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とある精霊の旅  作者: うさ公
第二章 自由と銀色の導き
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30話 警戒


 街の外に出て、周囲に人の姿がないことを確認し、ルチアは地面に伏せた。

 手足を伸ばして地面を抱くように。そして地中の魔力を探る。

 ユキもとりあえず真似するように隣で転がった。

 中位精霊たちもそれぞれの生き物の姿になって、地面にぺちょりと転がった。


 人が来ないことを祈るばかりだ。

 明らかに変な集団だった。


 魔力感知に意識が沈む。

 風の魔力のうねりを一つ一つ確認しながら、おかしなところがないか細かく調べる。


 ルチアの魔力属性が風だからか、感知がスムーズだ。



 *


 ほとんど寝ていたような気怠さだ。

 ゆっくりと体を起こして、周囲に気を配る。


 1カ所目のここでは何も感じられなかった。

 2カ所目に移動しようかと考え、上を見上げると空の光が大分動いていた。

 何時間この体勢でいたのだろうか。


「次は東側に行ってみましょうか」


 おー! と精霊たちがわちゃわちゃした。



 東側も何もなく、いつの間にか夜になり日をまたいで次は南側で転がって調べた。



「ここは魔獣が出たフロワ村に近いからもしかしたら何かあるかも」


 地面に頬をくっつけながら、ルチアは言う。

 もう汚れることは厭わない。堂々とした伏せっぷりだ。

 ここが雷の地域でなくてよかった。雨上がりにこんなことをしていたら、15歳になってもどろんこな少女ができあがるところだった。


 ユキは地面に伏せると苦しくなるので、仰向けになって転がっていた。

 それで魔力感知ができているのかは、彼のみぞ知るところだ。


「っ! みんな、隠れますよ!」


 昨日一日伏せていた成果か、鋭くなった魔力感知で近くに人が通ることが分かった。

 ルチアと精霊たちはそそそと草陰に隠れる。転がったまま。せめて大の字は一の字に狭まった。


 葉の擦れる音を響かせながら、人が近くなる。

 ルチアたちは息を潜めて様子を窺う。


「__ですから、__を」


 柔らかな女性の声と、


「____」


 低すぎて聞き取りずらい男性の声が聞こえる。

 人は2人。どちらも魔力のうねりを感じる。魔法を使う人だろうか。

 ユキたちとチラチラ目配せし合い、動かないようじっとする。


 ルチアたちが転がっている背の高い草木のちょうど反対側にその2人が通った。

 男の方は足を見るだけでも筋肉がモリモリでのっしのっしと歩いている。その前を歩くのは、危なげしかない足取りで森を歩く女だ。足元に肌の露出はないので、ちゃんと草場を歩くつもりではあるのだろう。

 しかし、木の根や転がる石に足を取られ続けている。後ろの男がそのフォローをずっとしているようだ。


 ふと、男が足を止めた。

 その瞬間、強大な魔力のうねりがルチアたちに迫った。


「っ!」


 動けなかった。

 恐怖を感じたのに、逃げられない。

 これが強い魔術師の圧なのだ。

 おそらく、男が魔術師だ。


「……そこで何をしている」


 低く地を這うような男の声が、ルチアたちに向く。

 答えられない。声が出せなかったのだ。恐怖で喉が張り付いていた。


 のっしのっしと足音がした後、ルチアたちを隠してくれていた草たちがかき分けられた。


「女の子?」


 男のやや後ろに立つ女が呟く。



 ルチアはそれどころではなかった。

 伏せている体勢で頭上に顔に傷のある男が見下ろしているのだ。

 森で熊に遭ったくらいの恐怖だ。

 体を震わせることすらできない。ただカチンコチンに固まっていた。



「ここで大地の魔力のうねりを感じていました。すみません、ご迷惑をおかけしてしまったようですね」


 こんな時に頼りになるのが、巌のような男に物怖じしない精霊のユキだ。

 素直に申し訳なさそうな素振りをするユキのおかげで、少し圧が弱くなった。


 ユキは男のことをさして気にしていなさそうに、ゆっくり立ち上がり、服に付いた土を払う。


「わざわざ街の外……魔獣が出た話もあるのだ。無防備に転がるものではない」

「そうなんですね。気をつけます。僕たちここに昨日着いたばかりで」


 奇行は見逃してくれるらしい。

 まだ伏せたままのルチアの前に、女がしゃがみ込んだ。


「大丈夫かしら? この人恐かったですよね」


 大丈夫と言いたかったが、声がまだ出なかったので頭の重みのままに頷いた。


 *


「この子たちはわたしたちを知っているのかしら」


 女の方は頬に手を当てて、ルチアたちを見ながら思案する。

 穏やかに思考する彼女の横で、顔色ひとつ変えず男は言う。


「そんなこと、本人に聞けばいいだろう。おまえたち、俺とこの方のことを知っているか?」


「僕は存じ上げませんね」


 申し訳なさそうに言いながら、ユキはルチアをチラリと見る。

 魔術師ならルチアが知っている人物である可能性があった。


 当のルチアも考えていた。

 特に、ガタイの良い男には見覚えがあった。

 ルチアが教会で読んでいた本に写真と名前が載っていた。


「あの、風の守護者のモンド様……ですか?」


「うむ。この方は?」


 肯定とも、否定ともいえない反応と共に、男は女を指す。


「お、お名前は知らないですけど……多分舞巫女様ではないでしょうか……?」


 女の纏う魔力と周囲の精霊の様子が一般人とも魔術師とも違うのと、強い魔術師の傍にいることから推察した。


「もとから知ってらっしゃる雰囲気ではないですね。嘘はついていなさそうです」


 ルチアの答えにうんうんと優しく頷きながら、女はそう言う。


 曲者ではないかと疑われていたことに気づき、ルチアは冷や汗を流した。


「いやすまないな。ここも雷の地域に次いで隣国と接している地域故、こんなところへ転がるおまえたちを警戒してしまった。名を聞いてもいいだろうか」


(ですよね! すみませんすみません……!)

 と顔を青くしながら、ユキを見るとこちらに任せた顔をしていたので、体を震わせながら名乗る。


「こ、こここ氷の地域から来ました……! ルチアです。この人は、氷の精霊のユキです……っ」

「ユキです。ルチアは魔術師を目指している子なので、あなたを見てびっくりしたみたいです」


「ほう。氷の精霊と魔術師を目指している女の子か」

「氷のほうから? すごいですね~」


 身元を明かしたことで、男からの魔力の圧が完全に消えた。


 圧迫感のなくなった空気にほっと息をつきながら、ではこちらもちゃんと名乗りませんとね、と言ってくれている女を見た。


「はいわたしは風の地の舞巫女をしておりますフウカと申します。ルチアさまのご推察の通りですよ」

「モンドだ。風の守護者をしている」


「僕舞巫女さんと直接話したの初めてです」

「あらうれしいですね~2日後に舞もするのでぜひお立ち寄りください」

「はい。楽しみです」

「お祭りもね、するんですよ~おいしいごはんもありますよ~」

「楽しみです~」


 呑気にユキは話している。なんならフウカの柔らかな話し方が移っている。

 舞巫女と守護者の組み合わせにもちょっと恐れ多く震えているルチアとは考え方が違いすぎる。



「……魔力の感知だのは好きにしたらいいが、魔獣には気をつけるんだぞ」

「は、はい」



 ちゃんと心配してくれている大人モンドに、素直に頷いた。


 特に長い話をすることもなく、フウカとモンドの2人と別れた。

 やはり変わらずフウカは歩きづらそうに森を進んでいる。


「あの人たちも何してたんだろうね」

「た、確かに……」


 守護者の魔獣調査なら舞巫女を連れ歩くことなどないだろうし、モンドとフウカはこの森に何の用だったのだろうか。


 彼らの背中が見えなくなり、再びルチアたちは地面に転がった。

 今度はちゃんと魔獣にも警戒するつもりだ。風の結界も張って、万全の準備である。

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