第89話 弱肉強食の世界に抗おうとする鬼畜上司
フィールドに残っている冒険者は30名。
残念ながら、Aランクともなると完全に倒しきることは難しい。
戦闘不能状態になれば脱落の戦い。
もちろん死者を出すことは禁止だし、死者を出した場合、強制退場&冒険者法違反で逮捕である。
『昨日一ノ瀬君が才斗だけは潰すって言ってたよ』
少し前の剣騎の言葉がよみがえる。
「最悪だな、それは」
一ノ瀬との訓練を思い出して、顔が引きつる。
彼は容赦がない。
最も戦いたくない冒険者のうちの1人だが、戦わざるを得ない可能性が高い冒険者の1人でもある。
Sランク冒険者12人がそれぞれ動き出す。
ほとんどはAランク冒険者を狩りにいくようだ。
ほんの少し同情するが、これが現実だから仕方がない。
弱い者は淘汰される。これがこの冒険者社会の暗黙の了解だ。俺も今日までそれに従ってきた。
予想されていた通りの、弱者狩り。
この世界は弱肉強食。
30名の生き残り冒険者が、剣騎や西園寺、【バトルホークス】の実力者たちに狩られていく。
俺はその様子を静かに見守り、できるだけ戦いには参加しない戦法を取っていた。
当然、観客には気付かれる。
冒険者界では、俺はモブじゃない。
今では西園寺や楓香と同じくらいに目立つ存在だ。そんな黒瀬才斗に期待している観客も多い。
『サボるなー! ちゃんと働けー!』
『あんたの戦いを見に来てんだぞこっちは!』
そうやって叫ばれると、フィールドの冒険者たちの注意まで引いてしまうからやめてほしい。
溜め息をつく。
そしてふと楓香たちと反対側の観客席を見上げる。
「姉さん……」
そこには、いつも通りの無表情で俺を見つめる天音姉さんの姿が。
表情は完全にポーカーフェイスだが、心配してくれているのがわかる。
乏しい感情表現ではあるが、姉さんにも感情はあるのだ。
Aランク冒険者はまだたくさん残っている。
全力で存在感を消すことに集中するのではなく、参戦することに重きを置こう。これは単なるバトルではなく、エンターテインメントなのだから。
そう思い、剣を構えた時だった。
――来る!
咄嗟の防御。
瞬間的な筋反応により、なんとか一大事になることを防いだ。
「このまま逃げ切るつもりだったか」
「今ちょうど動こうと思ってました」
敵意むき出しの声で挑発してきたのは一ノ瀬だ。
剣騎の言っていたことから考えると、今から俺を潰しにきたということだな。
「黒瀬、Sランク冒険者であれば決勝トーナメントに残れると油断していただろう?」
「そんなことは――」
「俺は弱い奴を最初に潰そうなどといった無様なことは考えん」
「それなら、少なくとも俺は弱くないってことですね」
俺の生意気な受け答えに、一ノ瀬が糸目で睨んでくる。
180超えの身長。
自分より高い位置から繰り出される剣撃。
紺色の長髪は後ろで1つに結んであり、彼の動きに合わせて激しく揺れている。
一ノ瀬の剣術は攻撃重視のナゴルニー派だ。
前に前に繰り出される剣の突き。
足場を移動しながら、相手を後ろに追いやっていくスタイルが基本のフォームである。
俺はほどよく攻撃を流す技術で体にかかる負担を軽減すると、一ノ瀬を飛び越えるように大きく跳んだ。
後退している自分の状況を立て直すためだ。
ナゴルニー派を相手にすると、どうしても最初は勢いに圧倒されて後ろに下がりがち。
だからこそ、ナゴルニー派の冒険者と戦う時には態勢を立て直す技術が必要だ。
少し前の一ノ瀬との実戦形式の訓練が大いに役立った。
「そうはさせん」
一ノ瀬も跳躍する。
空中で1回転する俺に対し、直角に跳ぶことで攻撃を繰り出そうとしている。
だが、俺もそこでダメージを与えられるほど未熟じゃなかった。
回転の途中で体を開き、上から一ノ瀬の攻撃を防ぐ。
そのままカウンターを狙った。
とはいえ、ここで簡単にカウンターを受けるほど容易い相手じゃないのが一ノ瀬だ。
「貴様の攻撃など、容易に見抜ける」
「――ッ」
弾き返される剣。
その衝撃に耐えきれず、後方に飛ばされる。
だが、これは逆にチャンスだ。
距離を取ることができたし、また振り出しに戻すことができる。
「仕切り直しですね」
「そう思うか?」
一ノ瀬が弓矢の要領で剣を引くような動作をした。
――あの動き、どこかで見たような……。
「俺の超能を教えてやろう」
それからは一瞬だった。
「剣を矢のように飛ばし、狙った獲物を確実に仕留めることのできる、必殺技だ」
一ノ瀬がドヤ顔で必殺技について語っている。
そんな面白い状況なのにも関わらず、俺は命の危機を感じて最大限の警戒を彼に向けていた。
「また4年後に出直してこい」
剣を構える暇なく、一ノ瀬の剣が放たれた。




