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2話 大精霊様

「着いたよ」


 目的地に着くと、氷の精霊はおぶっていた少女を降ろした。

 久しぶりの地面の感触にヨタヨタとなりながら、少女は顔を上げた。


「……!」


 少女は声を失った。

 美しく、悲しい光景が前に広がっていた。


 ここに来るまでに話は聞いていた。

 大精霊様は5年前の災害で力が砕けてしまったのだと。姿も形もなくなってしまったのだと。

 だから、彼女は少しでも大精霊様が力を取り戻せるようにとここまで来たのだ。

 彼女が暮らしていた村の一番近くの森の奥にいるという、氷の大精霊様に会いに。


 白い光を中心に、粉雪のようなものがふぶき続けている。きらきら、さらさら、ふわふわ、と。


 少女は堪えるようにぐっと口を結ぶ。そして思い出す。

 ここに来た目的と、自分の欲。


 背負っていた荷物袋から、板と紙と黒鉛筆を取り出して、座り込んだ。

 そして、砕けている大精霊様の姿を目に焼き付けながら、鉛筆を手に取った。

 彼女にとって、これは必要なことでやりたいことだった。


 最後くらい、自分のやりたいことをやったってバチは当たらないと信じて。


 *


 氷の精霊はウロウロと赤毛の少女の周りを歩く。


 大精霊のところに着いたと思ったら、地面に座り込んで何かをし始めたのだ。

 精霊は詳しくないが、あの白い光の大群が氷の大精霊だというらしい。大精霊っぽい姿ではないが、小さな精霊の光たちが元気にきらきら、さらさら、ふわふわと大きな光を取り囲んでいる。


 彼はその光景に見覚えがあった。

“飽きた”と抜け出した場所だ。

 自分が生まれ、勝手に逃げた場所に自分の足で戻ってきてしまったが、彼は特に気にしていない。

 今のところ、あそこに戻る気もないため、意識は少女に集中していた。


 少女は細い木の棒を動かして、何かを描いているようだった。

 その状態から1時間は経っただろうか。

 少女の周りの光たちがきらきらと瞬く。精霊の彼に何かを伝えるように。

 詳しく話を聞くと、少女はしばらく栄養を摂っていないらしい。それっぽいごはんも尽きてしまっている、と。

 ふむふむ、と彼は頷いた。


 彼は素早い動きで、森の中へ姿を消した。


 数十分ほど経つと、精霊の彼は兎といくつか草を握って帰ってきた。

 まだ少女は同じ体勢で丸まっている。

 それの後ろでコソコソと精霊たちで集まる。


「僕、これ加工できないよ」


 氷の彼がそう言ったので、他の精霊たちはハリキリ出す。


 慣れたような連携で、カラフルな精霊たちがせっせと動く。

 中途半端な血抜きを緑の精霊が済ませ、そのまま毛皮も肉も解体していく。

 氷の彼の力で凍えるような寒さから守られているため、弱っていた光たちも元気を取り戻している。

 それぞれの役割が決まっているのだろう、調理はテキパキと進んでいく。


 人の手を持っている氷の精霊もときどき手伝いながら、それは完成した。

 兎肉を細かく刻み、草と煮込んだスープだ。


「わーすごいね」


 パチパチと小さな精霊たちに称賛を贈る。

 木のスプーンで掬って少女の口元に寄せると、反射的に口が開いた。スープを口の中に入れてやると、もぐもぐ動いている。


「僕にもくれるの? ありがとう」


 少女は少食なのだろうか、3口ほど食べるともう口を開かなくなった。

 精霊たちは余ったスープを彼に譲渡し、残った兎肉などを保存食に加工する作業を始めた。


 手を止めない少女とその精霊たちを眺めながら、彼は恐る恐るスープを口に運ぶ。

 人の姿で何かを食べるというのは初めてだった。

 今まで見てきた人間の真似をするように食材を歯で噛み砕く。

 味は……よく分からない。舌が少しピリリときたから、何かスパイスでも入れているのかもしれない。


 彼が食材を調達しに森に入った時は、顔見知りの火の精霊にアドバイスをもらいながらだった。

 そのため、どれがどうなって人が食べられる形になるのかは知らなかった。

 食べ物として加工されていく様子をちゃんと見るのは初めてで楽しかった。

 光の姿でここまで作れるということは、人の姿の彼ならもっと細かなことができるだろう。いつかやってみたいなと彼は思った。


 * 


 ああ、もういいか。もう終わってしまうのか。


 赤毛の少女は手を止めた。

 目の前の大精霊様は変わりなく、粉雪が吹き荒れている。

 そういえば、なんだか身体が温かい。四肢が動きやすくなった。目の前に集中していたからか、それとも……

 彼女の斜め後ろで真っ白な青年が笑みを浮かべて立っている。


 この人、誰だっけ。


 話したような記憶はあるが、何者かは全く分からない。急に現れて、自分の姿を興味深そうに眺めている。

 明らかに普通の人間ではなさそうだった。服だって、こんな寒冷地帯で薄着だ。

 妖しさはあるが、跳ね除けなければいけないほどの悪人には見えなかった。

 それにもう彼女はこんなこと気にしなくて良くなるのだ。



 少女がゆっくりと立ち上がったのを、おやと彼は見守る。

 今にも折れそうな細い体を畳んで、足や手のひらを地面に擦り付ける。深く深く頭を下げると、聞きなじみのある音が紡がれた。


『どうか、どうか、わたくしをあなたさまの糧にしてください わたくしのすべてをささげます あなたさまの力の1片にわたくしを入れてください』



 5,60年昔には精霊に供物を捧げ祀ることもあったという。供物は自然の獣や収穫物、ぜいたく品があった。ある地域では、ヒトも捧げていたらしい。

 供物を捧げられた精霊は力を増幅する。特にヒトは体内魔力が濃いため、力がよく漲った。

 少女はその話を聞いて、大精霊に自分を捧げに来たのだろう。


 わざわざ“精霊語”まで使って自分の命を差し出して。


 氷の彼は綺麗な発音だなあと感心した。

 精霊がヒトの言葉を話すのは簡単だが、ヒトが精霊の言葉を話すのは相当難しいらしい。

 少女は精霊語をすごく勉強したのだろう。


 こんなに頑張ってる子が大精霊に取り込まれるなんて勿体ないなあと彼は思った。

 ふと、気づいた。少女の周りにいた精霊たちが、1箇所に集まっていることに。

 楽しそうに嬉しそうに、ぽわぽわと光っている。

 彼も誘われるように近づいた。


「わあっ! わー!」


 思わず声を上げた。


 精霊たちが見ていたのは絵だった。

 少女がさっきまで、せっせと描いていたものだ。

 砕け散った、今の氷の大精霊の姿が拙いながらも勇壮に美しく描かれている。

 精霊の心を動かすようなとても“良い”絵だった。

 精霊の力の源がグツグツと煮えたぎるような。

 力をもらえるみたいな。


「ねえ、他にないの?」


 彼は少女の他の作品を探すが、持っていないらしい。

 精霊たちがないよと光る。


 少女はまだうずくまって、きれいな精霊語を紡いでいる。

 そんな少女の隣で同じように足を曲げてすべてを地面に近づけた体勢で話し掛ける。


「キミの絵がもっと見たいな」

『……っ」


 少女の声が途切れる。


「さっき描いてた絵、すごく力がもらえたよ。ドキドキしちゃった。もう絵は描かないの?」

「……」


 頭を下げて手をついているから、腕に顔が隠されて表情がよく見えない。

 震える指先が、地面をつかむ。

 何かを堪えるような息が漏れる。


 隣に成人男性体型の彼が並んだことで小ささが目立っていた少女の体が、より小さく丸まっていく。


「っせ、せいれいさんの、力になりたいん、です……! もう、わたしにできるのはこれだけだから……っ」


 滑らかに精霊語を紡いでいたとは思えないくらい、つまづいた話し方だ。

 しかし、強い思いのこもった声だった。


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