41話 お気に入り
連れ去られたルチアは、目の前に溢れる洋服に目を輝かせていた。
ロギスに案内されたのは、住宅街の合間にある服屋だ。店構えから、平民向けというより富裕層に向けていることがありありと分かった。
ド平民なルチアだが、お風呂に入ってピカピカになったばかりなおかげか謎の自信があった。
目を限界まで開いて店内を見渡す。
どの服も高そうな展示のされ方をしているし、服によっては宝石が付いている。
心の中はびっくりでいっぱいだが、いかにも高級店っぽい服屋に来られることなんてないのだ。目に焼き付けておかなけばいけない。
「ここはフルール商会傘下の店なのだよ。品揃えも良いし、イチからオーダーもできる。ルチアちゃんの私服と学校の制服を仕立ててもらうからね」
「は、はい!」
ここで服を買って貰う。
緊張してきたルチアの掌に汗が滲む。
「ロギス様、ようこそお越しくださいました」
「やあ。この子の私服に使えるシンプルな服と、オーラ学院用の制服がほしいのだけど」
ロギスたちを背の高い女性が出迎えた。
高い位置で明るい色の髪を纏めているはっきりした顔立ちの女性だ。
彼女は濃い赤色の唇を孤に微笑むと、かしこまりましたと店内の奥へ案内する。
「お名前をお伺いしてもよろしいですか? わたくしはミロと申します。ここの店長をさせてもらっていますのよ」
「ルチアです、……!」
ルチアにとってミロの大人の女性然とした姿にとても憧れる気持ちがあった。
あんなに背が高くて、足も長くてヒールが似合う大人になりたい。せめて足がもう少し長くなれば……
憧憬の目でミロを見ていると、目の前にいくつかの洋服一式が現れた。
「うちで今扱っているものでルチア様に合うサイズの物はこの辺りですわ。ルチア様素敵な髪色をされていますし、あえて彩度が低いものにした方がお顔周りが引き立って似合いそうですけれど……ルチア様のお好み次第ね」
ミロに髪色を褒められ、ルチアは素直にえへへと照れた。
見本として出してくれた服は、ルチアが引け目を感じない程度には比較的高くなさそうなシンプルなものだった。
どれも可愛いが、自分が着るとなるとなかなか選択が難しい。ミロの薦め通りのホワイトやグレー系のカラーのものにしようか。など考えていると、横から手が出てくる。
「ルチアちゃんはスカートには苦手意識はあるのかい?」
「い、いえ! 動きやすい方を選ぶだけで苦手とかはないです」
ルチアが旅の間はどうしてもスカートなど履いていられないため、ズボンだっただけだ。
ロギスにそう言われると、ついスカートに目が行く。旅で動き回るわけではないのだから、スカートを選んでもいいのだ。さらに可愛い系の靴を選んでもいいのだ。
ルチアとしてはやはり可愛い服が気になる。そうなると桃色や若葉色の柔らかく華やかな色が多い。
「やっぱり可愛い服が気になるわよねぇ試着してみる?」
「そうだね! いくらでも迷いたまえ」
*
「これもカワイイし、これもカワイかったわよ~!」
「どうせならどちらも買うかい? 2着あれば着回しもできるし、また買い足すこともできるからね。実際に過ごしてみたら必要なものが分かってくるだろうし」
さまざまな服を試着し、ルチアは気に入った2つの服でどちらにしようか迷っていたのだが、ミロもロギスも温かい目でニコニコとそそのかしてきた。
白のブラウスと若葉色のスカートのセットと、紺色のシャツワンピースを胸に抱えて、もごもごと小さな声で言う。
「……どっちもほしい、です」
「じゃ、そういうことで」
「お買い上げありがとうございますわ。どちらか着て帰られます?」
コクコクと頷いて、若葉色のスカートのセットの方を着た。
くるりと回ると優しい緑色が膨らんでとても可愛い。ルチアは胸の奥が暖かくなったように感じた。
「ろ、ロギス様ありがとうございます……!」
「フフン可愛い女の子を連れ歩けてワタシも幸せだよ。それじゃあ次は制服だね」
「ハイハイ今カタログ持って参りますわあ~」
ミロは軽い身のこなしで、店のカウンター奥に消えた。
「靴は後で買いに行こう。今履いている靴擦り切れているよね?」
ホム村を出た時からずっと変えていない靴は、靴底も薄くなり地面のデコボコがよく伝わっていた。
「すみません、ありがとうございます」
再度ルチアがお礼を言っていると、ミロが片手に冊子を持って戻ってきた。
「お待たせいたしました。オーラ学院の制服って生徒さんによってさまざまでして~こちらが基本の型ですわ」
実際の生徒が着用した写真のカタログをめくりながら、スカートタイプだったらこのくらい長さを調節できてーズボンタイプもあってーとペラペラ説明されていく。
「貴族の人が着るドレスみたい……」
パニエを付けてスカートに膨らみを持たせることもあるとミロが指した写真を見て、思わず感嘆の声が出る。
「オーラ学院は貴族が多いですからね」
「魔法使いの素質は貴族にあることが多いからね。たまにルチアちゃんみたいな子が生まれるのだけど」
そもそも爵位は優秀な魔術師に原初の精霊王から与えられた褒美だった。
そこから自然と爵位を持つ者同士、魔術師同士で繋がり血統が生み出され、“貴族には魔法使いの素質がある”と言われるようになった。
魔術師の子はだいたい魔術師になるので血は受け継がれていく。
例えば、クロマスク公爵は若い頃優秀な魔術師としてブイブイ言わせていた。彼の妻は魔術師にはならなかったが魔法使いの素養がある。その2人から生まれたクロードも素質があるのか、噂では魔法学院に通うらしい。きっとクロマスク公爵の息子クロードも魔術師になるのだろう。
「わたくしもオーラ学院に通っていたのですけど、20年前はみーんなこのドレス型でしたのよ?」
「ワタシの時は由緒ある貴族の出の生徒はこれだったね」
「そうそう。国が出来てからずっとある家は頭が固いから変えないんですのよぉ。ちなみにロギス様はどのタイプを選ばれていました?」
「このショートスカートに布を巻かれていたね。ワタシの時はズボンなんて選択肢になかったから、なるべく布が少なくて動きやすいものにしたくて短いスカートにしたのだけど、家族にはしたないと言われて布を追加させられたのだよ」
「布面積が少ないと貧相に見えますからね。ジャケットを伸ばした型ではなくて後付け型はルチア様にもおすすめできますわよ」
「簡単に付け外しできるからね」
「……エッそ、そうですか?」
ミロとロギスの会話をふんふんと聞いていたら、ルチアに話を振られた。
そういえば自分の制服の話だったと気を取り直して、ミロたちの話やカタログを往復する。
「学校は意外と移動教室も多いからね。動きやすいものの方がいいと思うよ。ドレスなんか、ルチアちゃんは着慣れていないだろう?」
「さすがにルチアちゃんにショートスカートは危なすぎますけど、膝丈のスカートだったりショートパンツなら可愛いと思いますわ」
「移動教室……動きやすい……」
むむむ、とルチアはものすごく悩んだ。
動きやすさなら断然ズボンタイプだ。ズボンと言っても、種類は豊富だから好みの可愛さを入れられる。
しかしこのプリーツスカートも“学生”っぽくて可愛い。
「この腰布、折り目があるやつもあってね。一周巻けばスリットが入ったスカートにも見えるのさ……」
「はわわ……」
ロギスのその言葉が決め手だった。
「ではこの布と、ショートパンツで……ルチア様は足を出すのは大丈夫ですか?」
「は、はい大丈夫です」
「上はすっきりさせてスタンダードにしますね」
人型が書かれた1枚の紙にすらすらと服のアタリが書き込まれていく。
「逆に男子生徒の制服は上が種類あるのだよ」
「そうなんですかー!」
女子制服も下に合わせて細かく変わってはいるが、カタログに数枚入っている男子制服は下は同じでも上がガラッと変わっていて面白い。
制服の完成図をルチアが確認すると、ミロはメジャーを取り出す。
「ごめんなさいね、服を仕立てるためにサイズを測らせていただきますわ」
「はい」
ミロが指示する通りに腕を上げたり下げたりする。
自分専用に作ってもらう服は初めてだ。舞巫女の衣装も、前任のお下がりでちょっとアレンジ程度はあったが、自分のための服というものはなかなかなかった。
シャーッと体をメジャーの目盛りが進む様子をドキドキと音を鳴らしながら眺める。
「……あら」
ミロの目が、スカートを履いているため肌が露出していたルチアの左脚に止まる。
「足、出さない方がよろしかったですか?」
静かに問いかけられた言葉に、ルチアは息を止める。
ロギスは不思議そうに2人を見ている。
「……大丈夫です」
ひとつ息を吸って、言う。
左脚だけでなく胸の奥まで縛られたような感覚に、苦しくなる。
「かしこまりました。うーん、せっかくなら黒タイツにして、刺繍も入れちゃいましょうか。わたくし、縫製魔法が得意ですの」
「縫製魔法……?」
“裁縫魔法”は本で言葉だけ見掛けたが、“縫製魔法”というのは初耳だ。
「縫製魔法は裁縫魔法の発展型さ。一度に大量の衣類を造り出せるし、精密な作業もお手の物。ミロ殿が開発した特別な魔法だね」
「固有魔法、に近いですか?」
「そうですわね。今はわたくししか使える魔術師はおりませんから、わたくしの固有魔法と言えるかもしれませわね」
くすくす、とミロがそう笑って言う。
固有魔法とは、とある人物だけが扱える特殊な魔法を指す。生まれながらにして扱い方を知っていたり、血筋で受け継がれたり、学んでいくにつれ己の力で発展させ完成させたりと、固有魔法の誕生の仕方はさまざまだ。
*
「ルチア様の制服、心を込めて作り上げて見せますわ」
「お願いします……っ!」
頼りがいのある笑みのミロに深く頭を下げ、ロギスと次に向かったのは靴屋だ。
服屋と靴屋にわざわざ店が分かれているなんて、都会はすごいなと思いながら歩いていたらすぐに到着した。
ミロの店からそれほど離れていないところに、これまた高そうな外観のガラス越しに靴が飾られた店があった。
やっぱり高級そうなお店に尻込みしたし、商品を見たら可愛い靴がたくさんあって散々悩み、結局フルール商会に戻ったのは夕方だった。
「ミロさんのお店で買った服ですか? 似合ってるじゃないですか可愛いですね」
ルチアの姿を目に入れたルークに褒められて、嬉しくてすごく照れたのは秘密である。
服の描写難し~
ショートパンツ(ホットパンツ寄り)ルチア絶対似合うよ~




