16話 隣人事情
本当に4人で寝ることになった。
アリサは気まずそうにするルークを守護者邸まで引きずって、3人が寝られるよう調整したベッドに放り込んだ。
いやいいですよ、という彼の言葉を一切聞かないとてもスムーズな連れ去りだった。
「あんまり使いたくないのだけど、隣でうなられたらウザいからよく眠れる魔法を掛けてあげるわ」
「ルチアにも前使ってくれてた魔法だよ」
ユキもそう言ってくれたが、いつ、のことか心当たりが多すぎて推測できない。
布団に潜って待機するちびっ子2人の目を、アリサのすらりとした綺麗な手が覆う。
『あなたたちは不安に襲われず安らかに眠りなさいな』
疲労で睡魔に襲われていた体が、素直に深い眠りに落ちる。
それを確認すると、また違う魔法を発動する。
『部外者を立ち入らせないで』
寝室すべてを囲う結界が形成される。
ルチアの守る魔法と似たようでちょっと違う。
この結界は、現在中にいる生物以外が侵入してくると眠らされるらしい。精霊に関わらず発動するようだ。
「こういうのは、魔術師の使い方もそうだけど属性の違いも出るのよ」
「へぇそうなんですね」
精霊としてはこういうことに疎いユキは、新たなことを学んだ。
「で、アンタまた夜抜け出す気ね?」
呆れた目でユキを見る。
そう言われても顔色を変えることなく、にこやかに笑って彼は返す。
「ルークを見ていようかと思いましたが、守護者さんがいるなら大丈夫かなと思いましたので、申し訳ないのですが2人をお願いします」
「ハイハイ。キヲツケテ イッテラッシャーイ」
外で何をしているのか知らないが聞いても無駄そうだ。
彼女は余計なことを言わず、ユキを追い出してルチアたちの隣に寝転んだ。
*
「こんばんは」
「あ! ユキさんお疲れ様ですっ!」
光の姿でひとっ飛びして、物陰で人へ変わった先で訪れたのは昨晩お世話になったタオとアイニィのバーだった。
「ちゃんと来たのねぇ。それじゃあまず、ここを氷でいっぱいにして頂戴」
「おまかせください」
店の裏の保冷バケツを指して、やることを言うとタオは表へ戻って行った。
そう。ユキは精霊であることを隠してバーでアルバイトをすることになった。
魔術師ではないが氷の精製魔法が使える人間と自称し、氷を作ることとタオたちの手伝いを主に業務で行うことを昨晩採用された。
あの日ドリンクを2杯飲んでしまった分と、今後の資金稼ぎとして。
精霊であるユキは夜にすることがないため、夜営業のバーで働けるのはちょうど良かった。
今はルチアが守る魔法の特訓で忙しいし、食事や必需品の支払いはアリサが進んでしてくれているみたいだが、いつかアリサと離れて行動するようになった時や大道芸で稼いだ分が尽きた時のために。今暇なユキが働いておくのだ。
賢い精霊なので、未来の行動を見据えて行動している、とは彼が言っているだけである。
実際は人間みたいに労働をしてみたかったのと、人として動くにも“お金”が必需であるからだ。
それにユキがお金を稼げていたら、ルチアが絵を描くことに集中してもらえるのではないかという考えだ。
今はどうしても魔法の特訓で忙しいみたいだが。
早く雷の大精霊のところに行って、彼女の絵が見たい。
「魔法が使えるって良いですよね~」
「習わなかったの?」
傍で製氷を見ていたアイニィが羨ましそうに呟く。
アリサが言うには、町各所にある教会で精霊や魔法について教えてもらえるらしい。
アイニィは行かなかったのだろうか。
「親が精霊魔法反対人間なのですよ。だから教会とか学校には行くなって、習うのは阻止されてて、あの人たち魔術を教えられるわけでもないし、私ただの魔法使えない人間なんですよ~」
「精霊魔法反対?」
そんな思想の人がこの国にいるのか。ユキは驚いた。
「あ、えーと、私たち家族は隣の帝国__リトルドから移住してきまして……いや! あの、開戦派で火種を撒きに来たとかではなく! ただの、貧乏一家なので! ひぃぃ~言わなくていいことを言っちゃうのが私の悪いクセでぇ~~っ」
ファムオーラの東に位置する隣国“リトルド帝国”。この街を含む雷の地域はここと隣接しているため、リトルド帝国から移住している人も少なくない。
いつ戦争が起きてもおかしくないくらいに両国が睨み合っているという事実がなければ、さして気にすることはない。
ファムオーラより先に“魔術”を開拓し多くの“魔術師”を輩出してきたリトルド帝国と、リトルド帝国を含む周辺諸国からの支援を受け“精霊魔法”なるものを国内に広めなぜか“魔術師”と名乗るファムオーラ。勝手に魔術師という称号を使い精霊を崇めるファムオーラを嫌悪するリトルド帝国。好戦的なリトルド帝国に応戦するファムオーラ。
リトルド帝国が諦めるか、ファムオーラがリトルド帝国を納得させる提案をできるかが平穏に解決する術だろう。今のところそのようなことが進んでいるようにはみえないが。
セイロはリトルド帝国からの移民も多いため、検問が厳しい。
アイニィの両親は精霊魔法反対主義ではあるが、何かを起こす人物として危険視はされるまでではなかったのだろう。
彼女たちが10年近くこの街で平凡に暮らしていることからそれは明らかだった。
「気にしませんよ。隣国のリトルドですか……ちょっと興味出てきました。キミの話は聞いていて愉快なので、気にせずたくさん話してください」
「ふわぁ……! えへへ、いっぱい自分語りしちゃおうかな」
調子が良くなったアイニィの横で、氷が目標量に達したのでバケツを表に持っていく。
重いものを持つのは人の姿での力の調整が難しいが面白い。
「はァい。ありがと」
「ユキさんのおかげで氷屋からもらってくる手間が省けて楽ですね!」
役に立てているようで何よりだ。
この後数時間、タオとアイニィの客対応の手伝いを完遂し給料をしっかり貰うと、明日も来られる予定だと伝え、守護者邸へ帰った。
*
スッキリな朝を迎え、夜中になにもなく過ごせたことを悟った。
「今日は少し降りそうですね」
起き抜けに外を見ていたルークが言う。
目を擦りながらルチアも窓際に近づく。
空は快晴で雲は見えない。何を見て言ったのか分からなくて、キョロキョロと目を動かしているとルークがあるところを指差した。
「エレメンツタワーですよ。この国じゃ一番高い建物で、避雷針になって雷のエネルギーを貯める役目と、雨が降る日を教えてくれる役目があります。観光には向いてないのですごい高いタワーがあるとしか知られてなかったりします」
街の中心に立つ細長い金属のようなもので組まれたタワー。
周りの建物と比べやすいため、より高く見える。
「えと、青色にちょっと光ってるから今日降るってこと……ですか?」
「はい。基本当日の予報と、近日中に大雨が来るようならそれの予報も出ます」
「城塞都市にいれば、どこからでも見える……って作りですね」
「はい。すごく便利なのでここに滞在中はぜひときどき見てみてください」
エレメンツタワーの天辺より少し下にある日付が書かれた三角部分の真ん中くらいに青い線がある。
昼くらいに降る、ということだろう。
避雷針として集めた雷は、タワー内の魔回路によってエネルギーとして貯められ、有事の際や生活のエネルギー源の一部として使われる。
「明日の朝、おれはハイエルンの家に帰ろうと思います。もうここでやる仕事も終わりましたし……あのピンクの化け物のことは怖いですが帰った方が両親に守ってもらえるので」
「そ……うなんですか」
寝癖を押さえつけながら彼が言った言葉に、ずきりと心が痛んだ。
せっかく同年代の仲良くなれた子なのに残念だな、とルチアは思った。
さん付けとか無しに気軽に名前を呼び合おうと言えるまでになったのに。
「もしハイエルンに来られる時はぜひフルール商会へお立ち寄りください。困ったことがあれば助けますし、貴方とまた会って話してみたいので。あ、もしおれの叔母に会うことがあれば存分に頼ってください。おれの友達なのもあるけど、あの人は貴方のこと気に入ると思います。“ロギス・フルール”という女性なのですが」
“友達”なんてステキな言葉だろうか。
ここで離れたとしても、今生の別れではないのだ。ルチアはこの未来光の大精霊に会いにハイエルンへ行くし、会おうと思えばまた会えるのだ。
どこかで聞き覚えのある彼の叔母の名前も頭に入れながら、はい! と明るい声を出した。
真面目くさった顔で伝えたいことを言えたルークは、とても嬉しそうに頷くルチアに照れて眼鏡の位置を調整した。
「じゃあ私も中央に行ったらトモダチのルークくんに会いに行くわ。私と話せて光栄よね?」
「う……なんでからかってくるんですか!? アリサ・ルゥホートが友人を名乗ってうちに来てくれるのは光栄以外の何物でもありませんから! 今言ったこと冗談にして流さないでくださいね、絶対お二人ともうちに来てくださいね!!」
年相応の反応で、アリサも彼を弄るのが楽しいらしい。
お姉さん面したアリサに弄ばれるルークも面白くて、楽しかったのでルチアは笑った。
後ろでユキも3人を見守って穏やかに笑っていた。
アイニィもアイニィの両親も魔術が使えないと見限られたため、
故郷から追い出され近くの街であるセイロに来ただけ
なんだかんだこっちの方が自由に暮らせるので精霊魔法を忌避しつつも穏やかに暮らしてます。




