第53話 顔面ぐちゃぐちゃでスリスリしてくる最強の社長
「才斗は人気だねぇ。そろそろ始めるけど、準備はいいかな?」
俺が厄介な女性陣に絡まれて困っているちょうどその時。
涼しい顔をした剣騎が姿を現した。
スーツ姿だがジャケットは脱いでいる。
「助かった」
「いやいや、お取り込み中だったら出直してくれれば――」
「問題ない。早く始めよう」
日は沈み始めていた。
【選別の泉】はダンジョンの近郊にあるが、完全に封鎖されているため関係者以外は立ち入ることができない。
周囲に見られる心配はないものの、夜遅くまで時間をかけるのはご法度だ。
「他は誰も来てないんだよな?」
「そうだね。一ノ瀬君は興味なさそうだったし、舞姫君は才斗が好きじゃない」
「それもそうだな」
「幹部以外で来たのは才斗の恋人の白桃君。まさか、才斗に彼女ができる日が来るとはね」
「俺にも想像できなかった」
「そうだ白桃君、才斗との交際は順調かな?」
ニヤッと笑った剣騎が、俺をガッツリと抱き締めている楓香に尋ねる。
「最高です! ただ、まだキスもしてくれなくて……もっと積極的に来てほしいんですけど――」
「なんだそんなことかぁ。才斗、気にしなくていいからさっさと――」
「剣騎」
真悠姉さんの冷たい声。
これは本気で怒っている時の冷酷な声だ。
「おっと……言いすぎたらしい」
「才斗ちゃんにはまだ早いから、そういうの。キスはお姉さんとしていれば――」
「ダメ。才斗には私がいる。弟は実の姉にキスすべき」
剣騎のせいでさらにややこしくなった。
ここは華麗に無視して次の場面に話を進めよう。
***
「最初に泉に入った時を遥かに上回る衝撃が来るが、その覚悟はできてるか?」
正面に立った西園寺が、少し心配するような表情で俺に問いかけてくる。
念のための確認だと思うが、覚悟ができてなかったら今日ここには来ていない。強くなるために、ここに来た。
【選別の泉】は穏やかだ。
子供用のプールくらいの広さの窪みに、驚くほど真っ青な水が溜まっている。
足を踏み出せばすぐそこ。
「お願いします」
決意の声を聞き、西園寺が俺の背中を押した。
正面から倒れるように泉に入る。
一気に全身が浸かった。
「――ぁぁぁあああ!」
瞬間。
雷に撃たれたかのような衝撃。鋭く、激しい痛みが、持続的に俺を襲ってくる。
いつこの痛みが止むのか。
――この苦しみから解放されたい。逃げたい。助けてくれ。
俺の頭の中にはそんなことしか浮かんでいなかった。これまで生きてきた中、これほどまでに強烈な痛みは味わったことがない。
それだけ、泉の暴力は衝撃的だった。
「才君……」
西園寺の声がうっすらと聞こえたような気がする。だが、それも確かじゃない。
気を失った方が楽なのかもしれないが、気を失えない。
泉は俺の意識を100パーセント覚醒させる。だから100パーセントの覚醒状態で、この拷問に耐えなくてはならない。
これがSランクに上がるということ。
これが強くなるということ。
ノーペイン、ノーゲイン。
痛みなくして得るものはない。先人の言葉は正しかった。
***
1時間がたったらしい。
永遠に続くかと思われた拷問は、突然終わりを告げる。
水の中にいても痛みを感じなくなった。体が麻痺していて勘違いしている可能性もなくはないが、おそらくこれが潮時ということだろう。
「よくやった、才斗」
泉から出る。
すっかり暗くなっていた。
「1時間友達の拷問を見せられている気分にもなってみなよ。飽きたからって帰るわけにもいかないんだ」
ほっとしたような声で、剣騎が言ってくる。
途中で帰った人はいないようだ。
剣騎は平気そうだが、楓香や姉2人は大泣きしていた。
「なんで泣いてるんだ?」
「だってぇ……才斗くんがじんじゃうどおもっだんでずよー」
なんて言っているのかわからない。
楓香は膝から地面に崩れ落ち、大量の鼻水と涙を放出している。
天音姉さんと真悠姉さんも同じような感じだ。天音姉さんに関しては鼻水こそ出してなかったが、ボロボロと涙が出ていた。真悠姉さんはぐちゃぐちゃだ。
不思議なことは、それだけ泣いているのに全員顔が崩れていないこと。
相変わらず美人だし、肌もツヤツヤだ。
そして――。
「才きゅーん! 良かったよぅ。もしかしたら才君が死んじゃうかもって思って、オレ、オレ……うえーん、もう危険な真似はしないでおくれぃぃぃ」
「しゃ、社長……?」
「あちゃー、ついに才斗にもバレたか」
甘えるような声を出して俺の腹に顔をなすりつけてきているのは、なんと西園寺。
理解が追い付かず、困惑していると。
頭に手を当てた剣騎がやれやれというように俺たちを見ていた。
「こういう人なんだよ、社長は」
そのやれやれ感がやけにリアルだった。




