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とある精霊の旅  作者: うさ公
第二章 自由と銀色の導き
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23話 初めての狩り

 雲河の谷でアリサと別れ、風の地域へ歩を進めた。


 ルチアが馬に乗る姿は以前とは見違えていた。

 一人では首に捕まって震えることしかできなかったが、恐怖はあるものの今では背筋を伸ばして前方を確認できるようにまでなれた。

 おかげで、周りの景色がまた一変したのにもよく気づけた。


「草木が多い……」


 雷の地では、名の通り雷がよく降ってくるためか背の高い木は少なかったが、じめっとした空気から抜けると緑が多くなった。


 雨と雷の恐怖から抜けたと分かったので、フードを脱ぎ結界を解除した。

 少し肩の力が抜ける。


 青々とした草木に迎えられ、ルチアは自分たちが風の地域へ足を踏み入れたことを理解した。


 *


「狩りをしてみたくて……私じゃ難しい、かな?」


 セイロで調達していた最後のごはんをお腹に入れて、ルチアは精霊たちに相談した。

 ユキと中位精霊たちは顔を見合わせた。


「大丈夫だと思う」


 そう言ってくれたユキと、危なかったら助けるよとわちゃわちゃする中位精霊たちに背中を押され、ルチアは挑戦することにした。



「ホッホホウッ!」


 風の地域に入ってから、風の中位精霊が元気だ。

 梟の姿で羽をばたつかせていた。

 そんな梟を肩に、ルチアは魔法を使う。


『風よ。優しい風をふかせて』


 自然の風に紛れて、魔法のそよ風が発生する。

 風に魔力を通してさらに生き物を探知する。

 繊細な魔力操作を必要とする探知方法だ。アリサとの特訓で魔力操作の技術を上げるために何度もやっていた。


 探知で兎を見つけた。

 気付かれないよう草陰に体を潜める。

 兎の動きを注視する。


 魔法を発動させる。

 事前に精霊と打ち合わせていたので詠唱せず、ひっそりとそれを作り出す。

 結界と風の魔法を組み合わせたトラップを地面に転がした。

 生き物は魔力に敏感である。気づかれないよう魔力を薄くした。


 兎がトラップに掛かるのをじっと待つ。

 風の魔法で攻撃をしてもいいが、結界トラップを実践で使ってみたかった。

 小さな四面体状の結界の中に風を作っている。結界に足が触れると風が発動し足を絡めとり獲物を動けなくするのだ。

 攻撃用の魔法を入れても良かったが、アリサのようなちゃんとした魔術師のいないところで慣れない三重複魔法は怖いのでやめていた。

 トラップに捕まったら、ルチアが風の刃で首を刈る算段だ。


 もうちょっと。

 魔法の風を再び発動し、兎にわざと魔法を感知させてトラップまで誘導した。

 長時間待つのはしんどい。



 来た!

 足をトラップに掛けた兎が暴れる。


『風の刃よ』


 苦しめない内に素早く魔法で、兎を殺めた。



 ドキドキと胸が鼓動する。初めての狩り。初めての命を奪う行為。

 私は初めて生きるために動物を自分の手で仕留めたのだ。


 息が詰まるような達成感が心を占める。


 周囲を警戒しながら、血を流す兎を回収した。

 ユキが取ってくれていた安息地に腰を落ち着け、魔法を使って解体を始めた。これも初めてだった。

 解体は中位精霊たちが教えてくれた。

 みんな頼りがいのある精霊たちだ。


「で、できた……?」

「うん。あとはルチアが食べられるように調理するだけだね」


 人に生肉は危ないことがあると学んでいたユキは、解体を終えたルチアに拍手しながらそう言った。


 *


 初めて狩った獲物はそのままに近い姿で食べたかったので、少しスパイスをまぶして焼くだけにした。


「……お、おお……」


 肉だな、と思った。

 獣の肉だ。


 残念ながらルチアに繊細な味覚はない。

 食べられるか食べられないか、好きか好きじゃないか。

 この焼き兎肉は食べられるし好きでも嫌いでもなかった。このスパイスが好きだ。だから好きかもしれない。


 食事量が普通の人くらいに戻ってきているルチアは、余裕で焼いた分の肉を食べきり残しておいた部位は保存食として加工する。

 保存食の加工も精霊たちが頼りになった。なぜこんな知識を蓄えているのだろうか。


「じゃあもうちょっと頑張って進もう……!」


 おー! と精霊たちも気合を入れた。


 *


「……待って」


 道中、ルチアは心が騒めくのを感じた。

 馬のユキが進みを止める。


 このざわめきは覚えがある。

 下位精霊たちが何かを知らせてくれているのだ。

 周囲を見渡した。慎重に見逃しがないように。

 周りの中位精霊たちも警戒を強めた。


「ギャアアウッ!!!」


 真っ黒な四肢の獣が木々の合間から飛び出した。

 凶悪な牙がルチアを狙う。


『っ風!』


 詠唱は不十分だった。

 しかし、となりのせいれいが後押ししてくれた。

 風が刃となって凶暴な獣に襲い掛かる。

 さらに暴風も起き、敵の体を吹き飛ばした。


 馬のユキがいななき、魔法を使い吹き飛ばした獣の体を凍らせ動けないようにする。


「ルチア! 攻撃!」


 人の姿に戻って、ルチアを抱え獣から距離を取った。


 黒い獣は暴れた。

 憎悪と敵対心むき出しの血走った目をルチアたちに向けてくる。


『風の刃を』


 ルチアの魔法が黒い獣を本気で殺すつもりで発動される。


 あれは__魔獣だ。

 古代竜の出現によって活動が活性化しているらしい。

 精霊や人の残留魔力の煮凝り。悪意などの負の感情が詰まった悲しき化け物だ。


 見つけ次第、一般人は逃げて魔術師に存在を報告しなければいけないが、ルチアたちはそれどころではなかった。


 風の刃が獣としての急所を狙う。

 魔獣はどこが弱点なのか、ルチアはその知識がなかった。

 魔獣は5年前までこんな道端で現れるようなものではなかったのだ。

 今まで村に囲まれ安全に暮らしてきたルチアは、魔獣の存在なんて頭から抜け落ちていた。


 ルチアを抱えながら、ユキも真似て氷を刃に見立て追撃する。

 ここまでの戦闘は経験がないため、ユキもドキドキしていた。

 空気がひりついている。


「もう一体!」


 精霊が知らせてくれた。

 攻撃した魔獣の生死を確認する前に仲間が増えた。最悪だ。



 *


「もういない?」

「た、たぶん」


 荒く息をつきながら、やっと腰を落ち着けた。

 森を走り回り(主にユキが)、ちまちま増え続ける魔獣に攻撃を加え続け、やっとそれは終わった。

 ルチアたちは成し遂げたのだ。魔獣の討伐を。

 魔法をまともに扱うようになって数日の少女がやり切れることではない。精霊たちの力もあったが、ほとんど根性だった。


「生きててよかったぁ……」


 心底安心した声を出して、手を地面についた。

 すると、ぶにゅり、と生暖かい肉の触感がした。


 先ほどまで魔獣と交戦していたルチアは、サアッと背中に冷たい汗を流す。


 ギギギ、と慎重に首を後ろに回す。

 私は何を潰してしまったのだろうか。



 それは白い毛の……人間だった。

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