はい!」


 黒髪の男子は一切の思考の隙を与える間もなく、ルチアを横抱きにして階段を駆け下りる。

 活動的なスライムも数を大分減らし、ぺちょんぺちょんとノロい動きでルチアたちを追おうとする動きは見せた。


 しかし、スライムはさらに強大な力に阻まれた。


「よぉし、ワタシに任せたまえよ!」


 駆け下りるルチアとすれ違いにものすごいスピードで3階へ上る白い物体が高らかに詠唱する。


『あるがままに』


 それは短い詠唱だった。

 数百を超える液体の塊を纏めるにはたいへん簡素な解放の魔法だった。


 闇魔法に掛けられたスライムもぴちょぴちょ跳ねるスライムも等しく震え、そして消えた。

 一匹の小さなスライムを残して。



 ルチアたちは階下から様子をうかがう。

 ロギス・フルールがどんな魔法を使って収めたのか、大変気になるが、ものすごく様子を見に行きたいが“もしも”のために待機していた。


「あれは……あの方はロギス・フルール殿か」

「そうです。スライムの音、しないですね」

「ああ……」


 彼も魔霊公ロギス・フルールに憧れる魔法使い見習いの1人なのだろう。

 上を見る彼の目には尊敬の念がこもっていた。


 スライムの跳ねる音が消えて、遠くでずっと悲鳴を上げていた声が歓声に変わった。


「おーいルチアちゃん上がっておいで」


 ひょこりと階段の踊り場まで顔を出したロギスが、ルチアたちに手を振る。



 *


「大っ変ご迷惑をおかけしまして、申し訳ありません……!」

「申し訳ありません!!」


 膝下よりも小さいスライムと共に、深く頭を下げる男子生徒たちの前でルチアは戸惑っていた。

 黒髪の男子と顔を合わせて、


「……このスライムが廊下で巨大化していたスライム、ですか?」


 黒髪の男子がそう切り出した。


「はい。自分たちは生物の巨大化について研究しております。その中でスライムの巨大化も実験していたのですが、こちらの考えが足らずこのような事態を招きました」


 ルチアよりも随分と背の高い男子生徒が経緯を話した。この人が研究室の代表なのだろう。


「失敗は成功のもとだからねーまあワタシが駆けつけなくとも、マイヤー先生がうまく収めてくれただろうけどね」


 ルチアたちの後ろに立っていたロギスがそう溢す。魔法について研究を重ねてきた魔術師の彼女にとって、今回の失敗はそれほど大きくないものだと捉えているようだった。


「よくあること、なんですか?」

「そうだね。過去には研究棟が半壊したこともあるよ」

「はわ……」


 魔法を扱うことが多い研究である。被害の規模が大きい。


 ルチアがロギスにコソコソ聞いている間に、男子生徒と彼は研究内容について盛り上がっていた。


「巨大化していたスライムは野生のスライムと生態が異なるようでしたが、これは巨大化すると変化するということですか?」

「巨大化魔法を組み込んだ溶液を注射するんだけど、組み込んでた魔法はただ物を大きくする作用だけじゃなくて、体を大きくしても機能を停止しないように体内運動を促進する補助魔法だったりを始めとした複数の魔法を組み合わせてるから、それが魔的反応を起こして暴走してしまったんだと思うよ……この子には苦しい思いをさせてしまったね」


 男子生徒がスライムを優しく撫でると、プルプルと振動する。

 黒髪の彼には、それが触れられたことへの反射にも見えたし、男子生徒の言葉を理解して反応しているようにも見えた。

 それに、明確な自我がない魔法生物のスライムが男子生徒の足元で大人しく丸まっている状況は彼らの積み上げてきた関係を表しているように思う。



「あの、どうして巨大化の研究をされているのでしょうか……?」


 この棟でいろんな研究をしているらしいということだけ目に入れていたルチアは、この機会にしか研究テーマの設定理由について聞けないだろうと小さく手を挙げた。


「大は小をかねる……」

「カワイイものを大きくしたらカワイイの面積が増えてお得」

「デカい方がかっこいいし……」

「やはり食物を大きく育てられるようになれば国の役に立ちますし……」


 巨大化研究の生徒たちがバラバラにそれぞれの考えを言う。

 ルチアは全員の研究までの経緯が一致していなくとも、研究は成り立つのだと知った。



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