35話 温かな人
「なんだかフクザツな気持ちだよワタシは」
ロギスは眉間にしわを寄せて、何とも言えない顔をした。
自分が見つけたと思っていた魔術師の原石が、紹介した先の人間のことを尊敬していたらしい。いや、良いことではあるが……なんだか取られた気持ちである。
「ロギス様も可愛らしいところがあるのですね」
「うぎぎ……」
フウカはほのほのと愛しいものを見る目でロギスを見上げた。
フウカに強く反発できないロギスは黙るしかなかった。
「てか俺の書いた本て、あんま流通してないとか聞いてたけど……ルチアちゃんの親御さんはわざわざ入手してくれたんすかねぇ?」
「いえ、あの、分かりやすい教本だからって優しくしてくれてたお兄さんがくれて……」
ルチアが魔法に興味があることを知ったウォリスが暇なときにと貸してくれていたのだ。
ちなみにその時、古代竜の大災害後なので、ルチアの親御さんはこの世に存在していなかった。
「……血の繋がってないただの親切お兄さんなんて……い、います?」
ローレンは幼女に手を出す危ない男を思い浮かべてしまい、心配になった。自分の本は下心がなけらば入手するのも難しい印刷数になっているのだと聞いていた。
「モンド様はわたしと血が繋がっていないのにとても優しくしてくださいますわ」
「……お、おぉ……まあ言われてみれば……?」
モンドとフウカは守護者と舞巫女という役職によるものが大きそうだが、確かにモンドがわざわざ優しくフウカに接しているのは特別、なのかもしれない……?
ローレンは混乱した。
「そういえば、ルチアちゃんはどこの出身なのだっけ」
「氷と聞いたぞ」
その背後でロギスとモンドがのんびり話している。
氷の地域だとしたらより“お兄さん”とやらが怪しくなるじゃないか……! とローレンは頭を抱えた。あっちの方は流通経路が限られている。そのお兄さんは合法お兄さんなのだろうか。
「そうでした。わたし、氷の地の舞巫女さまのことを知りたいのですが、ルチアさまは何か知っていらっしゃいますか?」
知っているどころではない。一年前まで舞巫女本人であったのだから。しかし、ルチアはフウカの舞を見てちょっと舞に自信が無くなったので、舞巫女であったことを吹聴したくないと思ってしまった。
とりあえず、地域の村人なら知っていることを話そうと決める。
「ええっと……舞巫女に選ばれるのは10歳前後の子で、習い事をするみたいに舞巫女をさせてもらえる感じですね。すぐ辞める子もいるみたいです」
「地元民的には習い事感覚なのが面白いよねえ」
ロギスも氷の舞巫女の選考の仕方を知っているらしい。
「今はどのような子が舞巫女に?」
「10歳の女の子が……とても頑張り屋さんな子です」
プライドが強いものの責任感のあるはっきりした子だった。
ルチアはその子への引き継ぎが大変だったことを思い出しながら話す。
「幼いな」
「精霊って子ども好きも多いし、割と効率的っすよね」
後ろでモンドとローレンが話している。
精霊は生物の子どもそのものが好きだし、人の子は行動が面白くて目が離せないという点で興味を引かれるらしい。
幼い子に一人で前に立って舞ってもらうことは結構な負担を掛けるが、舞巫女の適正関係なしに精霊を集められるのは楽そうだ。
「みんな自由に舞ってるので……舞巫女様関係なく周りの人巻き込んで踊る人もいたらしいですし……」
「型がないのですね……風の舞巫女は家系で継いでいるのです。ですので、伝統を重んじるというか……講師も母か親戚のお姉様方になりますし……すごく厳しいのですよ?」
「家系……」
家系ってかっこいいな。ルチアは舞巫女を代々受け継ぐ家系を想像し、フウカの柔らかな微笑みを見て、家系ってすごそうだと思った。
「……ルチアさまも舞巫女になったことがおありですか?」
「エッ!?」
フウカはほぼ確信した目でルチアに問いかけた。
「周りの精霊の動きが魔術師さまではあまり見ないものですから……特異な経歴をお持ちなのではと思ったのですが」
「……や、やったことあります。舞巫女……」
人による精霊の動きの違いで察されるとは。他人と精霊の動きを意識して見たことがなかったルチアは衝撃を受けた。
ルチアは少し意識して、フウカとロギスたち魔術師の周りの精霊を視た。
魔術師たちには基本少し距離を置いて様子を窺ったり、楽しげにすばやく動きまくっている精霊が多い……のだろうか。
フウカの方と見比べると確かに、精霊の動きは違う。フウカの周りに寄り添うように光の塊がいたり、もちろん遠くで眺めている精霊もいた。しかしなんだか見守ってくれているような暖かい雰囲気だ。
「ルチアさまも10歳くらいに舞巫女をされたのですか?」
そう言って、今ルチアさまおいくつですか? とフウカはさらに尋ねた。
「今、15歳で……舞巫女をしてたのは8歳の時です」
「何年やったんだい? キミが10歳の頃は大災害があっただろう。氷の方じゃ魔獣の発見報告がないのだよ。そっちの魔術師や舞巫女がこの数年で何をしていたのか知りたいのだけどね」
「6年です。大災害の後は、お兄さんと頑張ろうねって頑張ったので私は詳しくは知らなくて……」
フウカは舞巫女になってやっと2年だったため、6年という数字に慄いた。実質先輩である。大災害の被害の中も頑張ったという幼い少女を尊敬した。
「やっぱ“お兄さん”って人怪しくないっすか? 幼気な舞巫女ちゃんに頑張ろうって声掛けてんの事案じゃないんすか?」
「話を聞くに魔術師ではないのか」
「……確かに? そう言われてみれば」
「じゃあ怪しい魔術師ってことになりません?」
「そんなに気になるなら聞けばいいだろう……」
ローレンとモンドが後ろでコソコソと盛り上がっている。
モンドは付き合いきれないとばかりにため息をついた。
「そのお兄さんは魔術師なのかい?」
後ろの男に代わって、ロギスがルチアに聞いてくれた。
「あっ、そうです。氷の守護者のウォリスさんです」
当のルチアは魔術師に会えたことや舞巫女のことで頭がいっぱいになって、ウォリスの名前を出すことを失念していた。
だから、ローレンたちが心配そうにコソコソしていたのだ。
「……ウォリス?」
ロギスはその名を聞いて、静かに復唱する。
「え? ウォリス?」
ローレンはその名を聞いて、鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をする。
「……」
モンドはただ黙っていた。
「?」
フウカはなぜ魔術師3人がそんな反応をするのか不思議そうにしている。
ルチアも、変なことを言ってしまっただろうか、と少し焦る。
「ウォリスって魔術師の人と頑張ったの?」
ずっと傍にいるのに黙っていたユキが、空気を読んでルチアに確認するように聞いた。
「うん……私一人じゃ何もできないから、ウォリスお兄さんが私に仕事をくれて、それを頑張ってた、かな」
「ホム村で一番仲良い人?」
「仲良いというか、お兄ちゃんみたいに接してくれてたから……あと、大災害の後で頼れる人はウォリスお兄さんしかいなかったし……」
古代竜の大災害で、両親も友人も失ったルチアは、保護者のように隣人のように兄のように接してくれた優しい魔術師のことを思い出して、切なそうに笑った。
「氷の地域は大災害の被害が大きかったと聞きます。何をしたかなど関係なく、その当時を頑張ったというルチアさまは素晴らしいですわ」
ルチアの薄い手を温かな両手が包み込む。
フウカの新緑のような瞳は、不思議と心を落ち着かせる。彼女に見つめられているだけで安心できた。
肩の力が抜けたルチアは、離れていく温かな手を惜しいと思った。
ルチアはもう舞巫女になることはないだろう。
だけど、魔術師になって、人をこんな風に安心させられるようになりたいと、漠然と思った。




