第44話 クールな姉に撫でられるというご褒美
「とりあえず……本部に連絡するとして――」
「ダメ! あたしのことは誰にも言わないで!」
ダンジョン・ドームの前。
佐藤が闇派閥に関わっているかもしれないと考えた白桃は、腕時計を使って本部に報告しようと試みた。
しかし、叫ぶ佐藤に止められる。
「闇派閥に関わっている以上、黙っているわけには――」
「そんなの知らないし! ただ登録するのが面倒だったのよ、ほんとに」
「そんなはずないですよね」
「あんた結構めんどくさい人よね。今度申請してくるから、別の日に誘いなさい!」
「はぁ……」
いつも黒瀬を困らせてばかりな白桃がつく、珍しい溜め息。
今度は白桃が佐藤に悩まされている。
実際のところ、2人は仲がいいというわけではない。ただ、黒瀬繋がりで強引に関係ができただけだ。
そして、2人が冒険者ということを佐藤が知ってしまったというのも大きい。
秘密を知られたことで、さらに関わらなくてはならなくなった。
「1つ聞くけど、佐藤さんを冒険者にしたのは誰?」
「は? あたしがなりたいからなったのよ。文句あるわけ?」
「そういうのいいから、正直に答えて」
「……ドクター・武者小路。もしあんたか黒瀬に聞かれたら、こう答えるよう言われた」
「ドクター・武者小路……?」
白桃は聞いたことがない名前に首を傾げる。
しかし、もしかしたら黒瀬や西園寺なら知っているのかもしれないと思った。
その名前を知れただけでも十分な収穫だ。
「それじゃあ、あたしはもう帰るから」
「申請はしないんですかー? ダンジョン・ドームならできますよー」
「そんな挑発には乗らないから」
「挑発じゃないんだけど……」
佐藤はもう一般人ではない。
冒険者になった者にしか出せない身体能力で、ドームとは別方向に走っていった。
屋根を飛び越え、白桃から逃げるように。
追いかけようと思えば追いかけることができた。
ランクは明らかに白桃が上なので、走る速度も桁違い。しかし、これ以上佐藤に関わりたくなかったのか、ダンジョン・ドームの前に立ち尽くしていた。
「才斗くんが帰ってきたら、佐藤さんのこと言わないと……」
ドクター・武者小路。
ドクターとあるのだから医者か科学者であると考えられる。
ただかっこいいから付けただけの名前なのか、冒険者名なのか。その可能性も捨てきれない。
――才斗くん、早く帰ってきてくださいよぅ。
ほんの少し弱気になりながら、白桃はダンジョン・ドームへと足を踏み入れた。
***
テレポート。
それはSFの世界にしかない、架空のものだと思っていた。
もし実現するとしても、それはずっと未来のことだろう。
そう思っていた。
だが、現実はもう未来に追い付いたらしい。
「これが空間転移装置。今の私でも使えるようだから、才斗と一緒に東京に瞬間移動する」
「安全面は問題ないのか?」
「もう何度も使っている。その点は問題ない……はず」
「ヴェルウェザーとかいう奴が俺の不正使用に気付いてないはずはないだろ」
ヴェルウェザーというのは、先ほど姉さんに教えてもらった、不気味な声の主の名前だ。
冒険者名のようなものだという。
ヴェルウェザーの本名は武者小路仁。
空間転移装置を作ることができるほどの技術力を持つ、天才サイエンティストだとのこと。
「あの人の考えは誰にもわからない。とはいえ、この装置を使わなければ白桃楓香は助からない」
「そうか……」
使ってみるしか選択肢はない。
楓香を見捨てることもできる。
だが、俺の頭の中にそれを選択しようなんていう気持ちは一切なかった。なんとしてでも楓香を助ける。
絶対に。
「わかった。装置を起動させてくれ」
姉さんはうんと頷くと、装置の扉を開け、俺も中に入るように手招きをした。
装置は一般的なエレベーターの個室くらいの大きさだ。
5人は余裕で入るだろう。
「複数人でも作動するのか?」
「試したことは一度もない」
「別々にやるか?」
「それは無理。30分に1回しか使えない仕組みになっている」
「なるほど」
さらに高くなるリスク。
本当に大丈夫だろうか。
「私と才斗は姉と弟。だからきっと大丈夫」
その理屈のどこが大丈夫なのかは謎だが、姉さんが意外と天然かもしれない説は浮上した。
今では攻撃してくる気配はないし、ほぼ信用して大丈夫そうだ。
唯一気になるのは、少し前からやたらと距離が近いということ。
装置の中は十分にスペースがあるのに、姉さんはわざわざ俺を抱き締めるような位置に立っている。
姉さんの体はスリムで鍛えられているが、女性特有の柔らかさがあった。
「才斗……」
姉さんがじっとこっちを見つめてくる。
姉さんの身長は俺より10センチほど低いくらいだ。ほんの少しだけ見下ろすような形で姉さんを見ている。
どうしたらいいのかわからず、戸惑っていると、ポンっと。
姉さんの手が俺の頭に置かれた。
「いい子いい子……」
「……え?」
俺の頭を撫で始める姉さん。
少し前まで敵対して剣を交わし合っていた相手だ。
そんな元敵に頭を撫でられている。
幸い、真悠姉さんに甘やかされ慣れている俺は、動揺することなく頭を撫でられることができていた。




