24話 珍妙な人
「ユユユユユユキ……!」
ぼさぼさの白髪の人間が死んだように伏せていた。
そんな人の体に手をついてしまったルチアは青ざめた。
こんな森の中で倒れている人がいるなんて想像できるだろうか。
しかし、魔獣がいた森だ。危険な場所である。もしかしたらこの人は魔獣に襲われ……とまで考えユキに縋りついた。
「生きてますかー?」
精霊ならではな物怖じしないユキに感動を覚えながら、様子をうかがう。
ツンツンと肩をつついて反応を確かめていると、白髪の人がガバリといきなり起き上がった。
ぼさぼさの長い髪が宙を舞う。
「キミたちも感じないかい!? この、魔力のうねり……! 精霊たちの煌めき……!」
声が大きい女だった。
分かるようで、分からないことを言っている。
宝石のように輝く瞳がルチアたちを捕らえる。
「ワタシはそれを感じたくてこの大地を抱いていたんだっ!」
「あ、う……」
「大地を抱くと感じられるんですか?」
「そうだとも」
白い女に肩を掴まれているルチアを横目に、ユキは先ほどの女のように地面に伏せた。
「…………」
「大地の魔力のうねりを感じるのは少し難しいのだが、これをやると魔力感知に少し慣れることがてきるのだよ。キミ、見習いちゃんだろう? ぜひキミもやってみたまえ」
白髪の女は魔術師なのだろうか。
見習い魔法使いのローブを着たままだったルチアも、彼女に誘導されユキの隣へ地面に四肢を伸ばして伏せた。
さらに白髪の女も隣に伏せた。
危険な人かと一瞬思ったが、これを一緒にやり始めるのはただの変人だと認識を改めた。
人が大の字になって、寝転がっている様子は見るに耐えない。が、当人たちは本気である。
魔獣との戦闘で乱れた息を整えながら、大地の魔力のうねりを感じようとする。
「むむむ……」
「難しいことはない。ただ、自然体でいるのだよ。精霊を見ようとするのと同じさ。それが地中になるだけなのだよ」
「な、なるほどぉ……」
白髪の女の助言通りに、精霊を見る感覚で地中の魔力を探す。
それは居た。
体を吹き飛ばされそうな暴風が留まり続けている。
ときに優しく包み込むような風に変わる。
緑の暖かな光が__
そして、黒く濁った憎悪の塊が“こちら”を視た。
「っ!」
反射的にルチアは逃げるように立ち上がった。
「ふむ。感じたかい? 風の地ならではの魔力のうねりを。そして……キミは視てしまったんだね」
白髪の女もルチアに目を合わせるように体を起こす。
「どうやら、ここらには魔獣が居るらしい」
「そうなんです。僕たちその魔獣に追われてここまで来たんです」
うねりに飽きたユキは女に話した。
「その魔獣は?」
「……ルチアとその仲間たちで多分倒しました」
女に、この子がルチアですと呑気に紹介する。
「すごいねぇっ! キミ、タダの見習いちゃんじゃなかったのかい!? どんなやり方で倒したのか知りたいなあ!」
「ぁ、ぅあぅ……」
白髪の女は興味津々にルチアの周りをぐるぐると回る。体の隅から隅まで見られている。
ルチア的には、精霊たちにたくさん助けてもらったおかげで凌げたと思っているので、その期待の目が気まずい。
「あ。すまないね。名乗りもせず無粋だったよ。ワタシはロギス・フルール。魔術師をしているんだ」
「る、ルチアです……」
「ユキです」
ロギス・フルール。
ものすごく、聞き覚えのある名前だ。同姓同名の可能性もあったが、ルチアは彼女の顔写真を本で見たことがあった。
精霊に愛され、古代竜を退けた英雄。
全精霊と魔術師を統べる魔霊公という地位に立つ特異な魔術師。
彼女の偉大なる功績は、新聞や本で多くまとめられている。
__そして、ルークの叔母様。
何かあれば頼れと名前を出していた人物。
「ルチアちゃんは魔術師志望かい?」
「は、はいっ」
「どうしてこんな森にいるんだい? 精霊と一緒だとしても怖くなかったかい?」
ロギスはユキが精霊だと気づいているらしい。
穏やかな人の顔をして、ユキが答える。
「大精霊に会いたくて旅をしてて、たまたまあっちの道を通っていたんですけど、魔獣に遭遇してここまで来ちゃいました」
「大精霊に? 旅にトラブルはつきものだからねぇ命が一番大事さ。無事で良かったね」
「魔獣と交戦したらどうやって倒せばいいんですか?」
「魔力をたくさん流し込むのさ。将来有望なキミたちに見本を見せようか」
まずは魔獣を探そうか、とロギスとユキが森の中を行くので、成り行きでルチアも付いて行く。
魔術師の最高峰ロギス・フルールに教えを請うなんてできない体験だ。
*
「左に2体いるのが見えるかい?」
「気持ち悪いのがいますね。でもさっき僕らが見た個体とは姿が違う気がします」
「魔獣はね、これといった姿を取らないんだ。不規則に変化し、本気でこちらを殺そうと狙っているのさ」
黒く濁ったウニョウニョとした人と同じ大きさの何かが2つ。
まだこちらには気づいていない様子だった。
一瞬影と見間違いそうだな、とルチアは思った。
人に認識を誤らせて、油断した隙を狙うことに特化した姿のようだ。
ロギスが見ていたまえと魔法を発動する。
詠唱はなかった。
「ッギャギャグッ」
「グジャッ」
2つの青色の玉が魔獣たちに触れると、断末魔のような声を上げて姿を無くした。
一撃だ。
それも攻撃のような攻撃魔法には見えないもの。
ふよふよと青い玉が触れただけだった。
「すごい……」
「こうやって魔力を固めたものを放てば一撃なのさ。無理に攻撃魔法を連発して戦う必要もない」
「さ、さっきの魔法、もしかして」
知っていたのかい、勤勉だねとロギスは微笑む。
「魔力砲。魔力を込めただけの魔法だよ。必要ならキミに教えてあげよう」
「教えて、ほしいです」
ルチアのその答えを聞いて、ロギスは笑みを深めた。
*
魔力を込めるだけ、とは言うがそれは高度な魔力操作技術がなければ成立しない。
魔力砲は一見簡単なように見えて、鍛錬を積まなければ完璧な発動ができないものだ。
「……ふむむむっ!」
体に力が入る。
伸ばした手の先に魔力を集中させ、放出する。
まず体中の魔力を集めなければいけない。
精霊に助けられることはない。
まず自分の力で5割作り、そこで精霊から魔力の補助をもらう。
さらに、もらった魔力と自分の魔力の混合も難しい。
しんどすぎて、思わず顔がしかめっ面になる。
「いいよぉ! 集まってる! いいねぇっ! 巡ってるね……魔力がキミの中を巡っているね……!」
「結構難しそうですね」
「そうなのだよ。難しいのだよ! まあ一回であそこまでいける彼女はバケモノだけどねっ! ワタシでももうちょっと苦労したんだけどねっ! ルチアちゃんたちの魔力のうねりを感じてドキドキしちゃうね……っ!」
興奮するロギスと呑気に眺めるユキが話して居る横で、バケモノらしいルチアは必死に魔力を集める。
周りで中位精霊たちも応援してくれている。
「ぬぬぬぬぬっ……!」
前に伸ばした腕の感覚が曖昧で、頭から何かが抜け落ちていくような気がした。
プシュ……
4割くらい集められた魔力が霧散した。
失敗である。
「ふぁぁへ……」
失敗も経験のうち。ルチアはなんとなく魔力の動かし方を理解し始めていた。
おそらく次の挑戦では顔を真っ赤にシワシワにするくらいしんどくはならないだろう。
しかし、体中の魔力をうねらせたため、体力はゼロに尽きた。
あとは地面に倒れるのみであった。
「あ」
「ふむ。すでに魔力を使っていたから1度で尽きてしまったね。仕方ない、ワタシの宿まで連れて行こう」
魔術師の宿泊先に連れて行かれるのは、人生で2度目だった。
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