32話 焼き鳥
魔術師ロギス・フルールは、ルチアたちに呪術とそれに近しいものの調査を頼んだが、全面的に任せるつもりはなかった。
ルチアは魔術師にもなっていないいくつか魔法が使えるくらいの見習いである少女である。そんな少女に危ない呪術の対処なんて任せたら、彼女の親御さんやくっついている精霊たちにどやされてしまう。
隣のリトルド帝国の呪術は、ファムオーラの呪いや刻印とは込められた悪意の量が段違いだ。
ルチアは精霊や魔法について積極的に学ぶ姿勢を持っているみたいだし、吸収も早い。ロギスが目に付けるくらいには、将来良い魔術師になるだろう。
しかし、帝国の魔術については詳しくないだろう。まだ精霊魔法で精一杯の時期に魔術にまで手を出していたら尊敬する。
呪術であると教えた時の反応も鈍かった。
そんな無知であれば、思わぬ悪意に大きな怪我を負う可能性がある。
将来有望な少女に無駄な怪我はさせたくないというのがロギスの考えだ。
ついでに、ルチアの魔力探知技術の研磨に助力できたらという身勝手な魔術師としての先輩コゴロである。
あの葉の裏に刻まれた魔法紋を感知できたなら、魔力探知技術はすでになかなかなものだろうが。
若いときは何かしなければ、何かの役に立たなければと無意味に焦ってしまうものだ。
彼女もそういう思いが欠片にあって、街の外にいたのだろう。
こういう若者にちょっとした仕事を分けてあげれば、やりがいをもって働いてくれるものだ。
さて、報酬はどうしようかと考えながら、ロギスはフロワ村まで飛行魔法で戻ってきた。
なかなか骨の折れる作業だが、呪術を仕掛けた魔術師の“ヤツ”の陰湿さを思えばざっぱな仕事はしていられない。
“ヤツ”の隠し方もルチアたちのおかげで理解した。
今日頑張ったら、フロワミルクを飲むのだ。
*
そして、日が経ち舞巫女の舞が行われる当日になった。
ルチアやロギス、その他魔術師の奔走により、いくつかの呪術が発見され無事処理されたらしい。
らしい、というのはルチアたちは結局この日まで呪術を見つけ出すことは叶わなかったからだ。
やはり、何年も勉強し経験を積んだ魔術師はとても頼りがいがある。
今朝、風の大精霊の様子を見に行ったら、幾分か息苦しそうな感じが緩和されていたので呪術の解除は彼らの役に立ったのだろう。
それがルチアは嬉しかった。
今日のフウカによる舞で精霊たちが集まってくれたら、もう少し元気になってくれるだろうか。
「ルチア、ここにも焼き鳥が売ってるよ」
舞巫女の舞に合わせて、風来の森ニューロではお祭りが開かれている。
さまざまな出店や特殊な団体の見世物の間を賑やかな声が通っていく。
街の上から下までお祭りでなくともカラフルなのだが、お祭りであることでよりカラフルになっている。広げられたテントや旗、人々の服装がお祭りを彩っている。
しかし、それらは目に強い刺激を与えることなく、ただ楽しい気持ちにさせてくれた。
ルチアは自分の地味な服装と、ユキの真っ白さを見てお祭りのドレスコードを間違えてしまったのではないかといらぬ心配をしてしまった。
「や、焼き鳥……! 美味しそうですね」
「でもここの焼き鳥茶色いソースが掛かってないね」
「本当ですね……塩って書いてます」
「味が違うってこと? 食べてみようよ」
「はい、ぜひ!」
ルークのおかげで、ルチアは屋台の焼き鳥が好きになった。
ユキとのんびり寄り道をしながら、この後の予定を話す。
「お昼の前くらいに舞が始まるそうです。ロギス様は今日舞台の傍にずっといらっしゃるみたいです」
「フウカさんが舞うんだよね?」
「そうですね。まさかあの森で会ってしまうとは思いませんでしたが、優しそうな人でしたね」
「片方の守護者の人はすごい恐い形相だったよ」
「風の守護者モンド様は、5年前に竜が国を襲った時も東側の地域を襲う竜たちを剛拳でバッタバッタと倒したと聞きます。戦闘においてものすごく強い魔術師様なんです!」
「おお~」
「今日のお祭りが終わったら、また風の大精霊様のところに伺って、絵を描かせてもらいます」
ルチアのその言葉に、ユキは嬉しそうに頷いた。
「それが終わったらすぐ光の地域に行くんだよね?」
「はい。学校の試験を受けなければいけないので……ちょっと慌ただしいんですけど」
「試験ってなにするの?」
呪術調査の関係でロギスとちょくちょく関わっていたので、学院の入学手続きと試験の日時を伝えてもらっていた。
ユキは学校について何も知らないので、ルチアからの説明を待っている。
「試験は入学できる人物であるかどうかのテスト……みたいなもので、これによって学校に行けなくなる結果になることもあるんですけど、ロギス様の推薦でそれはないらしくて、とりあえず私が試験でするのはあちらの学校側に人柄を知ってもらうのと魔法が現在どれだけ使えるのか、知識をどれだけ持っているのかの確認ですね」
「僕が普通に試験したら学校に行けるのかな」
「うーん、魔法は使えますけど知識の偏りがちょっとありそうだから受かるかは分からないですね……そもそも精霊さんだから入学条件に当てはまらないですし……」
学校生活とやらを思いながら言ったユキの想像は、ルチアの申し訳なさそうな顔によって絶たれた。
「精霊って学校行けないんだぁー」
「はい……」
「ルチアに付いて行くのもだめなのかな?」
「それは……うーん、学校に生徒として通うのと精霊が生徒に付いて回るのはまた違うので大丈夫そうですけど……聞いてみないと分からないですね」
「ふーん。学校でルチアがどんなことするのか楽しみだなー」
ルチアもルチアで、精霊たちと学校で一緒にいられないと言われたら困る。
学校のことを純粋に楽しみにしてくれているユキの様子にほっとしながら、手に持っていた焼き鳥を口に入れた。
*
「わあっ人が多いですね」
舞巫女の舞が始まる時間になると、人が自然に集まった。
とくに観客席が用意されているわけでもないので、偉い人も一般人もみんな平等に立ち見である。
「……ルチアあの人雷で見たよね?」
人混みにぎゅうぎゅうに押されながら、ユキの指す方を見ると、趣味の悪そうな紫の服の男がいた。
よく覚えていたものだ。雷の地の舞巫女のお披露目にもいたクロマスク公爵も、風の舞を見に来たらしい。
隣には息子である、黒髪の仏頂面の少年も立っている。ルチアからは遠いので顔はよく見えていない。
「クロマスク公爵……でしたっけ」
「今日もニヤニヤしてるねー」
「よく表情まで見えますね」
何か悪巧みをしていそうな怪しげな笑みを湛え舞台を見ている。
ルチアは背もないため、人の影に邪魔されクロマスク公爵らの姿をまともに確認できなかった。
「風と雷を治めている貴族の方らしいですし、こういうのはちゃんと見に来るんですね」
「氷の地域は貴族が来ることなかったの?」
「氷の地域を治める貴族様は時々見に来られてましたよ。病弱な方なので本当に時々だったんですけど……国の南の水と氷の地域を治めている貴族の方は見たことないですね。氷の地が行き来しにくいのは多分理由にあったと思います。その方は水の地域に屋敷を置いているらしいので」
「ふーん」
ユキは手に持っていた焼き鳥を食べた。それを見たルチアも思い出したように口に入れた。
塩味の焼き鳥を食べた後、なんと茶色いタレのかかった焼き鳥も売っているのを見つけて買ったのだ。
雷の街で食べた焼き鳥と変わらない美味しさだ。
食べる地域が違うし、お店も違うのに同じ味になるなんて不思議だ。
ルチアはこの謎にはアリサ・ルゥホートという魔道具の天才が関わっているのではないかと、なんとなく思った。




