27話 銀色の招待状
「馬で移動するとラクだねえ」
「ロギス様、乗馬お上手ですね……!」
白馬の姿になったユキに乗って、ニューロという街を目指していた。
手綱を握るということをしたことのないルチアはもちろん、ロギスに抱えられている。
風の大精霊がいる“風来の森”と共生するようにできた街がニューロだ。
森の中の街であるが、風の地域で最も栄えている。
さらにこの国では人の生活圏と大精霊の距離が最も近い。
風の大精霊の気質もあり、ニューロで生まれ育った人々にとって身近な存在であった。
そのニューロはフロワ村から遠くなかった。
馬で駆けて一時間ほどだった。
再び木々の生い茂る区域が見えた。
道中でも人の姿をよく見るようになった。
「街に入ったら解散だね。キミたちとワタシのやることは似通っているからまた会うだろうけどね」
「……ロギス様はここへは何のご用で?」
「おや、ルチアちゃんは知らないかい? 3日後に風の地の舞とそれに乗じたお祭りがあるんだよ。ワタシはその舞巫女ちゃんの舞が見たくて頑張って仕事を終わらせてきたのさ!」
「ま、舞巫女さま……ですか」
雷の地域で見た新舞巫女のお披露目が脳裏に浮かぶ。
アリサと一緒に見ていたため、あんまり良い記憶はない。
しかし、“あの”ロギス・フルールが楽しみにしているなら、ちゃんとした舞なのだろう。
魔術師が楽しみにする舞なら、精霊たちも喜ぶもののはずだから。
風の大精霊に会ったらちょっと休んですぐ次に行こうと思っていたが、ついでに舞を見るのも良いかもしれない。
「2年前に彼女の舞を見て好きになってしまったのだよ。今回はタイミングよく参加できそうだから、寄ろうと思ってね。ああ……あと魔獣の調査もね。うんうん」
魔獣の調査はついでらしい。
そんなことを話していたら、賑わいの聞こえる街の入り口に着いた。
馬から降りると、ロギスは懐から何かを取り出した。
真っ青な四角く平べったいものだった。
少し遅れて、それが封筒だと気づく。アリサからもらった金色で閉じられた紫の封筒と同じ大きさだ。
「多分また会えると思うのだけど、一応今渡しておくよ」
「えと、……」
ぽん、と出した手のひらの上に置かれた青い封筒。これは銀色の封蝋だ。
軽いのに、重く感じた。これは封筒の見た目の高価さもあるが、アリサの時と流れが被るところがあったためだ。
何か大きな権力の欠片がルチアの手に置かれている。この風で吹き飛ばされそうなペラペラな封筒に。
「ぜひ国立オーラ魔法学院にワタシの名をもって推薦させていただくよ。もし、まだ魔術師になるために行く学校を決めていないなら、ここに進学するといい。ワタシの母校さ」
「はひ……」
国立オーラ魔法学院。
国内最高峰の魔術師になるための学校だ。
国中の貴族や魔法を扱えるものが、精霊魔法について学ぶ場所である。
国の外からも留学として来る生徒もいるという。
魔術師になるためには、まず魔法学院での3年の修学と卒業が前提である。
ルチアも魔術師を目指す上でどこの魔法学院に通うかは悩むところだった。
国内で有名なところでいえば、光の地域にある“国立オーラ魔法学院”と、闇の地域にある学院だ。
まさか、こんな巡り合わせがあるなんて思いもしなかった。
魔霊公ロギス・フルールの推薦があれば、入学試験なんて一発合格なんじゃないか。
「入学申し込みは多分そろそろ締め切られるから、早めに決めた方が良いね。もしワタシに今言ってくれたなら、ワタシの方で申し込んであげることもできるよ」
ルチアは悩んだ。
こんな急に決めることになるとは思っていなかった。
今日ちょっと考えて明日返答をさせてもらうか、と考えていたら横から白が遮る。
「ルチアは何に悩んでいるの?」
人の姿に戻ったユキが、不思議そうな顔でルチアを見ていた。
「あの……、私魔術師になりたいんです。魔術師になるためには学校に行かなくちゃで、もしかしたら大精霊に会う旅は途中やめになってしまうかもしれなくて……」
「そうなの?」
ルチアがユキの反応に怯えていることにユキは気づいた。
ユキはルチアに何か怯えさせるようなことをしただろうか。
ユキは人を面白い生き物だと思っている。
その中でもルチアへの興味は尽きない。ルチアが選択した道はどんなものだろうかと楽しみなくらいだ。それに一緒に過ごして愛着を持った人間である。
基本彼女の選択に異を唱えたことはない。
「僕はルチアの絵が見られるなら、学校でも大精霊の前でもどこでもいいよ。ルチアに勝手についていくし」
「エッ」
なぜか彼女はびっくりしていた。
でも、なんだか嬉しそうな顔である。
彼女はもじもじと指を揉み、決心して言う。
「あの、学校に寄り道してもいいですか……?」
「うん。僕もガッコウってやつ気になるなぁ」
魔法や精霊について教えてもらえる場所らしいが、教会と何が違うのだろうか。
ユキはほのほの呑気に考えた。
ルチアはユキとの話し合いが終わり、気持ちが決まったようだ。
ものすごくニコニコと満面の笑みを浮かべるロギスに向き合った。
「入学、申し込みたいですっ……!」
「うむ! それじゃあワタシの方から便りを出しておくよ。また試験の日が分かればワタシの契約精霊を通して知らせるからね」
「はい! ありがとうございます!」
そのやり取りをして、ユキが青い封筒を取る。
「じゃあこれも僕が預かっておくねー」
ユキの懐に消えていった封筒を見送り、ルチアは再度ロギスに深く感謝して一旦別れることとなった。
*
“風来の森ニューロ”
多くの緑に囲まれながらも活気溢れる人々が混じり賑わっている。
この街で特徴的なのが、カラフルな建物だろう。
外壁にさまざまな色のペンキを塗っていたり、デザイン豊富な旗が掛けられていたり、視覚情報がパンクしそうなほど色に溢れていた。
可愛らしい花も街道の側に植えられていて、少し前向きな気持ちになれた。
地面もしっかり舗装されていて、レンガのようなものが道を示してくれている。
道の示すまま真っ直ぐに歩くと、開けた場所に出る。噴水もあって、人も多い。
広場だろうか。
ルチアたちから見て遠いところに、教会が見えた。
「舞巫女様の舞う場所かも……」
「ここでやるの? 雷より狭そうだね」
「うーん、舞巫女の舞台はこんなものだと思います。私の故郷もそうだったし……」
ユキはキョロキョロと周りを見渡している。
確かに、雷の舞巫女の舞台より二回りくらい小さい場所だ。
街に対してこの大きさならまあ十分なくらいだろう。
噴水の傍には木材が置かれており、近くに作業員らしき人が集まっている。
何かを建設するのだろうか。
一緒にお祭りもあるらしいし、それの準備に走っているだろう人の姿もある。
「先に大精霊様のところに行ってもいいですか?」
「いいよ。近いの?」
「多分……ちょっと前の情報だから変わってるかもですが、街の中に大精霊様のお家があるらしいです」
「へぇ~」
街の中なら住んでる人の方が詳しいよね、とユキは街の住民らしき男に声を掛けに行った。
精霊ならではの怖い物知らずだ。
ルチアは知らない人にいきなり話し掛けるのはハードルが高いと思っているので、ユキのああいう行動には恐れおののきながらも憧れている。
「あっちの方に進んでいったらヤシロ?があるらしいよ」
「そ、そうですか。ありがとうございます」
街の北側にいるらしい。
そこに行くことになった。




