第99話 時々忘れそうになるドラゴンウルフの圧倒的威厳
準々決勝の控え室。
どこか緊張感のない山口剣騎は、机の上に置いてあるお菓子をもしゃもしゃと貪っていた。
「相変わらず、緊張感のない奴だ」
「おいおい、無料でお菓子が置いてある。だったら美味しくいただくしかないじゃないか」
山口に声をかけたのは一ノ瀬だった。
細い糸目をさらに細く尖らせ、呆れたような視線を向けている。
山口の余裕に、ほんの少し嫉妬しているようでもあった。
「一ノ瀬君も食べる? お勧めはこのバウムクーヘンとみたらし団子かな。結構いいところから仕入れてるとか、仕入れてないとか」
「甘いものは嫌いだ」
「そうだったっけ? 何年前だったかな……北海道でソフトクリーム食べてたような記憶があるんだけど」
「……気のせいだ」
「いや、間違いないね。3日連続でソフトクリームを食べてたじゃないか。その後で夕張メロンも食べてたような……」
「……付き合いに合わせただけだ」
「一ノ瀬君に限ってそれはないね。実は甘党とか、そういうギャップを狙ってるのかな?」
表情を緩めながら、ここは認めていいんだよ、と優しく促す山口。
一ノ瀬にとって、それは余計なお世話でしかない。
しかし、しばらく沈黙が続くと、一ノ瀬は観念したように溜め息をつき、渋々頷いた。
「才斗と真一君にも言っておくことにしよう。もしかしたら親近感が湧いて、好きになってくれるかもしれないしね」
「調子に乗るな」
一ノ瀬の口調は冷たいものだったが、山口を相手にすることに疲れているようで、覇気はなかった。
その少しダルそうな様子のまま、山口の向かいの椅子に腰掛ける。
一ノ瀬が幹部の中で最も親交があるのは山口だった。
親交がある、というのは言いすぎかもしれない。少なくとも、1番楽に関われるのは山口で間違いなかった。
「鬼龍院が1回戦で黒瀬を潰したが、今大会での奴の調子はどうだ?」
一ノ瀬がいきなり本題に入る。
ただの雑談のために同僚に話しかけるほどフレンドリーな男ではないのだ。
「奴って、空心君のことかい?」
「もし鬼龍院が2回戦で西園寺に勝てば、俺と戦うことになる」
「なるほどね。自分が2回戦を突破することは確実なんだね」
「相手は雷電だ。俺の敵ではない」
「言うね」
山口が面白そうに笑う。
しかし、その自信を疑うことはなかった。
「空心君の調子かぁ……僕にはなんとも言えないかな。どれだけ調子が良くても、きっと……西園寺さんには勝てないだろうからね」
「……」
「西園寺さんが超能を使えば、対抗できるのは神宮司君しかいない」
「そうか」
「基本的には剣術で決着がつくだろうから、超能を使わせることができれば、空心君の実力は認められたってことじゃないかな」
「……俺は……西園寺が超能を使ってきたとしても、勝つ」
「凄いね。僕は戦う前から降参だよ」
山口はできれば西園寺とは戦いたくないと思っていた。
それは単純に西園寺の方が強く、自分では相手にならないと自覚しているから。
しかし、一ノ瀬は西園寺の圧倒的な実力を知っていながらも、彼に勝つことを1ミリも諦めてはいなかった。
***
西園寺の腕が落とされ、会場全体に緊張感が広がっていた。
グロテスクな光景に目を伏せる観客もいれば、悲鳴を上げる観客もいる。
しかし、誰もがその奇妙な雰囲気を感じ取っていた。
西園寺が放つ強烈な威圧感。
それは冒険者ではない者だったとしても、心臓に突き刺さるようなオーラを直接感じることができていた。
そして――。
「流血がない」
多くの観衆の中、ボソッと黒瀬が呟いた。
その隣にいる姉は、西園寺の勝利を1ミリも疑っていない様子である。
フィールドでは、鬼龍院がその異常さにようやく気付いた。
「てめぇ、何を隠してやがる?」
「隠す?」
西園寺の表情は変わらない。
だが、そこから焦りや動揺を確認することはできなかった。
時間の経過に合わせ、彼の鋭いオーラが膨張を続けている。
1歩。
西園寺が鬼龍院の方に足を踏み出した。
それは単なる1歩のはずだ。
しかし、鬼龍院にはそれがとてつもなく大きな前進に見えた。その迫力に圧され、知らぬ間に後退る。
「私の超能を知っている者は僅かだ。超能というのは本来切り札であり、普段の戦いでは剣術の腕を見せているだけに過ぎない」
「……」
また1歩。
西園寺が踏み出す。
自然と鬼龍院が後ろに下がる。
「ドラゴンとダンジョンには切っても切れない縁がある。私の力はダンジョンで解き放たれるべきものだが……このレベルの戦いになってくると超能の温存はできないようだ」
「――ッ」
西園寺の体を、強烈な光が包み込んだ。
会場全体に張り巡らされていたオーラが西園寺の体に集約され、高密度のエネルギーを蓄積する。
鬼龍院は異次元の力を前に動けなかった。
想像を絶するほどの恐怖が、鬼龍院の体を瞬時に駆け巡る。
「もう二度と才君をいじめるなぁぁぁあああ!」
この西園寺のセリフは誰にも聞こえなかった。
それもそのはず。
特大級の雷が落ちたような、耳をつんざくような轟音が会場中に……東京中に鳴り響いた。
エネルギーの波動が鬼龍院に向かって一気に放たれる。
「手加減はしてある」
西園寺は自分の勝利と鬼龍院の無事を確認すると、いつの間にか完治している右腕を高く振り上げ、観客の歓声を待った。




