第7話 今日初めて会った女子を持ち帰るという罪
料理は得意でもなければ苦手でもない。
1人でやるうちに、いつの間にか習得していた。
「才斗くんって料理もできるんですね。結婚しましょうよ」
「美味しいかどうかはわからないぞ」
「いいんですよ。才斗くんの作る料理ならモンスターの肉でも美味しいですって」
モンスターの肉にも美味しいものはある。
ダンジョン下層に生息するレッドドラゴンの肉は頬が落ちるほど美味いと、山口剣騎から聞いたことがあった。それが本当かはわからないが、いずれレッドドラゴンを倒して確認してみればいいだけのこと。
楓香は料理をする俺の隣にピタッとくっついていた。
邪魔なんだが、言っても動く様子はない。
10歳で両親を亡くして、7年は自分で家事をやってきた。
【ウルフパック】が家を買い取って、もっとグレードの高い家に住ませてやる、と言ってくれたこともあったが、断っていた。
――両親の家を守りたい。
俺はその想いがあったからこそ、家事も1人でこなしてきた。誰の助けも借りずに、1人でこの家を守る。
「そういう楓香は料理できるのか?」
鶏むね肉を炒めながら、俺のコバンザメと化している楓香に聞いてみた。
「わたしも一応できますよ。母はシングルマザーで、わたしが家事を手伝うことでサポートしないといけなかったから」
「そうか……」
「もっと聞いてくれてもいいですよ? そんなに気にしないので」
「それじゃあ、楓香のお父さんは……」
「どこかで生きてると思います。多分ですけど。わたしが小さい頃に母を捨てたんです。だからわたしの親は母だけなんです。あんな人、父とは思ってません」
母を捨てた父親を語る楓香の声には、強い憎しみがこもっているように感じた。
モンスターと戦う時の面影を一瞬だけ見てしまう。
あの冷酷な一面は、父親にも向けられているということなのか。
「才斗くんの両親は……その、聞いてもオッケーな話ですか?」
楓香なりに気を遣ってくれるらしい。
「俺の両親は、俺が10歳の頃に死んだ。2人とも優秀な冒険者だったらしい」
「そうなんですか……」
「2人はダンジョンの29階層で命を落とした。少なくとも、俺はそう聞いてる」
「29階層!?」
驚くのも無理はない。
29階層まで行ける冒険者ともなれば、普通にSランク以上だからな。
「Sランクの冒険者だったことは確からしい。母は自分が冒険者であることを俺には話したがらなかったし、父はダンジョンにこもって家には滅多に帰ってこなかった」
「でも……Sランクほどの実力者なら、もっと話題になっていてもいいような気がするんですけど……」
「そうだよな。それなのに、2人は無名だった」
俺も両親が亡くなってから知ったこと。
それ以上のことはわからない。
ただ、当時から高ランク冒険者はテレビやネットでも取り上げられて有名だったし、グッズも売られたりしていた。
Sランクだったことは確実。
なのに、有名どころか無名だった。
「勝手な妄想ですけど、才斗くんが冒険者をしてるのって、その謎を探るっていう目的もあったりするんですか?」
楓香は鋭い。
何も考えていなさそうで、頭の回転は正常なようだ。
「それもあるかもな」
「あんまり答えたくなさそうですね」
楓香はその言葉を最後に、何も聞いてこなくなった。
しつこさが鳴りを潜め、今はすっかりおとなしい。
デリカシーは持ち合わせているようだったので安心だ。
家に入るまでは人目もあったので黒髪にしていたが、もうここではピンク髪に。
今日初めて会った男の家にいるというのに、すっかりリラックスしてくつろいでいる。
俺は楓香がリビングでテレビを観ていることを確認すると、料理の仕上げへと取りかかった。
***
夕食はオムライス。
オムレツで包まれた中身はチキンライスだ。
気に入ってくれるといいが。
「最高です、才斗くん。レストランで出せますよ」
「褒めすぎだ」
「そんな謙遜しないでくださいよ。あ、もしかしてわたしの胃袋をつかんでお嫁さんにしようとか思ってます?」
そういえばこいつ食いしん坊だった。
俺の2倍の速度でオムライスを完食すると、無邪気な笑顔でおかわりを要求してくる。ここは定食屋じゃない。
「おかわりはない」
「えー、作ってくださいよ~」
「チキンライスを作るのが面倒なんだ。オムレツだけなら作ってもいい」
「わかりました。それで許してあげます」
こっちは無料で食事まで付けてるんだ。
偉そうなことは言わないでもらいたい。
***
食事が終わると、風呂に入るのでいろいろあり、寝室を提供するのでいろいろあった。
まずはどっちが先に風呂に入るのか。
それはもちろん、客人である楓香に先に入ってもらった。
「わたしが才斗くんの後で入ったら妊娠しちゃうかもですもんね」
意味のわからない戯言には目をつぶろう。
そして、寝室。
実はまだ両親の寝室は7年間そのままの状態で残している。
だからベッドに困ることはないわけだが、問題はそれだ。
「せっかくダブルベッドがあるので、一緒に寝ませんか?」
「嫌だ」
両親のベッドに寝てほしくないというのもあって、楓香には俺のベッドに寝てもらい、俺は両親が寝ていたベッドを使うことになった。
「才斗くん、おやすみなさい」
「わざわざ言いにきたのか?」
「だって、寂しいですもん」
「そうか。おやすみ」
面倒な部下だな。
***
深夜。
楓香もとっくに寝静まっているであろう頃。
俺はすっとベッドから起き上がり、部屋の扉を開ける。
真夜中の1時くらいだろうか。
あることが気になり、なかなか眠ることができなかった。
玄関に向かい、そのまま家の外に出る。
「いつからそこにいたんだ? 暇だろ」
声をかけたのは、屋根の上の人物。その人物は俺の言葉を受けて嬉しそうに微笑んだ。