ヴィンス視点
僕はヴィンセント・バナウ 15歳。
僕が生まれる少し前に、父上が小麦の品種改良と新種開発で、飛躍的に小麦の生産量が上がったことによって男爵に叙爵されたんだ。
それまでは平民だった。
男爵と言っても領地があるわけでは無いけれど、小麦に関するロイヤリティによって暮らしぶりは随分と潤ってる。
僕自身も果物のマ二のロイヤリティで資産がある。
父上と母上はとても仲が良い。
母上も元は平民だ。
父上は小麦の研究に没頭して、それ以外の事は殆ど母上に任せてたんだ。
男爵となったばかりの上に、僕も生まれたばかり、貴族の作法も身につけないとならず、母上は倒れてしまったんだ。
それ以来、父上は何があっても母上を優先してる。
「ヴィンス 愛する人は何があっても絶対に守るんだ」
これが父上の口癖となってる
そんな僕がアリスを初めて見たの王立の貴族学院の入学式だ。
貴族学院と言っても裕福な商人や優秀な平民は入学できる。
僕の父上と母上もこの学院の卒業生で、元はクラスメイトだった。
アリスを見たときは驚いた。
『こんなきれいな子がいるんだ』
多分それは、後から考えると僕の初恋だったと思う。
それ以来、クラスは違うのに目で追うようになった。
アリスはいつも一人で、あまり楽しそうじゃなかった。
貴族令息に付きまとわれたり、令嬢に嫌味を言われたり、そんな感じだった。
アリスは令息を惑わす悪女と言われてた。
絶対に違うと思った。
入学式が済んで、暫くした時に、アリスが伯爵令息のロイに付きまとわれて困ってるのを目撃したんだ。
ロイは見目が良いから令嬢にモテモテだけど、いつも違う令嬢と歩いていた。
婚約者もいるのに。
これはクラスメイトが話してた。
そんな、ロイがアリスの腕を掴んで立ちはだかってたんだ。
僕はとっさに眼鏡を落としたふりをして横から全力でロイにぶつかったんだ。
もちろん、ロイはよけて僕は無様に転んだだけだけど。
ロイは僕を罵倒して殴ったんだ。
「婚約者のシモンズ伯爵令嬢がロイ殿を探してましたよ」
と、ロイにだけ聞こえるように言ったら、慌てて来た道を戻っていった。
僕はカッコ悪くて立ち上がれ無かった。
「大丈夫ですか? 助けてくださってありがとうございます ご迷惑をお掛けして申し訳ありません」
アリスが声を掛けてくれたんだ
恥ずかしかったけど、初めてアリスの声を聴いて、ドキドキした。
本当に可愛い優しい声だった。
うれしい!
しかも、しっかりアリスの名前を聞いて自分の名前も名乗ったんだ。
本当はアリスは有名人だったから名前は知ってたけど、自分の名前を知って欲しくて。
「ア アリス・バーナンドです」
もう天使かと思った。
それから、アリスとは接点は無かったけど、いつも気にして見てた。
時々目が合ったかな?って思う時もあったけど、さすがにそこ迄、うぬぼれる事は無かった。
何しろ、僕は背も高くないし、顔も普通で貴族ではあるけれど、スマートでは全く無いし、おまけに眼鏡をかけてる。
16歳になって2学年になった時に、アリスが同じクラスになった時は驚いた。
しかも、隣の席。
舞い上がった。
最初は挨拶だけだったけど、少しずつ話せるようになった。
アリスは相変わらず誤解されてたけど、アリスは言い返さなかった。
言われ慣れしたのかな? 可哀想だ。
アリスはいつもお昼休みに図書室にいるんだ。
勉強が好きなのかな? それとも本が好きなのかな?
アリスが図書室へ入るのを勝手に見送ってから、僕はルイス教授の研究室へ走って行ってたんだ。
2年の前期試験が始まる1週間前に、僕も図書室で勉強することにしたんだ。
「アリスもここで勉強してるんだ 明日も来るの?」
僕はもちろん、アリスが図書室にいることは知ってた。
それでも、何か話すきっかけが欲しかったんだ。
アリスが僕をクラスメイトの一人としてしか見てないのは分かってたし、それで良かった。
ただ話したかったんだ。
だから、明日から一緒に勉強できることになった時は信じられなかった。
僕の家は男爵家と言えども、殆ど歴史が無いし、母上が倒れてからは、社交にも殆ど参加してないから、歴史ある貴族家からすると、ナバウ家はマナーがなってないと思われてるかもしれない。
だから、アリスの事はクラスメイトとして最初からアリスって言ってた。
本当はアリスに許可を取らないといけないらしいことは後で知ったけど、途中から変えられなかった。
「僕はアリスって呼んでるんだから、アリスもヴィンスって呼んでよ」
って言ったら
「ヴィンス様 そうお呼びしたら周りの方がナバウ様の事を悪くおっしゃるかも 私はいろいろと言われてるから」
って言われて驚くと共に悲しくなった。
アリスは誤解されてるだけなのに。
アリスは本当に可愛くて優しくて思いやりがあるって言いたかったけど、恥ずかしくて言えなかった。
それでも、その後の一週間は一緒に勉強出来て楽しかったし、ずっとこの時間が続くと良いなっておもってた。
もちろん、そんなことは無いんだけどね。
試験が終わると3か月の長期休暇になる。
折角、仲良くなったのに寂しいなって思ってたら、休暇が始まって1週間後にアリスから手紙と、僕のイニシャルとマ二の刺繍が入ったハンカチを試験勉強のお礼と言って贈られてきた。
ベッドの上で跳ね上がって喜んだ。
僕は直ぐに返事を書いた。
しっかり『新学期を楽しみにしてる』と一言入れた。
その日、王城に呼び出されてた父上が邸に帰ってきた後、執務室に呼び出された。
父上は明日から小麦やその他の穀物の視察で隣国を視察することになっていて、その挨拶の為に登城してたんだ。
今回の視察は王家からの依頼で断れないらしい。
父上は母上と長く離れるのが嫌なんだなと思った。
「ヴィンス 明日からの視察に私と同行することになった 一人欠員が出てしまったんだ
慌ただしいが、早速荷造りをしてくれ
必要最小限の荷物で後は途中で購入すれば良いから すまないね」
そう父上から言われて驚いたけど、こんな機会は滅多にないと思って支度した。
母上は心配してたけど、父上と一緒だから少し安心してるみたいだ。
父上は母上のことを心配して僕の前なのにずっと母上の手を握ってた。
本当に仲が良いんだけど、ちょっと恥ずかしい。
それからは馬車と船で移動してマリベル王国へ移動した。
マリベル王国に着いてすぐに、アリスに視察へ来たことを書いて手紙を送った。
マリベル王国では固有の果物の他、植物について学んできた。
とても有意義だった。
途中で何度もアリスに手紙を書いた。
実は父上が母上に毎日の様に手紙を書いてたので、1週間に1度位なら、友達としても普通だと誤解したんだ。
随分後になって、それは違うらしいと気づいたけれど、、、
もしかしたら、返事が来るかなって淡い期待もしたけど、旅先だから届くことは無いだろうと思って、諦めた。
視察の最終日はお休みがあったから、父上と街にでてアリスへお土産を買った。
父上は母上に何個も何個もお土産を買ったけど、買い足りないとぼやいてた。
僕はアリスにリボンを買ったんだけど、父上にそれを見られて
「愛する人は何があっても守るんだよ」
といつもの言葉を言ってニコニコしてた。
「がんばれよ」
とも言ってた。
帰路は予定より長引いて新学期に間に合わなかった。
帰宅したらアリスから3通手紙が来てた。
嬉しかった!
アリスも書いてくれたんだって、知って嬉しかったけど
最初の手紙は内容から僕が視察に行ったのを知らなかったのかと思って楽しく読めたけど、その1か月後の手紙は少しだけ堅苦しかったし、最後の手紙は格式張っていて、僕から何通も手紙を送ったのを煩わしく思ってるんだろうなと気落ちした。
後期が始まって初めて学院へ行った。
アリスは少しよそよそしくて『あーやっぱり 手紙迷惑だったんだ』って思った。
お土産を渡したかったけど嫌がられたらと思うと中々声を掛けづらかった。
それでも、ハンカチのお礼も言いたいし、クラスメイトの一人としてなら、席が隣なんだからと、いろいろ言い訳を考えて、お昼休みにアリスが図書室へ向かう途中で話しかけた。
「アリス 手紙ありがとう」
「何度も送って申し訳ありませんでした」
「僕こそ、何度も何度も送って迷惑だったよね?」
「えっ ヴィンスからは1度しかお返事なかった」
「えー そんな事無いよ 10通は送ったよ」
「本当に? 私お返事が無かったから、あの、嫌われてるのかと思って」
もうこれ聞き間違いじゃないよね
『嫌われてるかと思って』って
いや聞き間違いだと思う
いや、クラスメイトの一人としてだ! 勘違いしちゃだめだ!!
お土産のリボンも渡せた。
翌日、アリスが着けてくれたのを見て、完全に舞い上がった。
『アリス 一生守りたい!』
それからは、アリスが図書室へ向かう途中まで一緒に行ったり、帰りも時間を合わせて教室へ戻った。
楽しい学院生活を過ごして、あっと言う間に最終学年の後期になった。
僕はアカデミアに進んでルイス教授の研究室で学ぶつもりだった。
そんな時に、父上から1年間サザーランド王国へ留学しないかと言われた。
サザーランドは北の寒い国で、昨年行った南の暖かいマリベル王国とは、この国を挟んで反対側にある。
王国間で若い研究者を交換留学させる制度が来年から始まり、それに僕が選ばれたと言われた。
僕は光栄な事だし、新しい知識を吸収して将来に役立てたいので直ぐに承諾した。
承諾したけれど、、、
貴族の令嬢は卒業後は直ぐ婚姻する事が多いらしい。
アリスには婚約者まだいないようだけど、僕の留学中の1年のうちにどうなるか分からないと心配になった。
アリスと僕では不釣り合いだと分かってるけど、僕と話してる時のアリスの笑顔を見てると、勘違いしそうになる。
僕はアリスを諦めきれずに父上にバーナンド男爵家のアリス嬢に結婚を申し込みたいと伝えた。
「ヴィンスも一生守りたい人が出来たんだね リボンを送った女性? 上手く行くと言いね」
「応援してるわ」
と、父上と母上から応援された。
バーナンド男爵家に釣書を届けてもらった。
半月ほどして、バーナンド男爵家から返事があって、アリスが求婚を受け入れたら婚約を承諾する旨の返事があった。
僕は意を決してアリスを植物園に誘った。
植物園に誘った日に、バーナンド男爵と夫人に挨拶をした。
緊張して何を話したのか覚えていない。
アリスの母上は笑顔で対応してくれた。
父上は殆ど無言で頷いていただけだった。
マナーがなってないと思われない様に、印象が悪くならない様にしか思い浮かばなかった。
アリスが出てきた時にはあまりの可愛らしさに、言葉がでなかったのをバーナンド男爵にしっかりみられてしまった。
植物園ではこれから、求婚することを意識して、殆ど一人で話してしまった。
心臓が爆発しそうだった。
アリスから
「お話って何?」
って聞かれたときは、色々考えていた求婚の言葉も頭から飛んでいて、いきなり、
「あの、あの ア、アリス僕とけっ結婚してください!」
と口走ってた。
その前に何故かアリスが悲しそうな顔をしてたから、断られると思ったけど、勢いに任せて言ってしまった。
そしたら、そしたら、アリスからアリスからアリスから承諾された!!
意識が飛ぶかもと思った。
帰りの馬車の中でアリスは殆ど話さずに俯いたり、ほほ笑んでいた。
僕も胸が一杯で話せなかった。
アリスの侍女のエマは僕たちをニコニコしながら時々見つめていた。
アリスをバーナンド男爵家へ送り届けると、夫人が朝と同じく僕を微笑ましく迎えてくれて、男爵は少し怒っているような悲しそうな、それでいて嬉しそうな顔で僕を見てた。
僕たちは晴れて婚約者となった。
留学先では勉強する事が山ほどあったけれど、手紙は欠かさず書いた。
父上が毎日母上に書いた気持ちが分かった。
アカデミアで学んでいる間に、寒い地方に適した果物の新品種と肥料の特許を取得をして、新たなロイヤリティも獲得した。
アカデミアの卒業を待ってアリスと結婚した。
何があってもアリスを一生守ろうと夫として毎日決意している。