21話 悪路
「ユキさん、こんばんは! お披露目式で見かけましたよ!」
今日も今日とて製氷人間として出勤したユキに声を掛けたのはアイニィだった。
「こんばんは。アイニィさんも見に行かれていたのですか?」
彼女が言っているのは、昼頃にあった新舞巫女のお披露目のことだろう。
ユキの問いに元気よく、はい! と返事して意気揚々と話し始める。
今日も雑談から始まるらしい。
「新しい舞巫女さまとっても綺麗な方でしたね~私も舞いが出来たら舞巫女さまに選ばれてたかも……なんて、一度は夢見ますよねーその前に精霊見えないから見向きもされないでしょうけどぉ」
「舞巫女さんになりたいのですか?」
「なりたい……っていうか、人からチヤホヤされたいっていうか……手っ取り早く投影しやすいっていうか……」
「なるほど。舞巫女さんは人からチヤホヤされる人なんですね。確かにお披露目が終わったら見ていた人たちが舞巫女さんのところに押し寄せていましたね」
「私もその一人でした。お気に入りのブローチにサイン描いてもらいましたぁ」
精霊的な視点で見ていて特に面白みを感じなかったが、彼女らにとっては素晴らしいイベントだったのだろう。
楽しかったなら良かった、とニコニコ微笑みながら本日の製氷を完遂させる。
「観覧はお一人で?」
「いえいえ。なんとですね……タオさんが連れてってくれたんですよぉ!」
なんと。
ここ数日のタオとアイニィの印象から考えると意外だった。二人はプライベートで出かけているイメージがなかった。アイニィという少女の働き先のオーナーであるそれ以上でもそれ以下でもない。
少女の世話に手を焼くがそれは仕事の内だけであるように感じていた。
数時間ここにいるユキが見えているより彼女らの関係は親しいものらしい。
「行きたいってアタシの前でダダこねてたクセにねェ?」
タオはユキの仕事を確認しながら、調子のいいアイニィにため息をついた。
後ろでアイニィがムキャムキャ言っているが、無視して言う。
「それにアタシも見たかったからね。思ってたよりキナ臭いことになってるみたいだ」
キナ臭いこと。
そういえば、アリサやルチアの表情もあの時優れなかった。アリサが仲間外れにされていること以外に何かあるのだろうか。
「帝国のニオイがプンプンするんだよ。アンタも気を付けな。特に今は守護者について嗅ぎまわってるみたいだよ」
「て、帝国ででですか!?」
今守護者と行動を共にすることが多いユキは面倒ごとに巻き込まれるのはごめんなので素直に頷いた。
そして、傍で聞いていたリトルド帝国出身のアイニィがドキリと肩を跳ねさせた。
私も帝国からの間者なのかも……!
「アイニィもだよ。アンタが帝国出身なことをいいように利用される可能性もある。十分気を付けな。最悪この街から離れる選択もあるんだからね。この国は広いからアンタみたいなおっちょこちょいでも受け入れてもらえるだろうさ」
「……あ、う……」
ドキドキと心が嫌な音を立てる。
真っ直ぐ心配してくれているタオのこと、両親のこと、この街で出来た友人のことを考えてぐるぐるする。
「タオさんは物知りですね」
「フン。アタシもヨソ者だからここで生きるために必死なのさ。それにお偉いさんが思っているより、この街の住民の結束は強いよ」
帝国とはまた違う他国からこの街に流れ着いたタオは、2度と帰ることはないだろう故郷を遠く思いながら、新たなふるさとへの愛しさを心に抱いた。
ユキが考えていたより、複雑な事情がこの街で絡まり合っているらしい。ルチアが面倒事に巻き込まれる前に早く街を出たいな、と思った。
*
ルチアは眠い目を擦った。
昨夜はずっと舞の真似事をしていた。
つい夢中になって、布団に入るのも遅く眠りも浅かった。
睡眠不足は魔法を使用する際の大敵だ。
しっかりシャッキリ目を覚まさなければ。
パチパチと頬を叩いて、冷水を顔にかけた。
「さてと。あなたにずっと魔法を教えて最強にしたいのはやまやまなのだけど、そろそろ雷の大精霊に会う準備もしておくわよ。今のところ出発は明後日。今日は旅に便利な結界も教えてあげる」
「はい!」
時間は有限である。
いつまでもこの街に滞在するわけではない。
今日と明日でできること全部やって、万全な状態で雷の大精霊さまに会うのだ。
____と、決意して2日経ち、出立の日になった。
「忘れ物は?」
「多分ありません」
「ルチアに同じく」
ルチアは不安そうにしながらも、はっきり返事をする。
見習い魔法使いのローブの下に、荷物を詰めた鞄を提げている。
ユキは引率のアリサに答えた後、馬の姿に変化した。
「さあ、行くわよ!」
「はいっ……!」
アリサの金髪ツインテールを靡かせて、馬が駆け出す。
街に入った城門とは反対側にある城門から出て、雷の大精霊の居る“雲河の谷”へ。
雲河の谷への道は、途中国境にすごく近くなるところがある。
そこは慎重に素早く通るとアリサが言っていた。
隣国との国境付近は魔術師であっても、刺激しないように通らなければいけない。
空は晴れているが、雲河の谷へ近づけば近づくほど雷のゴロゴロとした音が大きくなっていく。
腹の底まで響く唸るような雷鳴に萎縮してしまうが、精霊のユキは怖い物知らずにぐんぐんと進んでいく。
「フードをしっかり被って。一昨日教えた防御結界を使いなさい」
「はい」
雷鳴がさらに酷くなる。
ルチアは雷と雨を防ぐ魔法を発動する。
さらに進むと雨が強く降り出す。
結界はガラスのような板の形で出現しているため、雨が降り出すと視界が悪くなる。
これに対策も用意していた。
『大精霊さままでの道しるべをお願いします』
ルチアのフードの中で丸まっていた雀の姿の光の精霊が力を貸す。
雲で覆われた空の下、暗い視界に灯りを。
行く先がわかりやすいよう照らして示す。
霧がかかったような視界に、裂けた山影が浮かび上がる。
2つに分かたれた峰が、雷の大精霊までの道へ誘い込んでいる。
雷で切り裂かれたのではないかという逸話がある双子山の谷間を通り抜ければもう目的地である。
「……っ!」
空が強く光ったかと思えば、目の前に落雷した。
バクバクと緊張の糸が張られる。
「この谷は雷が特にヤバいから私も結界を出すわ」
ここが雲河の谷の最難関、双子山だ。
もしここをユキと2人だけで通ろうとしたら相当危なかったのではないだろうか、それを想像して冷や汗が出た。
アリサと出会えて本当に良かった。
双子山を無事通り抜け、開けた盆地に出た。
一気に晴れた。雲一つない空の下、そこに存在した。
「あら前見たより元気そうね」
雷の大精霊の砕けた姿。
ピンクの光を中心に小さな稲妻が複数走っている。ばちばち、ギラギラ、ぱちぱちと。
激しく、しかし儚い姿だ。
アリサから元気になっていると聞いて安心した。
ちゃんと大精霊様は復活に向けて力を付けているのだ。
ルチアはユキから下りて一歩踏み出した。
ユキはちゃんとタオとアイニィに街を出ることを伝えてます




