15話 ゆっくりランチwith出会って半日の男の子
小中大の闇のつぶてと複数の闇のつぶてがランダムに降ってくるのを防ぐ特訓を、休憩後もう1セット行い、昼休憩が言い渡された。
フィッシュフライを挟んだバーガーが昼に摂る栄養だ。露店で適当に買ってきたものらしい。
アリサが夕食は外で一緒に買いに行こうと言ってくれたので、楽しみである。
アリサはまた出て行ってしまったので、一人ちまちまとパンとフライを口に入れていると、来客の知らせが来た。
「こんにちは。お疲れ様です……お邪魔します、お昼もう食べてますか?」
ルークとユキが戻ってきた。
朝の酷い顔はなかったようなきっちりした顔で、守護者邸に行儀よく来訪する。
靴を脱ぐような家であれば、向きもまっすぐ揃えるような几帳面さで一礼して入る。
ユキはそんなルークを見て、一礼してお邪魔しますと言って扉をくぐった。
「お昼今食べてて……」
「すみません、本当にお邪魔してしまいました」
「エッ、いや、気にしないでください……!」
「お昼一緒に食べようって」
ペコペコし出す2人の間にユキが入った。
ユキの片手に握られている袋からいい匂いがする。
「はい、食べましょう!」
「ありがとうございます」
嬉しそうに笑うルチアを目にしながら、おれがちゃんと言うつもりだったんですが、とユキを肘で小突いた。
午前中の数時間で随分打ち解けたらしい。
「ああ。このバーガー美味しいですよね」
机に置かれた、食べかけのパンを見てルークが呟く。
「お、美味しいです……」
食べかけの物を見られるの、恥ずかしいなと思いつつ、ルチアの向かいの椅子に案内する。
「でもバーガーだけで足ります? おれいつもサラダとポテトもセットで買ってもらってるんですけど」
「すごく、足ります」
ルークは、細い腕と足と体を見て、目を見る。
「貴方が空腹か栄養失調で倒れないことを祈ります」
「は、はい……」
耳の痛い話だった。
胃袋が小さいので、すぐお腹いっぱいになってしまう。最近はまだ食べられるようになった。
魔力は体力資本。ごはんを食べれば魔力が回復すると、これでも多めのごはんを貰っているのだ。
知り合って半日の少年にも助言をもらうなんて、情けなかった。
「ルークはね、トリ串が美味しいっていっぱい買ってたよ」
ユキがガサゴソと袋を漁って取り出したのは、タレのかかった焼き鳥とパックにぎゅうぎゅうに詰められた焼き麺だ。
焼き鳥と焼き麺にかかったソースの香りが部屋中に広がる。
甘く香ばしい、お腹の減る匂いだ。
「はわわ……」
すごく、美味しそうだ。
「お腹の容量が大丈夫そうなら、一つ分けてあげますよ」
*
「とりあえず、午前にやるべき仕事は終えたので1時間ほど休むつもりです」
「お、お疲れ様、です」
フォークで野菜とソースがよく絡んだ麺を口に入れながら、ルークが話してくれる。
「お仕事、自分でやってるの、すごいですね……私、自分でお金稼いだのほんの2、3日前なのに」
「おれの手元にはほとんどお金は来ないですよ。無理言って手伝わせてもらってるので。でも、お金を自分で稼ぐのに早いとか遅いとかはないと思います。ルチアさんは何のお仕事されたんですか?」
「だ、大道芸、を……」
「……なるほど」
ルークは自分の耳を疑った。
この背中を丸めてバーガーを食べている少女が大道芸をしてお金を稼げたのか。
いやしかし、ルチアは嘘をつくような肝を持っていなさそうだし、本当なのだろう。
「いやいやいや。なんでそんな自信なさそうに言うんですか!? おれの耳が聞き違いをしていなければ大道芸でお金を稼いだと言いましたよね? 凄いことしてますよ、おれ絶対できないタイプのことしてますよ!?」
興奮したようにルチアを称えるルークの勢いに、あうあうと言葉にならない言葉を漏らす。
いったい何をしたんですか? という問いにも答えられなかったが、隣のユキが魔法使ったんだよと呑気に答える。
精霊に詳しいんでしたっけ魔法も使えるなんてすごいですね。
なんて、純粋な目で褒めてくるからルチアは照れて顔を背けた。
「魔法は……守る魔法しか使えなくて、大道芸をした時は精霊さんに手伝ってもらったので……」
「いいですね。守る魔法。おれ魔法って言ったら火の玉とか攻撃するやつを思い浮かべてたけど、そういうの、良いですね。おれもそういう魔法使えるようになりたいな。」
と言ったルークに自分の知っている知識を教えたくなる気持ちを自制して、ルチアはブンブン首を縦に振った。
いきなり早口で話し出して引かれたくない。
魔法は人同士の争いや竜などの外敵に対抗する手段として、国や世界問わず広がった。
魔法を使わない人間の印象に残っているのも攻撃魔法が多い。目に見えて分かりやすい形で発動されるものが多いのもそうだし、生活に根ざした魔法は魔法と認識させにくいほど高度なものであるのも理由の一つだ。
魔法を扱える素質があれば、攻撃魔法に限らず使える魔法はたくさんあるだろう。
それに、この国で主流な精霊魔法は精霊と意思疎通さえできれば幅広い個性的な魔法を発動できるのだ。
目の前で焼き鳥を頬張る彼がどんな魔法を使えるようになるか、楽しみだ。
「ユキさんにはさっき氷を作っていただきました。何もないところからたくさんの氷が作られるって良いですよね」
「る、ルークさんの魔力が氷属性だったら、簡単にできるようになるかも……ですね」
「おれは確か……雷ですね。周りからは“雷の矢”?っていうのを覚えたらいいとか言われて」
「雷は、あの、言われた通り攻撃特化な面が強い属性、です……で、でも攻撃魔法にも幅がありますし、活用もしやすい属性なので……良い、属性だと思いますっ! 結局は術者のやり方次第、らしいですし」
ルークに雷属性のことを嫌なものだと思ってほしくなくて、言葉に熱が入ってしまった。
不快に思われたらどうしよう、と顔を窺ったら彼は真面目くさってなるほどと頷いていた。
この人、頑固そうだけどすごく素直だな、とルチアは思った。
オドオドしてしまう自分の話でさえも、ちゃんと聞いてくれるから話しやすいのだ。
ちょっとした魔法談義をしながら、昼が過ぎていく。
結局、バーガーで有り得ないほどお腹いっぱいになったのでルークたちからのおこぼれを貰うことはできなかった。
だが、穏やかなお昼ごはんだった。
*
きっちり1時間滞在していたルークとユキが出ていくと入れ違いにアリサが戻った。
戻るとすぐルチアの魔力量を確認して、再び特訓を言い渡した。
午後もキレキレのアリサの魔法を受けながら、ルチアらしい“守る魔法”を磨いていく。
休憩を挟みながら、クタクタになる寸前までやってアリサと夕飯を買いに出た。
賑やかな街を歩きながら、露店の飯を見る。
昼にルークが食べていた焼き鳥を思い出して、アリサに買ってもらった。
タレも肉もとても美味しかった。
人と一緒のものが食べられるくらい、胃袋を大きくしたいと思った。




