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第4話 豹変した女は怖いという証拠

 ダンジョンは先人の冒険者たちによって整備されている。


 安全地帯である1階層。

 この30年間で、どれだけの冒険者が往来したことか。


 道はコンクリートで塗装され、10メートルごとにランプの灯りが俺たちを照らす。1階層はダンジョンというより、もはや地下のアトラクションだ。


 ここがテーマパークと違う点。


 それはモンスターの存在。


 1階層でも、ゴブリンやコボルトのような低級モンスターが出現する。冒険者として選ばれていない者なら、容赦なく殺されてしまう。


「ダンジョンに来たの久しぶりです。最近は転校の手続きとか組織での立ち位置(ポジション)の変更とかでバタバタしてたので」


「だとしたら気は抜けないな」


 冒険者という仕事は危険だ。


 そのリスクに見合うだけの報酬があるのかどうかもわからない。少なくとも俺は、冒険者の危なっかしさは報酬につり合ってないと思っている。


 例えば、1日仕事をサボるとしよう。


 そしたらダンジョンでの戦闘で研ぎ澄まされた感覚が鈍ってしまう恐れがある。

 一瞬の気の緩みが命に関わってくる。


「今日は様子見にしよう。白桃(しらもも)の実力を確認しておきたい」


「1階層で様子見ですか? わたし、もっと深いとこまで行けますよ。なんなら9階層くらいまで」


 ――9階層、か。


 わざわざ「9」という具体的な数字を出してきたということは、彼女の最終到達階層が9階層ということなんだろう。


 だとすると、やはり1階層で様子見をした方が良さそうだ。


「ここでいい。まずはゴブリンを倒してくれ。お手並み拝見といこう」


「ま、いいですけど。才斗(さいと)くんにぎゃふんと言わせてやりますよ」


 白桃のピンク色の前髪がふわっと舞った。


 その下に隠されていたのが、どこまでも冷たい真紅の瞳。

 今の白桃の表情からは、あの明るくて無邪気な面影が一切ない。


 ――豹変した。


 こっちが自然と身構えてしまうほどの殺気を(まと)う。


「今から、1階層のゴブリンを殲滅します」


「……」


 冷酷な声。

 愛嬌の抜け落ちた、感情のない無機質な声だ。


 冒険者というより、暗殺者を彷彿とさせる。


 周囲に他の冒険者がいなくて良かった。きっと怖がられるだろうから。




 ***




 白桃は彼女自身のフルーティーな香りをダンジョンにまき散らしながら、淡々とゴブリンを殺していった。


 敵はゴブリン。

 低級の、モンスターの中で1番弱いのではないかとも言われているモンスター。


 Cランクともなれば剣で一撃。余裕の相手。


 だが、白桃はその域を超えていた。


「どこもかしこも、ゴブリンの死体だらけだ……」


 俺をも置き去りにして、奥の敵を殺しにかかる。もうすっかり見えなくなった。


 ――ヤバいな、こいつ。


 さすがにゴブリンが可哀想になってくれるレベルだ。無惨に殺されたゴブリンたち。目の前に広がるのは血の海だ。


「スーツが汚れるだろ……」


 俺たち冒険者の正装はスーツ。


 つまり、戦闘服もスーツということ。

 衝撃に強く、水や毒も(はじ)く戦闘服――それが冒険者専用に開発されたスーツなのだ。


 きっと今頃、白桃のスーツは真っ赤に染まっていることだろう。あとで俺が世話になっているクリーニング屋でも紹介しておくか。


『キーキー』


「生き残りか」


 血の海を1人で歩いていると、かろうじて生き延びた様子のゴブリンが襲いかかってきた。


 剣を抜くまでもない。

 軽く蹴り上げると、その残党は塵となってダンジョンに(かえ)っていった。


 モンスターは死ぬと塵になり、ダンジョンに吸収される。稀にドロップアイテムとして肉を落としたり、皮や角といった貴重な素材を落としたりするが、ゴブリンのそれはほとんど役に立たない。


 1階層には資源もないし素材もない。

 ここに需要なんてない。


「それにしても、どこまで行ったのやら」


 俺はゆっくりと白桃を追いながら、ゴブリンの残党を片付けていった。




 ***




「ここにいたか」


「あ、才斗くん! 遅かったですね!」


 白桃に追いついたのは、1階層の終わり。

 階段を下れば2階層に行ける場所だ。


 途中で何人かの冒険者とすれ違ったが、塵となったゴブリンが残した(にお)いと血に、ドン引きしている様子だったな。


 5分ぶりに会った白桃はすっかり元に戻っていて、笑顔だ。


 少しほっとした。


「白桃の意気込みはよくわかった。明日2階層以降で実力を試させてもらう」


「どんどん進みましょうよ! まだまだ動けますよ!」


「様子見だって言っただろ。ダンジョンは慎重に攻略するものだ」


「むぅー。ブラック(・・・・)って、思ったより臆病なんですね」


 臆病、か。


 どうだろうな。臆病になれるのならなりたいところだ。


「お前の安全のためだ。勝手に突っ走るから剣の(フォーム)も確認できなかった」


(フォーム)ですか? わたしはピトー派ですよ」


「実際に見てから判断する」


「じゃあ今日でもいいじゃないですか~。ね?」


 子供のように駄々をこねる白桃に対し、俺は首を横に振る。


 無言のまま、1階層を引き返し始めた。


「才斗くーん! お願い! 3階層のキングゴブリンだけ倒させてください!」


 白桃はさすが冒険者といったところ。

 袖を引っ張る力が異常なほど強い。


 冒険者として選ばれた以上、常人のパワーとは比べものにならない。


「もし3階層まで行かせてくれたら、エッチなこと、いっぱいしてあげますから」


 そんなことは望んでない。


 だが、このまま引き返そうものなら、白桃が駄々をこねて他の冒険者の迷惑になるかもしれない。それは巨大派閥の人間として避けなくては。


「わかった。なら1つ、条件がある」


「え、やっぱりエッチな条件ですね。もう、ちょっとだけですよ~」

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