20話 お披露目潜入
早朝ルークを見送った時には見かけなかった、貼り紙が街中にあった。
【新舞巫女任命! お披露目式】
という見出しと日時場所詳細が書かれたポップなポスターだ。
お披露目式の開催場所が近くなるほど、目的地を同じくする人々が多く見られた。
人のざわめきでハッキリとは聞こえないが、彼らはきっとお披露目のことについて話しているのだろう。
彼らの顔には悪い感情はなく、どんな舞巫女か楽しみにしている様子だった。
「昨日、糸を買いに出たときはポスター見なかったですけど、みなさんどこで聞きつけていらっしゃるんでしょうか」
「ま、噂が流れてたからね。私もそれで今日あるのを知ったのよ。教会関係者が知り合いに情報を流しているのでしょう」
「そうだったのですか」
あまり大々的に民衆に広めるつもりはないのだろうか。
それとも、雷の守護者の耳に入れないようにだろうか。
人の流れに沿って目的地の教会へ向かう。
城塞都市セイロは人口も多い街だからか、行き交う人も多く賑やかだ。
お披露目に合わせて稼ごうと出店も見られる。
いろいろな物に目を奪われてフラフラしていたからだろうかルチアはアリサに手を掴まれていた。
周りの熱気に影響されて浮き足立っていた自分を恥じた。
*
それはホム村の教会の広場よりも広く、神聖さに溢れた会場だった。
教会の中を通り抜けて、中庭と呼ばれるような位置にある広大な円形の広場だ。白い円の舞台を囲むように、観衆の席が階段状に設置されている。
「豪勢ですね」
「ほんとにね」
呑気なユキの言葉に、アリサは何か含んだように吐き出す。
教会がこんな見世物みたいな場所を作って何がしたいのやら。
舞巫女の舞う場所なんてこんな豪勢にしなくていいのだ。
舞巫女の舞は人に対しての見世物ではない。精霊に舞を捧げるついでに人に見せているだけだ。
あるのは舞うのに必要最低限の広さの場所だけでいい。観客席まで作ってしまったら舞の前提が崩れてしまうではないか。
半分ほど埋まっている会場の空いていて、異色三兄弟を紛れさせられる位置に座った。
ルチアを挟んで、ユキが腕に抱えたものをアリサに渡していく。
「お店の方たちにたくさんいただいてしまいました」
「あら、この氷おいしいのよ。ルチアも食べときなさい。顔が良いって得ねぇ~~っ」
気の良い出店の店員たちに声を掛けられ食べ物や商品を渡され客寄せに使われたらしい。
ルークの好きな焼き鳥もあった。
「でも私たちじゃ全部食べきれないから、残りはアンタが食べなさいよ」
「そうでしたか」
胃袋の限界があるアリサは選んだもの以外を胃袋の限界がない精霊に押しつけた。
「……! 甘いおいしいです……お姉さま」
「そうでしょ?」
アリサに薦められた氷を口に入れたルチアは、甘さにびっくりした。
冷たくて、イチゴの甘さが口に広がる。
飴みたいだ。
そうやって過ごしていると、周りのざわめきがさらに大きくなった。
「……来たわね」
教会の建物からしずしずと同じ服を纏った人間と華やかな衣装を纏った少女が現れる。
精霊を信仰する教会に所属する精霊官と、新しい雷の地の舞巫女だ。
遠目だが、舞巫女はルチアと歳はさほど変わらないように見える。ルチアより発育は良さそうだが。
精霊官に囲まれながら、舞巫女が円の舞台の中心に立つ。
舞台の周りにはいつの間にか楽器を持った団体と上質な礼服を纏った複数の人間そして、
「あ、アリサ様が……い、らっしゃいます、けど……」
金髪ツインテールの雷の守護者が堂々とその中に居た。
当の本人現在は焦げ茶のお姉さまは、ものすごく顔をしかめている。
「すごく顔に出てる……」
一応、アリサがここに来ていることを隠そうとして来たのに、こんな楽しそうな会場で不快な顔をした女がいたら目立つだろう。
ユキは呟いた。
「今私の中でいろんなものが繋がったわ。“アレ”は私に変化した精霊ね。あなたたちはアレには触れなくていいから。それより……あの黒髪の紫礼服のおじさまが見える?」
アリサに変化した精霊というとんでもない情報が投げられ、混乱したが話が続いていく。
彼女が指差した方に、確かに紫の趣味の悪そうな服を着た黒髪のおじさんが見える。
おじさんと言うには少し若作りに見えるが。
「あの方が何か……?」
「あの男はクロマスク公爵。雷と風の地域__この国の東の土地をまとめている公爵の家の当主よ。自分の妻を家から追い出すほど、冷酷な人間よ。会うことはないでしょうけど顔は覚えておきなさい」
「は、はい」
クロマスク公爵。
彼はニヤニヤと不敵な笑みを浮かべ舞巫女たちを見ている。
性格が悪そうだ。
「隣に立ってるガキは多分その子息ね」
角度で顔はよく見えないが、クロマスク公爵と同じ黒髪の少年が立っている。公爵みたいなニヤニヤ顔をしているのだろうか。
「確かルチアと同じ歳だったわね」
魔術師になるなら関わることもあるかしらね、と笑いながらルチアを見る。
クロマスク公爵家とはあまり関わらないタイプの魔術師になりたいと思った。
そして、観衆のざわめきを静める笛の高い音が広場に響く。
始まった。
楽団が音を奏でていく。
ポロポロと少しずつ重なる音に合わせ、中心の舞巫女が軽やかな足取りで舞い始める。
長い手足とサラサラの髪を生かし、美しい舞が音楽と共に披露される。
舞巫女の可愛らしい瞳が、観衆一人一人と目を合わせるように動く。
愛らしい舞巫女の姿に人々は虜にされた。
「雷の地の舞は楽団の演奏もあるなんてすごいです」
「豪華なのよね」
氷の地の舞は最低限楽器が得意な人たちがささやかに奏でてくれる音楽と一緒だった。
こんなに大々的な舞も見ていて楽しいだろう、と精霊たちの様子をうかがってルチアはあれ? と思った。
思っていたより精霊の姿が見えない。
この雷の地域ならピンクの光の精霊が中心に舞巫女の周りに集ってくるはずだ。
ピンク色に輝く雷の精霊がチラホラ、その他カラフルに精霊たちが光り、観衆と舞巫女の距離間と同じくらい距離を空けて眺めている。
「と、遠目で見てますよね……?」
なんだか様子を窺っているような精霊たちの動きだ。
楽しそうな舞の披露であるが、彼らには何か違いがあるのかもしれない。
精霊の好みの舞はさまざまであるし、土地柄でも舞の種類は変わってくることもある。
「あの舞巫女の適性がないのでしょう」
冷たい声でアリサがそう言う。
残酷な話である。どんなに愛らしい少女が美しい舞を行ったとしても、精霊と相性が良くなかったり精霊への敬意が足りなかったりしては意味がない。
その適正を判断するのが守護者であるのだが、選定の時点で仲間外れにされたアリサは恨みを込めてざまあみろ、と吐き出す。
お前たちがしきたりを破らなければ。上位精霊を使って私に変化させ誤魔化さなければ。
精霊を信仰しているくせに精霊に一番敬意がないのは誰なのだろうか。
アリサは舞巫女が舞を披露している後ろに立つ精霊官を睨む。
魔術師になりすぐ守護者に立てられたアリサは、まだ2年目の新人であり古い考えが染みつく教会関係者には舐められがちだ。古代竜の大災害の爪痕が多く残る中就任し、復興に尽力し多くの功績を残したとしても変わらない。年功序列が染みついた魔術師未満の巣窟。
だがきっと今日のお披露目が上手くいかなかったら、守護者の選定の目がないと騒ぐのだろう。
しかし、ただの民衆には精霊の姿が見えないから舞巫女の舞が美しければ失敗とはならないだろう。今回は運が良かった。
それにこれは皮肉だが、あそこに立つ精霊官の半分もまともに下位精霊の姿は見えないのだろう。であれば、まだこちらにも猶予がある。
腐った教会の体制を見直すこと。それが最近新たに精霊王から命じられた任務だ。精霊王は見ている。守護者が正しく世界を導くことを。
「お姉さんが言ってたから少し楽しみにしていましたが、そうでもなかったですね」
氷の上位精霊であるユキが、舞を一通り見てまっさらな目で言った。
「ごめんなさいね。私もここまでとは思ってなかったわ。でもこちらで見たいものは見れたわ、一緒に来てくれてありがとね二人とも」
「い、いえ……違う地域の舞を見ることができた貴重な経験でした……こちらこそお誘いしてもらえて、その、嬉しかった……です……!」
目を輝かせてそう言ってくれる妹分が愛らしくて、思わず抱き締めた。
「っお、おおおおおお姉さま……!? くすぐったいですっ」
アニマルセラピーならぬルチアセラピーの効果をしっかり受けたアリサは立ち上がって二人に告げる。
「さ。帰りましょう」
*
「クロード。視えたか?」
ニヤニヤとした笑みを湛えながら、クロマスク公爵が隣の息子だけに聞こえる声を掛ける。
「見えませんでした」
「そうだろう、そうだろう。いやはや。彼らも面白いことをするね。ではクロード
お前には何が視えた?」
ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべるクロマスク公爵と、眉一つ動かさない仏頂面の黒髪の少年。その仏頂面は、舞巫女のお披露目という場において真剣に向き合った真面目くさった顔にも見える。
クロマスク公爵とその子息は、親子であり師匠と弟子の関係でもあった。
「……まずあの守護者殿は上位精霊の変化した姿であると視えます」
「ふむ続けなさい」
金髪ツインテールで紫ドレスの勝ち気そうな顔をした女性を見事精霊と見破った息子に頷いた。
「観衆の中に精霊……中位以上の存在が6」
「どこにいた?」
「赤い髪の女性の周りに5。少し離れたところに雷の上位精霊がいました」
「ふむ。いいよ続けて」
ルチアの周りの精霊たちにも気づいたクロードに満足そうに頷いた。
ちなみに雷の上位精霊は、ルークをストーカーしていた彼女である。ルークがいなくなったので仕方なくルチアたちをストーカーしていた。
「そして……空に下位精霊が舞の様子を窺っていました」
「クロードは視えるようになってから舞の精霊を見るのは初めてだったかな」
「はい」
「本来の舞で集まる精霊はあの程度ではない。いつか本物の舞巫女を見せてやろう。そうだ風の方がそろそろ舞をすると言っていたな」
クロマスク公爵はニヤニヤとした笑みを浮かべながら、淡々と話す。
「今回のお披露目は一体何だったのですか?」
まるで今日のお披露目の舞が意味のなかったものだと言っているように感じたクロードは、師である父に尋ねる。
「教会主催のお遊戯会さ。楽しかっただろう? 舞巫女殿の舞は真に美しかったのだから」
「はあ……精霊も満足に集められていなくても、ですか」
「ああ。精霊官どもに精霊はまともに視えていない。観衆へのつかみが良ければアイツらはどうでも良いのだろう」
「しかし、どうして守護者殿と精霊がすり替わっていたのですか? 噂で聞く限り、そのような不真面目なことをする方ではないらしいですが」
「本当に不真面目であればどんなに幸せだったろうかね。まさか自身の契約精霊が餌付けされて教会側に付くなんて想像したくないだろう……ああ、私が先に彼女の精霊を陥落させたかったのに……」
「……そういうことも出来るのですね」
「自我があるからね」
父の恍惚とした陥落させたい願望は聞き流し、クロードは一つ学んだ。
契約した精霊であっても契約魔術師の本意ではないことを行う可能性があること。
クロードはまだ精霊との契約をしていないが、今後気をつける必要がある。
「教会の是正は簡単にはいかないだろう。早く私を頼ってくれたらいいのにねぇ。雷の守護者殿はやはり良い女だ。強くて真っ直ぐで優しい女性が私を頼る瞬間を考えると……とても滾るものがある……」
クロードは師であり父のおかしな性癖暴露はスルーし、真っ直ぐ前を見ている。
そんな性癖のせいで自分の最愛の妻を家から追い出すことになったのを覚えていないのだろうか。
*
寝付けなくて布団から出た。
真っ暗な夜空に、星々と天を貫くかのような輝きのエレメンツタワーがある。
明日はどこかで雨が降るらしい。
すっかり寂しくなった寝室を見渡して、屋外に出ることにした。
ユキの姿もない。アリサから彼は夜遊びをしていると冗談のようなことを言われたが本当だろうか。
日中特訓をしている庭に立つ。
明日も特訓だ。雨が降ったらどうなるのだろう。雨を防げる結界も作ってみたい。
いろいろなことを考えたり思い出したりしながら浮かぶのは、昼前にあった舞巫女のお披露目だ。
守護者であるアリサが除け者にされ行われた舞巫女の舞の披露。
きっとルチアが精霊の見えない普通の子どもだったら、あの綺麗な舞を見て喜んだだろう。
しかし、精霊が見える普通ではないルチアは純粋に喜べなかった。一年前まで氷の地で舞巫女をしていた者として、少し思うところはある。
精霊があの舞で楽しんでくれたならいい。
でも、あの様子では彼らを満足させられなかったのではないだろうか。
それがとても悲しい。
ルチアは、一歩踏み出す。
一つ腕を振り上げる。
身体全体を使うように、ねじる。
雷の舞巫女がやっていた舞をなぞるように、一つ一つ身体を動かしていく。
手を伸ばす動作一つに意味がある。
あなたにこの想いが届きますように。
くるりと回る動作一つに意味がある。
あなたが自由に飛び回れますように。
視線を向ける先一つに意味がある。
あなたと友人になりたい。
雷の舞巫女になった彼女は何を想いながら舞ったのだろうか。
舞うルチアの周りに精霊が集まる。
たのしそう。
わくわくするね。
キャッキャ。
なにしてるのー?
ぼくもおどっちゃお!
ルチアは頬を染めて笑った。
舞巫女じゃないのに、久しぶりにまた舞ってしまった!
アリサルゥホート(22歳)
教会側に舐められてるのは歳が若いだけじゃなく、彼女が攻撃特化の魔術師ではないからという点もある。古い考えの人間が集まってる(特に雷の地はバチバチな国境近くなので)ため戦闘力の高い魔術師でないと魔術師と思ってない。前任がすげえ戦闘特化なじいちゃん魔術師だったため尚更その考えが強く根付いている
アリサは攻撃ももちろんできるが、得意なのは話中にも出てきてる通り、眠り系の無力化魔法や魔道具開発。これで守護者まで上り詰めてるバケモン
実際攻撃力は守護者の中では一番下くらい。魔術師としては十分なくらいはあるので、教会側が彼女に対してただ無知であり守護者の役割への理解が浅い可能性がある。




