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とある精霊の旅  作者: うさ公
第二章 自由と銀色の導き
34/49

33話 立派だよ


 お酒は美味しい。


「ふぅっ~!」


 舞の舞台袖でロギスは、座り込んで愉快な酒盛りをしていた。

 参加者はロギスともう一人の魔術師である。

 まわりに関係者もいるが、舞の直前に酒を飲むのは常識的に……と今のところ引いた目で2人を傍観している。


「いやあ水の地域から酒を持ってきた甲斐がありやすよふへへ」

「すまないねぇ急に呼び出して。まさか数時間で水から風まで来てくれるとは思わなかったよう」


 もう一人の魔術師、ローレンは特徴のない顔を緩めて酒瓶をロギスの器に傾ける。

 ロギスは嬉しそうに彼の肩を遠慮なく叩いた。痛いなと思っているが、何かと肩を叩かれるのでローレンは慣れっこだった。


 ロギスの酔っ払った頭がブンブンと景気よく振られるたび、銀色の髪が光を反射して、そっちが目に悪くてローレンは目を細めていた。

 ロギスは泥の中、海の中、城の中、構わずほっつき歩き薄汚れているため髪色が白く見えるが、ちゃんと綺麗にすれば銀に輝く美しい髪を持っている。


 今日は舞巫女の舞を見るために正装として髪と服装をそれなりに整えてきたわけだが、ローレンが持ってきた土産に気分が良くなり2人で宴会を始めてしまっていたのだった。


「いやね、キミが来てくれたおかげでワタシは大船に乗ったつもりでこうやってお酒を飲めるのさ」

「ほんとっすかあ? まあ? “例のやつ”は俺が見つけましたけどお?」


 ローレンはあのロギスに認められて、鼻の穴を大きくしている。

 周りで会話を聞いていた一般魔術師たちや精霊官はいいなあとローレンを羨ましがった。


 魔術師ローレンは、ロギスから頼まれ呪術の調査のために派遣された。

 風とは真反対の水の地域にいたのだが、魔法を駆使し一昨日のうちに到着し昨日ずっと調査を主導してくれていた。


 守護者などという称号はないが、大変優秀な魔術師である。

 顔を含め、外見に特徴がないことだけが欠点な男である。


 優秀な彼は水の地域からのお土産であるお酒を持参し、ロギスに媚を売っていた。

 もちろんロギスは大喜びである。

 媚を売らなくても気に入られているのはさておき。


「てかウォリスは呼ばなかったんすか?」



 彼がその質問をした途端、ロギスの朗らかだった顔は無と化し、その場の空気が重くなった。


 ウォリスというのは、氷の地域で守護者をしている魔術師だ。ロギスの学友で、彼を守護者に推したのもロギスである。魔術師として彼は大変優秀であるし、ロギスと仲が良いというイメージが付いているので今回のことも連絡を付けたのではとローレンは思っていたのだ。

 しかし、ウォリスの姿はない。


「その話はやめておいた方が良い」


 傍で舞巫女と話していた風の守護者モンドが、ローレンの肩を引いた。

 しかし、その優しさは意味を成さなかったようだ。


 ロギスが重い口を開く。


「…………ウォリスとは、しばらく連絡を取れていないのだよ」


「えっ!?」


「…………どこにいるのかも定かではないんだ」


「はあ!?」


 ローレンは信じられないような顔でモンドを見るが、モンドは静かに頷いた。

 その話は真実であるようだ。

 信じたくないような話である。


「いつからっすか? マジで会ってない?」

「古代竜が来た後から会っていないし、その後1年経ってから連絡もつかなくなったのだよ」

「はわわ……」


 ローレンは想定外からの衝撃に、情けない声で鳴いた。


「てか、ウォリスあの災害で結構な傷を負ったって聞いたけどそれは……?」

「そうだよ。呪いも受けた。だからアイツの呪いをさっさと解除してやりたいのに、どこかに消えてしまったのだよ。アイツのことだからフラフラ呑気にしていると信じたいけどねえ」


 ギリギリと歯を軋ませながら、ロギスは語る。

 ローレンもウォリスとちょいちょい関わったことがある身として、呪いまで受けているらしい彼のことが心配になった。

 あと、ロギスのこの状況を見たらこのままでは危ういことは確かなのだ。


「もしウォリス見掛けたら声かけとくっすわ」

「ああ。頼むよ」


 心配だが、今は舞が始まる直前であるので流しこむように酒を煽った。


 楽団の調整している楽器の音が聞こえると、そろそろだなと思う。

 ロギスたちも一旦落ち着くかと身の回りを整え酒盛りなどなかったかのようにした。


 *


「フウカ。おまえのやり方でいい」

「……はい」


 舞巫女の衣装に身を包んだフウカは、精霊になったかのような美しさを放っていた。

 モンドの激励しているつもりであろう言葉を胸に受け止め、息を吸って吐いた。


 手が震えていた。

 モンドはそれを見ても何も言わない。

 肩を叩いてやろうかと思ったが、きっとそれは彼女により緊張を与えるだけであろうと腕を組んだ。



「ようし、ワタシがフウカちゃんにおまじないをしてあげようか」


「えっじゃあ俺も!」


 ロギスが膝を叩いて立ち上がるとそんな事を言うので、舞巫女の力になりたいローレンをはじめとした魔術師たちも、俺も自分も私もとおまじないに名乗り出た。


 そんな彼らに、フウカは目をまん丸に見開いて、そして緩やかに微笑んだ。


「皆様……お気持ちありがとうございます」



 舞台へ上がっていく舞巫女を見送りながら、ロギスは空を見上げた。

 人々の楽しげな声に誘われ、精霊たちが集まっているようだ。そして、舞が始まることも分かっているらしい。

 舞巫女の周りに緑の光を中心にさまざまな色の光が集っていく。



 ロギスはその瞬間を見ることが大好きだった。

 精霊がよく見える人間で良かったと深く思える瞬間だった。


 さて、舞巫女が舞台の中心に立ち、楽器の音がなくなると、観衆も合図したかのように静かになる。

 みんな、彼女の舞を待っていた。




 トトッと軽やかに足踏みすると、それを合図にしてピロピロと細やかな音が始まる。

 森の中をふらふら歩いていたようには見えない、大胆な円を描くような足さばきで、精霊たちの中を回る。



 そこからは夢中で観衆たちは舞に惹き付けられた。

 今回の舞はいつもの倍の時間をかけて行うという。ある程度プログラムが進んで、肩の力が抜けると、観衆たちは穏やかに動作を再開する。


 舞巫女の美しい舞を肴に、友人や家族、知らない人とぽつぽつ会話をする。



「これで精霊が集まってくれたらいいっすけどね」


 目に付いた呪術はすべて消したとはいえ、今日この舞ですぐに精霊たちが集まってくれるには不安があった。

 ローレンは舞を見る片手間に、周辺の警護魔法を展開していた。魔力感知の応用である。怪しい魔力の動きを発見する魔法だ。


「集まるさ。だってあのクロマスク公爵の顔を見てごらん」


 ロギスがそう言って、趣味の悪い笑みを浮かべた男を指した。ローレンとモンドはそちらを見る。


「……なんか違います?」


「いつもよりニヤニヤしているのだよ。あれは成功する事を分かっている顔だからねえ」

「……なんか違います?」


 クロマスク公爵の顔のニヤつき度で判断するロギスに、ローレンは戸惑いをみせる。彼はクロマスク公爵の基本のニヤニヤ顔なんて何回も見ていないので判断のしようがない。


「あの方はよく“視える”らしいな」

「そうだよ。今代の精霊王とどちらが王座につくか競っていた男だからね。性格はひん曲がっているけれど、魔術師としては優秀さ。東の公爵になっていなければ守護者にもなっていたかも」

「噂では聞いてましたけど、そんなすごいんすか」


 モンドとロギスの知った話しぶりに、ローレンはなるほどなあと耳を傾けた。

 ローレンは国の西側で主に活動しているので、東のことは疎かった。ニューロもどこにあるのか分からずちょっと迷ったくらいだ。


「そういうわけで、ローレンくんの仕事は無駄にならないわけさ。うーんよかったよかった。一日様子を見たらあとはモンドに任せてワタシはすぐ中央に戻ろうかな」

「マジ忙しそうっすね。今度は何用なんすか?」


 ロギスにいろんな用件を投げられることを悟ったモンドは、少し顔をしかめた。もともとムッとした顔なので変化は分かりづらいが。


「お気に入りの女の子に出会ったから魔法学院に通わせてあげようかなっていろいろ手続きをね。あ、後で2人にも会わせておくよ。きっと素晴らしい魔術師になるだろうからね」


「そこまで言うのか」

「お! 楽しみっすわ」


 楽しそうに話すロギスに、モンドは彼女にそこまで言わしめる少女のことが気になった。

 ローレンは陽気に会えることを楽しみにしている。後輩は可愛がる主義である。





 舞が終わると、見ていた人々は拍手を送る。

 精霊も人々の間を通り抜けるように、行き交っている。

 終わって見てみれば、舞巫女の舞は成功を収めていたことが一目瞭然だ。多くの精霊が街に、風の地域に集っている。

 精霊が視える限られた者たちは、穏やかにそして強かに笑う。




「あの、どうでしたか……? わたし上手く笑えていましたか?」


 舞台袖に戻ってきた舞巫女フウカが、胸の前で手を握り祈るようにモンドに問う。

 ためらいなくモンドは頷いた。


「ああ。立派だった。流石は風の舞巫女殿だ」


 それを聞いて微笑んだフウカは少し幼く見えた。




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