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ペトリコール

作者: 色宮ゆう
掲載日:2025/07/02

大人になりきれない青年。

大人になりたい少女。

そんな二人が出会った。

雨の中の一幕。

 ジメジメと蒸し暑く湿った空気に晒される中、ざーざーと雨が降りだした。

 私は、急いで雨を凌げる場所を探した。

 走り出して2分ほどで公園を見つけた。幸いなことに屋根で覆われたスペースがある。

 私はそこへと駆けつけた。


「ふぅ……。シャツとズボン、それに靴の中もビシャビシャだっ……」


「ふふっ……」

 笑い声が聞こえた。


 私はそこに人がいることに気づいていなかった。

 声がした方に顔を向けると少女がベンチに座っていた。

 制服を着ているので、おそらく中学生か高校生だろう。

 うっすらと白いシャツが透けていた。

 思わず顔を背けてしまった。


「雨、凄い降ってますね」

 少女が私に話しかけてきた。


 まさか、話しかけられると思っていなかったので、すぐには反応することができなかった。


「おじさん、シャツ、ビシャビシャですねっ。

ワタシもだけどっ」

 先ほど私が言った独り言を真似て少女が言った。


「ハハッ。急に降られてね。困ったもんだ」

 なんて他愛もない返事をした。


「こんな時期なのに折りたたみ傘とか持っていないんですか?」

 おそらく少女は、今は梅雨なのだから折りたたみ傘くらい常備しているものだと認識しているのだろう。


「うっかり無くしてしまってね。買おう思ってたんだが、それも忘れてしまっていたよ」

 私は自分の物忘れがよくあることについて少女に話した。


「おじさん、面白いですね」

 少女が笑顔を向けた。

 その顔を見て、私は自分の中の欲望がふすふすと沸いてくるのを感じた。

 少女をよく見ると、容姿は整っており、雨に濡れた黒髪が艶めいて見えた。毛先からはポタポタと雫が垂れていた。


 私はこの衝動を鎮めるために左右に頭を振った。

 私の行動に少女がハッと驚いていた。


「いや、すまないね」


「ふふっ。ほんとに面白い人ですね」

 また少女が笑った。さっきよりも明るく。


 私は怪しまれないように何気ない会話を試みることにした。

「君もここで雨宿りかい?折りたたみ傘は持っていないのかい?」

 少女が先程私に聞いてきたことを同じように聞いてみた。


「そうですね……。家に忘れちゃいました……折りたたみ傘」

 少女はまた微笑みを向けていた。


「そういえば今日は学校は休みなのかい?」

 私はずっと気になっていたことを問うた。

今は午前10時。今日は水曜日だ。

制服を着ているのだから学校が休みだとは思えない。


「今日は学校にはあんまり行きたくなかったので……」

 今まで笑顔だった少女が顔を曇らせた。

 あまり聞かれたくないことだったのだろう。

 私は急いで話題を変えることにした。


「こんな天気だと気分もどんよりするよね。実は、私も今はサボり中なんだ」

 私は今の自分も少女と同じ境遇だということを話した。


「何ですかそれっ……」

 少女はまた先ほどまでと同じように微笑んだ。


「あの……。ワタシ、学校が嫌いなんです。昔から人付き合いとか苦手で人と上手く馴染めなくて、それでも高校生になったから自分を変えようと思って頑張ってみたんですけど、それでもやっぱりダメでした……」

 少女が自身のことを語り出した。話しから察するに16歳くらいなのだろう。

 この年齢特有の周囲との関係がうまくいかない悩みはよくあることだ。

 私は当たり障りのない返事をした。


「人と上手に馴染むのなんて、誰もができる事ではないよ。私も人付き合いはそんなに得意ではないんだ。ちなみに私は独りが好きなんだ」

 なんて冗談めいて答えた。


「大人でも人付き合いが苦手な人がいるんですね……。なんか意外でした。大人ってなんでも出来ると思っていましたから」

 少女は少し驚いてた。

 “大人ってなんでも出来る”その言葉に私はつい反応してしまった。


「別に大人なんて凄くも何とでもないよ。高校生も大人も精神的には大差なんてないんだ。違いなんて年齢を重ねた分の経験の差でしかないんだ」

 思わず少女に常々内に秘めていた本音を漏らしてしまった。


 少女を見ると、目を開いて呆気に取られていた。


「フフッ!……フハハッ!!」

 少女が声をあげて笑った。


「ごめんなさい。思わず笑っちゃった。なんか、おじさんの話しを聞いていると安心しちゃった。……ねぇ、私の話しを聞いてもらっていいですか?」

 少女が話を聞いてほしいと笑顔で言った。


「あぁ。構わないよ」

 私は戸惑いつつも了承した。


 私は少女の隣のベンチに座った。


 少女が話し始めた。

「ワタシ、その……今は学校に行くのが楽しくないんです。はじめはワタシも皆んなに合わせようと努力したんですよ。何のドラマや音楽が流行っているのか調べて、実際に同じものを見て、聴いて共有することが出来ていたんです。一緒に過ごすのも楽しいって思えていたんです」


 少女が一呼吸おいて、続きを話す。


「でも気がづけば、あの子が可愛い、あの子がかっこいい、あの子は変わってる、あの子はあの人とは釣り合わない、そんな会話ばかりになっていました。皆んな変わっていったんです。

恋愛に……異性に興味を持つようになって、自分の見た目を気にし出して、いつも誰かと比べて、喜んだり、悲しんだり、見た目で人の判断をするようになったんです。その人のことを何も知りもしないのにすきかってに言って。

でもワタシもその子たちに合わせようと必死になって、一緒にそんな会話をしていました。

一週間前くらいかな……。ワタシと一緒のグループの子が物凄い剣幕にクラスメイトの女子に暴言を吐いていたんです。

なんであんたなんかが、対して可愛くないのに、ふざけるな。

そんな言葉を言っていました。

多分、恋愛関係のことだと思います。

その場面を見た時にワタシが過ごしていた今までの全部が間違っていたって気づいたんです。

ワタシはこの子たちと馴染むために自分自身を取り繕っていたって気づいたんです。自分の本音も何も言えない、ただ一緒に過ごすためだけに同調していた、ワタシは最低な人間だって思ったんです。

だから、その子に自分が思っていたことを話したんです。あんな暴言は言わない方がいいよって。

そしたら、急に空気が変わって。何良い人ぶってるのって言われて、その日から無視されるようになったんです。他の子にも。それから学校では1人になることが増えたんです。それでもう行くのが嫌になっちゃったんです……」 

 言い終えた後、少女は俯いていた。


 私は、少女の話を聞いて真摯に答えようと決めた。


「君は心が優しいんだね。とても優しい。私が思うに最低な人間ではないよ。でもね、世界には優しい人ばかりでは無いんだ。無闇に人を傷つけてしまう人もいる。特に君みたいな年齢だと家や学校だけが自分の世界なんだと思ってしまうんだ。家族やクラスメイトや先生だけしか住人のいない世界。その狭い世界の中で居場所を失うと、もう何処にも居場所がないと感じてしまう。きっと、今、君はそんな事ばかりを考えているんじゃないのかな?」

 私は少女に尋ねた。


「確かに……居場所がないって思うことが多いですね。もしかして、おじさんってエスパーなんですか?ワタシの心を読んでるみたい……」

 少女が不思議そうな顔を浮かべていた。


「いやエスパーじゃないよ。さっき言っただろう。高校生と大人の差は経験の差でしかないと。ただ君より年を重ねた分の経験が多いだけなんだよ。だから凄くも何ともないんだ。それで君は今日はどうしてここに?」

 私は苦笑しながら答えた。


「今日は……学校に行きたくないって気持ちが膨らんじゃって。どうしたらいいのかなって、わからなくなって、この公園に来たんです。なんとなくブランコに乗っていたら途中で雨が降ってきて、濡れちゃいました。それで急いでここに避難しました。そしたらおじさんに出会いました」

 少女は顔を恥ずかしそうにしていたが笑顔で答えた。


 少女が濡れている理由がわかった。

 ブランコに乗っている姿を想像して思わず笑ってしまう。

 それから私は真面目な顔つきになった。

「そうだな。どうしたらいいか……。さっき世界の話をしたよね。実は世界は広いんだよ。簡単に言えば家庭や学校意外にも世界があるってことさ」

 私は恥ずかしげもなく堂々と言った。


「世界は広いか……。そうだっ!!それじゃあ、おじさん、ワタシを世界の外に連れ出してくれない?おじさんの世界の住人にしてくれない?そうしたら大人になれるのかな?」

 今まで敬語だった少女が小さな子どものように無邪気に言った。


「えっ!?君を私の世界に……。そうだね……それは難しいな……。なら私が君の世界に行くのはどうだろう?」

 私は考えあぐねた末にそう答えた。


「ふふっ。やっぱりおじさんって面白い人ですね……」

 少女が蠱惑的な微笑を浮かべた。

 私はその綺麗な顔に魅了され惹きつけらていた。

 少女を見つめていた。

 少女も私を見つめていた。


「ねぇ、おじさん……。

ワタシを大人にしてくれませんか……?」

 少女が上目遣いに私を見る。


 思わぬ発言に、私は狼狽した。

「何を言っているんだっ……。

私はそういうことは……それに君はまだ子どもだよ。未成年じゃないかっ!!」

 私は、つい勢いよく声をだしてしまった。


「そういうことって?おじさんも理解しているんじゃないですか?

 そのままの意味だってことを」

 少女は変わらぬ表情で答えた。


 これは私を試しているのだろうか。

 私は答えを出せずにいた。


 気づくと少女が私の目の前に立っていた。

 屈んで私に口付けをした。

 それは一瞬だった。


「ようこそ。

ワタシの世界へ」

 少女が私の耳元で囁いた。


 すぐに少女は離れていった。


 私はようやく口を開いた。

「大人を揶揄うのは、勘弁してほしいな……」

苦し紛れにそう答えた。


「ふふっ。おじさん、変な顔ですよ。なんだか不思議な気持ち……。これでワタシも大人になれたのかな……」

 少女がポツリと呟いた。

 少女の顔を見ると、妖艶に微笑んでいた。


「おじさん、今日は話を聞いてくれて、ありがとうございました。これでワタシたちは同じ世界の住人ですね。それでは、さようなら」

 そう言って少女は駆け抜けて去っていった。


 私もここを立ち去ろうと踏み出した。

 もう雨は止んでいた。

 空を見上げると晴れ間が見えている。

 ペトリコールの匂いが私の鼻をかすんだ。

 私は今日のこの出来事を忘れることはないだろう。

まだ僕自身が大人になれていない。毎日そんなことを思っています。

少女が思い描いてる大人と現実の自分が感じている違和感を表現してみたいと思い書きました。

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