42話 面接
ロギスに買ってもらった紺色のシャツワンピースと新しい靴を履いて、今日は学院入学のための面接に行く。
学院がある学術都市は王城を挟んで向こう側に位置しており、歩きでは遠いため馬車に乗っていくらしい。馬車の人が乗る箱部分にはフルール商会のマークが付いている。
「ユキくんは姿を解除してついてくるか、ここに残ってルークの相手をするかだけど」
「ならここに残ります。ルークと話すのも楽しいですから。また帰ったらルチアお話聞かせてねー」
そう言って、ルチアの周りの中位精霊にもルチアをよろしくと手を振る。
ユキは先日ルークに連れ回してもらったおかげか、服装がしっかりした。今までは解像度の低いペラペラのシャツとズボンだったが、今では布の分厚さを感じるシャツとズボンである。
服装は大きく変えていないようだが、顔に見合った清潔感が出ている。
ルークとユキは手を振って、ルチアとロギスを見送った。
*
国立オーラ魔法学院
国内最高峰の魔術師養成学校であり、学術都市最大規模の建造物である。
一番大きな建物が授業を受ける棟、それに連なり研究棟や訓練場、学生寮、4つの図書館が建ち並ぶ。
樹木が等間隔にならぶ広い校庭でルチアはロギスの後ろを必死で付いて歩いていた。
ロギスは基本大股で歩くから、身長の関係で足の短いルチアは一緒に歩くだけで大変だった。ロギスがわざわざ人に合わせて歩くかなどは言うまでもないだろう。
「綺麗だし大きい……」
「汚く使うと怒られるのだよ」
教室も見学できた。
最近作られた建物というわけではないだろうに、壁や床に目立つ汚れやキズが見当たらないし、机などの備品もきちんと整えられている。
教室も一つ一つが大きい。ルチアの家より広いかもしれない。
ロギスは学生時代苦い思い出があったのだろう。うへぇと子どもっぽく吐くような素振りで言う。
「ロギス様の学生時代……」
「ああ、残念だね。キミと同じ教室で学べないなんて。絶対面白いのに」
「お、面白い……?」
あの魔霊公の学生時代とはどんなものだったのだろうか、と思いを馳せていたら、当の本人がルチアを揶揄うものだから恥ずかしくなった。
多分、ロギスより面白い学生生活はルチアに送れないだろう。もとの才能も全然違うわけだし……
「この教室にキミと話す教師がいるよ。緊張することはないからねぇ」
「はい」
これまで並んでいた教室と内装は変わらないが、教壇前の机が動いている跡が見えた。2つの机が向かい合わせにされており、正面に壮年の男性が座っていた。
「お久しぶりです」
「ロギス君おはよう。推薦のルチア君だね、よろしく」
「よろしくお願いします……!」
*
「主に魔法生物についての授業を担当しているフレクド・マイヤーだ。それで……ルチア君は氷の地域のホム村出身であると。間違いないかな?」
眼鏡のレンズ越しにフレクド・マイヤーの穏やかな眼差しが覗く。
彼の対面にロギスと共に座り、質問を受けている。ロギスは口を挟まないようにするから、頑張って受け答えしたまえとニヤニヤ笑いながら黙って座っている。
「はい。間違いありません」
そうかそうか、と皺を寄せて笑いながらマイヤーは手元の書類に視線を落とした。
「いやねぇ、3年程前にとある人からホム村出身の女の子を魔法学校に通わせたいと教育委員会に言伝があってね。偶然なのかなあその子の名前も“ルチア”というらしいんだ」
これから質問攻めされると体を硬直させていたルチアは、マイヤーの始めた話に困惑した。
3年前など、まともに関わりのある大人なんて外の街に行くこともない村人たちと限られた教会関係者か魔術師くらいだ。その人たちと魔法学校に行くだとか魔術師になりたいだとかの話をしたことはない。
ルチアにとって一切心当たりのない話だった。
「え、っと、……」
「10年くらい前にうちを卒業したウォリス君からの紹介だよ。知っている仲なのかな」
「知っている人、です」
「うん。反応を見る限り、ウォリス君とそういう話はしていないみたいだね。知らずにロギス君と来るなんて、運命なのかな。はは」
(ど、どういうこと……!?)
ルチアの心の中は混乱で埋め尽くされていた。
マイヤーは穏やかに声を上げて笑っているが、それどころではない。
さらに、隣のロギスの心中もそれどころではなかった。
ルチアがウォリスと繋がりがあったという話までは聞いていた。ルチアからもっと詳しく話を聞こうと思っていたが、ロギス自身の個人的なプライドからそれを許さなかった。
無意識に、混乱しているルチアを凝視していた。ポロッとウォリスの情報が何か落ちないだろうか。
「悪いね。この確認だけ先に取らせてもらったんだ。じゃあ君のことを教えてもらうね」
「……はい」
マイヤーは、たまたま同時期にホム村出身のルチアが複数存在する可能性をみていた。家名がない平民の身分の立証は難しい。同じ所在地に同名の平民が居たらわからないのだ。
しかし、ルチアとロギスの反応を見れば、当人たちは理解できていないようでも、これが同一人物であると確信できた。
もちろん後でウォリスにも確認を取る。
「ルチア君は魔法がいくつか使えるらしいね。初めて覚えた魔法は何かな」
「守る魔法です。仲良くしてた精霊さんたちに教えてもらいました。今は魔術師様に特訓をつけてもらって結界魔法になりました」
「優しい精霊たちだったんだね。結界魔法か……ぜひうちで研鑽して結界魔法のいろんな姿を見せてほしいね。結界魔法はまだまだ発展できると私は考えているんだ」
「はい、ガンバります」
「ちなみに君は精霊とどこまで意思疎通ができるのかな。魔法を教えてもらうのも精霊と人じゃあ勝手が違うから苦労したんじゃないのかな」
「光の姿でいるときは動きでなんとなく……生き物の姿をとってくれていたら精霊語でお話させてもらってました」
「うんうん。精霊語は勉強したの?」
「はい。精霊さんとお話したくて教会に置いてた本を読みました」
ルチアが答えていくたびに、マイヤーが手元の紙に何かを書き込んでいく。
ルチアは質問の回答が正解が間違いかも分からないまま、穏やかに会話が進んでいく空気に目を回しそうになっていた。
中位精霊たちはなぜかルチアの頭に集まって落ち着いている。精霊の話が出ても我関せずなマイペースさだ。
「この学校で特に何を学びたいとかはある?」
「戦闘魔法、を勉強したいです。風の地域に少し前まで滞在していたのですが、竜と戦う魔術師様を見ました。人の役に立てたり頼ってもらえたりする魔術師になるなら、戦い方は学んでおきたいと考えています。戦闘魔法だけではなくて、精霊のことや魔法生物のこともいろいろ知りたいです」
「……君は東の魔術師になるのかもしれないね。うん、たくさん学ぼうとしてくれているみたいで嬉しいね。未知を知り、深くを学ぶことは全て君の糧になるだろう。……私も君に楽しんでもらえる授業ができるように頑張ろうかな」
低く穏やかに人を眠りに誘うような声でマイヤーは話す。
ルチアは彼の魔法生物の授業が楽しみになった。
その後も質問がいくつか続けられ、面接は終わった。
「ありがとうございました」
「うん来月からよろしく。この後は試験に?」
「いいえ。試験は明日の予定にしてます」
学校の先生相手だからかロギスはお行儀の良い返事をしている。
「うん。そうかそうか」
「少し先生と話したいことがあるので、ワタシだけ残っても?」
「うん? 良いよ」
「ルチアちゃんは校内を自由に見て回っていたまえ。何かあったらキミの精霊をワタシのところに遣わせてくれ」
「は、はい。失礼します」
「ぜひ研究棟と訓練場も見ていってね」
マイヤーに穏やかに見送られ、ルチアは一人教室を抜けた。




