短編6:監査 - The Audit
私は地下のバーへと急いで階段を降りた。謝罪の言葉はもう喉元まで来ていた。道すがら何度も練習したのだ。重厚なベルベットのカーテンを押しのけると、すぐに百香里の姿が見えた。いつもの隅のボックス席。淡い琥珀色の灯りの下で、彼女はひどく小さく見えた。
「映奈! 来てくれたんや、ありがとうなぁ 」
私は革張りのボックス席に滑り込み、重いため息とともにバッグを置いた。
「ごめん、遅くなって。ひどい渋滞で」
彼女の顔は青ざめていて、弱々しく、疲れ切った微笑みを見せた。「気にしんといて。かまへんよ 」
「飲みたい」私は息を整える間もなくバーテンダーを呼び止めて呟いた。
「ネグローニを。アンゴスチュラを一滴、ロックで」
バーテンダーが去ると、通勤の慌ただしさは霧散し、代わりに重い沈黙がテーブルに降りた。私は身を乗り出し、彼女の目をじっと見つめた。
「本当に私でいいのかな、こんな話をする相手として」
「うん、大丈夫や。映奈の意見聞きたいんや。甘ったるい慰めは、もうお腹いっぱいやし 」
「で… 彼とどうなったの?」
「別れたんよ 」と彼女は言った。
百香里は私を見なかった。テーブルのダークウッドを見つめ、指でグラスの縁をなぞっていた。
「六年間も?」と私は訊いた。
「うん、あの人には結婚する気がぜんぜんないわ」
私は眉をひそめ、じっと彼女を観察した。「ふうん。付き合う前にそういう話はしなかったの?」
「ううん…」百香里はからりとした、笑えない笑いを漏らした。「先のことまで考えてへんかったみたい 」
私は背を任せ、彼女を値踏みするように見た。「そうなんだ。でも、どこで『もう彼と一緒にいてもダメだ』って結論に至ったの? 計画は今からでも遅くないし、やり直せるでしょ? 浮気されたとかでもないんでしょ」
百香里は躊躇い、肩をこわばらせた。「そんなことだけやあらへんのよ 。彼…彼は何かを感じ取ってはるんや。まるで私がまだ前の何かを引きずってるみたいに。彼のことをな」
バーテンダーが私のネグローニを置いた。濃い赤色の液体がバーの暖かい空気の中で汗をかき、オレンジの香りがほのかに漂う。
「どんな深い愛にも幽霊はつきものよ」私は声を潜めて言った。「あなたもわかってるでしょ。最初の相手? その人は今もあなたの頭の中に住んでいる。賢い男はその影を感じ取るものよ。だから教えて。どうしてたった一人の古い役者のために、丸ごと劇場を建てるような真似をするの?」
百香里はびくりとして、顔を上げた。
「どこかで聞いた話があるの。『美しい幻影』を選ぶんだって。仮面をかぶって、誰の気持ちも傷つけないようにするっていう詩的な理論がね」私は肩をすくめ、まだ手をつけていないグラスを指さした。
「でも正直言って? それはただの悪い数学よ。嘘をついて、取り繕って、もう舞台にすらいない相手のことで彼が取り乱さないように綱渡りを続けなきゃならないなんて、そんな関係はもう破産してるのと同じ。なぜ六年もかけて感情的な負債を積み上げたの?」
百香里の目が見開かれた。「じゃあ、隠すべきやなかったんかな?」
「あなたはカードを隠した。その結果はどうだった? 彼がちょっとした過去を受け入れられないなら、六年目に知るよりも一日目に知ったほうがいい。減価償却は待てば待つほど早く進むのよ」
百香里は息を吐いた。震える、不揃いな息だった。顔を上げると、その瞳は濡れていた。
「言うのは簡単だけどね…」彼女は自分のドリンクを一口飲んだ。
私は自分のネグローニを見下ろした。濃い赤色の液体がグラスの中で重く澱み、氷がゆっくりと溶けている。その闇色の液体の反射の中に、自分の顔が見えた。腕をテーブルに置いて。
「数学が機能するのは、ダメージが蓄積される前に適用し始めたときだけよ」
百香里はまばたきしながら涙をこらえ、私の口調の急な変化に驚いてこちらを見た。
「あなたは六年間、楽だからって漂流していた」私は彼女の目をまっすぐに見つめながら続けた。「難しい質問をするときの摩擦を避けたかったから、彼にペースを任せていた。これからは、行動する前に深く考えること。実際に、誰かと付き合う前にちゃんと考えるの」
私は間を置き、バーの沈黙を二人の間に落ち着かせた。
「そして何より」私は彼女の目をしっかりと見据えて言った。「『ノー』は完全な一文だ。飾り立てる必要はない。設計図が間違っているのに、基礎を置く前から『後で変わるかもしれない』と思って家を建て始めるようなことはしないこと」
百香里は長い静かな瞬間、私を見つめていた。まるで見知らぬ人を見ているかのように。あるいはおそらく、初めて、自分に甘くない誰かを見ているかのように。ゆっくりと、何年も胸の奥に閉じ込められていたかのような息を吐き出した。彼女はうなずき、もう一口飲んだ。
私は手を伸ばしてグラスを手に取った。結露が手のひらに冷たく張り付く。
「もう美しい幻影は終わり」私は呟き、暗赤色のドリンクを唇に運んだ。「ただの明確な境界線を」
百香里の目は濡れたまま、彼女は私に寄り添った。
「なぁ、映奈の飲みもの、一口飲ませてくれへん? 」
「どうぞ」
彼女の手が私のグラスに伸びた。彼女は小さく、ためらいがちな一口を飲んだ。冷たい水滴が一つ、私の手のひらに落ちた。それがグラスの結露なのか、それとも彼女の涙なのか、私にはわからなかった。
「苦いわぁ」彼女は少し緊張しながら囁いた。
「少なくとも、美味しいふりはしなかったね」
ゆっくりと、彼女は頭を私の肩に預け、腕を私の腕に絡めてきた。




