7.邂逅
努力は辛いものである。
だからもてはやされる。
なら、辛さに一切の悪感情を持たない人間が努力をすれば、どうなるのか。
無論、足が速くなる。
僕は数ある選択項の中から、ランニングという努力を採択した。
今朝だって五時に起き、朝日を背に十キロのメニューをこなした。今ではクラスで一番のランナーだ。
理由はただひとつ、友に置いてけぼりにされないため。
ランちゃんは走るのがめっぽう早い。
もはや君はなにを持ち合わせていない?
簡単だった。常識だわ。
「ふぅ、まいたな」
「今の良いね、ルパンみたい」
警察官の追走を逃れた僕たちは、田んぼのあぜ道を闊歩していた。昼の直射日はあつく、じんわりと汗をかいたが、それにまさる高揚が気化させるので心地良い。
水路のせせらぎと、カエルがゲコゲコ鳴くもんで。心拍は落ち着き、ささやかな安堵が停滞するなか──。
ドクン。
転調は唐突だった。
いやはやもはや、交通事故と呼んでもなんら遜色ない衝撃だった。
あぁ運命よ、あなたはつくづく僕を楽しませるのだ。
「テテだ」
細い一本道、見落とすはずがない。
彼女は虚空から突如にして現れた。
思惑に塗りたくられた笑みの悍ましい。
大きな翼は光沢を放ち、頭上、五つの光輪がさわがしく輝いていた。
何度でも見惚れてしまう。
息の吸い方を忘れるくらい、彼女は特別の具現であった。
「へぇ、そこにおるんや。アタシには見えとらんよ」
「まじ?」
「だってさぁ、仕方がないじゃん」
瞬間、テテは僕たちの背後を取っていた。
まばたきすら許さなかった。ザッと血の気が引く。
眼前から姿が消えたかと思えば、今はもうそこにいる。
──テテが触れられる距離にいる。
僕はすかさずランちゃんの前に立ちふさがる。
テテ、この子にだけは触れてくれるなよ。
ランちゃんは僕の理由なんだぜ。
「お、妬けるねぇ」
「みだれ、ちびっとかっこよかったで」
だがしかし、ランちゃんは僕を突き飛ばした。田んぼまでふっ飛ぶものだから、抗いようもなかった。
ドボン。おかげさまでびしょ濡れです。なんて奴だ!
「天使さまぁ、お迎えですかぁ? ウチのパトラッシュは元気ピンピンだぜ? やるならこんかい」
「仕方がないよね。天使はね、幸せにしてあげられる人にしか、その姿を見せることができないの。まったくすごい子だ。この子に勝る自分の姿を、私は一切イメージできていない。指一本触れられる気がしないな」
見えていないはずなのに、テテがそこにいるとランちゃんは知覚していた。
犬並みに五感が鋭いのだ。
「自己紹介くらいしたかったけれど、まぁいいや。私の目的は君じゃないので」
「知らんわ。アタシん中の天使と悪魔が言っています。こいつを『ぶっ飛ばせ』ってな」
「もう少し議論してみてはくれないか? はぁ、手に負えない……。おいみだれ君、この子どうにかしておくれよー」
姿は見えていなくても、テテの声はランちゃんに届いているようだ。
這い上がる。靴の中の泥を落とす。
ありがとうランちゃん。すこしさっぱりした。
近づき、耳打ちをする。
「運転手はランちゃんに任せるとするよ。君の助手をしたげるから、今は矛を納めてほしいな」
「うぅ。お前、アタシの扱い上手くなってね?」
テテは僕に用事があるみたい。だから今は帰っておくれ。
君がいるとお話にならないんだ。物語にならないんだよ。
だって君なら、神様ですらはり倒せてしまえるから。
「んじゃ、先みだれん家帰っとく。今の言葉、忘れんなよ」
「はいな」
赤は帰路につく。正午だというのに、彼女の背中に悠々燃ゆる夕日を見た。
なんでも燃やしてしまう、灼熱の業火だ。




