28話 柔らかなり
ロギス・フルールに迷いはなかった。
真っ直ぐ目的地までぐんぐん進む。
舗装された道など関係なく一直線に歩く。道がなければ魔法で飛べばいいと思っている。
己の魔力感知をフル稼働して、目的の人物のところまで。
舞巫女の舞台となる広場を突っ切って、教会に入る。
華美ではないが、どこか落ち着く木造の建物だ。
ロギスはある人物たちを目に入れると、ランランとさせながら、近づいた。
「やあやあ! 会いたかったよ!」
「……あら、ロギス様? 来てくださったのですか?」
薄茶色の艶やかな髪を緩くまとめた柔らかな女性がロギスを迎えた。
外見の落ち着きようから20歳は超えていそうだが、若い女性である。
「仕事でちょうどここに来れたんだよ~! やっとキミの舞が見られるのだね」
「ふふ。ロギス様がいてくれるなんて、心強いですわ。精霊様方にもっと楽しんでいただけるようにもう少し構成を変えようかしら……」
その女性は、嬉しそうに頬に手を当てながら、うーんと頭を悩ませた。
彼女こそ風の地の舞巫女フウカである。
そんな舞の構成について考えているフウカの横から低い声が掛かる。
「今から考え直したらおまえは混乱するだろう……」
「でも良いアイデアを思いついたら試してみたいのですよ。あと3日もありますから!」
フウカよりも断然と背が高く筋肉も厚い戦士のような男は、ため息をつくようにボソリと呟く。
この様子だと、フウカが直前にいろいろと変えるのに慣れていそうだ。
「やあモンド。キミにも会えて嬉しいよ」
「ロギス殿中央ぶりですな」
男のタコの潰れた硬い掌と、ロギスの薄い手が軽く握られる。
この男は風の守護者モンドだ。
魔術師とは思えないほどの筋肉とその見た目だが、見た目通り魔法以外にも近接戦闘にも長けた魔術師……というより戦士である。
モンドはロギスよりいくらか年上の男だが、気安い中なのか軽く雑談をする。
「変わりはないかい?」
「ふむ。とくには……ああ、息子が剣に興味があるらしく困っていますな」
「なあんだぁ~魔術師にならないのかい? 残念だなあ。今から素晴らしいワタシの伝記を渡して教育し直してくれるかい?」
「ハハハ! 冗談を。より剣士に成りたがるではないですか」
「はあ? ワタシは本気なのだよ?」
真剣な顔をしてロギスがそう言うので、6歳の子どもを持つモンドは何も言うまいと黙って頷いた。
「ところで、舞の見学には貴族たちも来る予定かい?」
新舞巫女のお披露目でなくとも、舞巫女の舞を見物しに貴族が来ることもある。
よほど辺境の場所でなければ、土地を管理する貴族は顔を出して舞巫女の活動を目に入れるのだ。
「ええ。風の地を治めるオルヒュード伯爵がいつも通りご来訪されるようですね」
フウカが答えた。
常連らしいオルヒュード伯爵は、風の地域を管理する貴族だ。
国の東側(雷と風の地域)を管理するクロマスク公爵と、さらに細かく風の地域のみを管理するオルヒュード伯爵である。
オルヒュード伯爵はクロマスク公爵と対照的に悪い噂は聞かないが堅物な男らしい。後継として期待される息子も2人いる。
舞巫女の舞も必ず見に来るし、治める地域に異常があればすぐに対処してくれる、“ちゃんとした”貴族だ。
「息子も来ると言っていただろう。学院入学前に、と」
「そうでしたね。それなら一層、構成を変えてみても……」
「やめておけ」
フウカのキラキラさせた目も、モンドによって抑えられた。
彼は息子ができてから、舞巫女や若い人間への扱いが慣れた気がする。
フウカはちょっとしょんもりしたが、あることを思い出して手を打った。
「あ! そうそう。クロマスク公爵とご子息もいらしてくださるみたいですの」
「おや。珍しいね」
「あそこの息子も学院入学前だからではないか?」
ロギスも眉を上げるほどの人物の名が出た。
クロマスク公爵は最愛の妻を追い出したなど良い噂を聞かない男だが、ロギスたちはさほど気にせず話を続ける。
「えぇっと、ご子息に本当の舞を見せたいとおっしゃってましたわ」
フウカが頭の隅から出した記憶の言葉に、ロギスは口角を引きつらせた。
ロギスはクロマスク公爵が雷の地の新しい舞巫女を見に行ったらしいと風の噂で聞いていた。
わざわざ“本当の”とつけて言うところがあのいららしい男らしさ、なのだろうか。
「やはり雷の地の舞巫女はお気に召さなかったかね」
「クロマスク公爵は理想が高いからな」
「おや? モンドは適正はそれほど重要じゃない派閥だったかい?」
「……適正のある者が必ずしも見つかるわけではないのだ。舞巫女本人のやる意思があるなら俺は否定しないというだけだ」
モンドの言葉に、隣でフウカは静かに目を伏せる。
唸るように答えた彼の姿に、ロギスは言わなくてもいいことを言ったのだと理解した。
「まあね。やる気が一番大事だからねえ。しかし雷は適正がないと難しい土地柄だからねぇ……それでも雷の方は穏やかじゃなさそうだからね。さりげなく見といてやっておくれ」
「ああ。後輩が無駄に苦労するさまを無視することはない。おまえが目を付けた魔術師でもあるからな」
アリサの事だけを言ったわけではないが、モンドがそう解釈してくれるならそれにありがたく頷くだけだ。
モンドは義理と人情のある男だ。これほど頼りになる先輩はいないだろう。
「それじゃ、フウカちゃんの舞を楽しみにしているよ!」
「はい。誠心誠意努めさせていただきます」
またちょっと雑談をして、一旦ロギスは彼らと別れることにした。
フウカの丁寧な礼に見送られ、教会を出た。
*
プラプラと歩くロギスは、右手を宙に浮かべた。
その手に緑に光る羽の鷹が降り立つ。
「やあ。ルチアちゃんの申し込みはできたかな?」
『あの子の出身地どこですか? それも必要だと』
鷹は抑揚のない精霊語で話す。
精霊が姿を変えて、ロギスのお遣いをしているようだ。
「えそうなのかい? あー……あの子のところにひとっ飛びして聞いてきてくれたまえよ。そんなに遠くにはいないはずさ」
『御意』
街の北へ飛び立つ鷹を見送り、ロギスはルチアたちの個人的な話を聞いてなかったなと思い出した。
風の地の魔力を感じるのとルチアの魔法操作に興奮していたため、すっかり頭から抜けていた。
そんな状態で中央の学院の推薦を出してしまったが、まあいつものことなのであっちの偉い人たちがちゃんと精査してくれることだろう。
魔術師を目指す人の背中を押すことも魔術師の仕事。
そう考えて、ほぼ素性を知らない少女を学院に押し込もうとした責任を放棄した。
魔術師は今絶賛募集中である。
古代竜級の災害の再来を防ぐためにも。
「あ。そういえばルークを雷まで呼んでたの忘れていたな。少年に怒られるのを想像するだけでコワいなあ~~どうしようかな、中央に帰る前に謝罪の手紙だけでも送らなければいけないよねぇ~っ」
ロギスは頭を抱えた。
すっかり、すっかり頭から抜け落ちていた。
絶対絶対怒っているし、可愛い甥っ子は拗ねている。
こうやって人はまた信用を失っていくのだ。




