第70話 サブヒロインがちゃんとヒロインしてるというアレ
西園寺は1時間くらいすると車内に戻ってきた。
少し雰囲気に違和感があるので、少し酒を飲んだりしたのかもしれない。
佐藤のこともこの1時間ずっと観察していたが、結局何も起こらなかった。
何かが起こるのであれば西園寺がいない時。
そう考えられたので、もう警戒する必要はないだろう。少なくとも、今夜は。
だが、安心した時ほど危険なことが起こる。
一息ついた矢先、キャンピングカーに濃い煙が立ち込めた。
***
煙のせいで周囲の様子が把握できない。
黒い煙は粘り気があり、動けば動くほど体にまとわりついてくる。
この煙の出所がどこなのか確認することは難しそうだ。
「何が起こってる?」
剣騎の声が聞こえた。
生きているようだ。
いつものような余裕はなく、咳き込みながらだったが、ひとまず安心だ。
「才斗くん?」
「才斗?」
楓香と姉さんの声も聞こえる。
2人ともこの状況で動き回ることは危険と判断したのか、まだ寝ていた場所から動いてない。
声が聞こえてくる方角から、なんとなくそんなことは予測できた。
煙が消える。
僅か5秒の目くらまし。
だが、効果はあった。
これは佐藤による犯行なのか。目の前に広がる光景を見て、これが誰によって引き起こされたのか確信する。
「佐藤……」
佐藤は楓香のベッドの上に立っていた。
手に持っているのはピストルだ。
冒険者はダンジョンを戦場としているため、ピストルやマシンガンといった飛び道具を使うことはないし、所持することもない。
日本では冒険者専用の剣のみ、法律で所持が認められている。
ピストルは同じ人間に向かって攻撃するための道具。普段は剣しか使わない冒険者にとって、ピストルは見慣れない殺人道具だった。
そして。
そのピストルの銃口は楓香の頭に向けられている。
後頭部にしっかりと当てており、引き金をひくだけで簡単に楓香を殺すことができる。
もう少し距離があれば、Cランク冒険者の瞬発力でどうにかよけたり、相手のピストルを奪ったりできたのかもしれない。
隙を与えてしまったことが今回の敗因だ。
それに加え、楓香はベッドに腰掛けたような状態。明らかに不利だ。
緊迫した状況に、誰も動けなかった。
剣騎はこれまでにないほど緊張感を持った表情をしているし、西園寺は無表情。普段から冷静沈着の姉さんは目を細め、佐藤の隙をうかがっている。
「才斗くん……わたし……」
「大丈夫だ」
楓香が涙目になって俺を見てきた。
この状況では、希望を失うのも仕方ない。
ダンジョンでモンスターに襲われるとは違う、ピストルを向けられる恐怖。それは俺も味わったことがない。
だが、今は落ち着かせることが重要だと判断し、優しく目を合わせて頷く。
楓香の恐怖は佐藤の動揺に繋がる。
佐藤の動揺はトリガーに繋がる。
「佐藤、まずは落ち着いて話をしよう」
震えながらピストルを構える佐藤に、俺は話しかけた。
***
無茶な任務だった。
――あたしにはできない……。
ピストルを構える腕が震える。
最初から、白桃を殺すつもりなどなかった。
佐藤はヴェルウェザーに指示された通り、西園寺の厚意を利用してキャンピングカーの旅に参加していた。
福岡に着いた今、その作戦を実行する必要があった。
まずは夜中に煙幕を張ること。
西園寺をヴェルウェザーが引き付けることは作戦のうちだった。
実行の合図は、西園寺が戻ってきたタイミング。
従わなければ殺されるかもしれない。
その恐怖が、佐藤を動かした。
「佐藤、まずは落ち着いて話をしよう」
黒瀬才斗が両手を前に出しながら話しかけてくる。だが、その言葉も佐藤の耳には入らない。
――あたしは……。
佐藤は中学生の頃、才斗に助けられたあの日のことを思い出していた。
横柄な冒険者に絡まれ、困っていた時。
自分を救ってくれた才斗。
佐藤はまだ、自分が才斗に対して好意を持っていることに気付いていない。あの時から、才斗のことを考えるとドキドキするし、才斗に話しかけられると胸が高鳴る。
だが、自分が恋をしていると認めたくない、頑固な自分もいた。
――こんな時、黒瀬なら……。
かつて困っていた自分を救ってくれた黒瀬。
もし今の自分が彼だとしたら、どうするだろうか。罪もない白桃を殺すという任務をやり遂げるだろうか。
「黒瀬……あんたに言わないといけないことがあるんだけど……」
「……どうした?」
まだ誰も警戒を緩めない。
変に佐藤を刺激してしまえば、その勢いで引き金をひいてしまう可能性があるからだ。
「あたし……あんたのことが好き」
その瞬間、銃声が轟いた。




