第35話 勝手に期待して無様に殺されるというアレ
モンスターに襲われる危機。
そして貞操の危機。
どちらの方が怖いかと聞かれたら、俺は迷わず後者と答える。
「才斗くーん! えっちしましょー!」
部屋の外では、楓香の遠慮ない大声。
他の宿泊客に迷惑だからやめてほしい。
それに、大声で発していいような内容でもない。
そのあたりの常識はあると思っていた俺が馬鹿だった。
「自分の部屋に戻れ」
「えー、嫌ですぅ。中に入れてくれるまで戻りませんからね。2つの意味で」
――最悪だ。
「迷惑行為を繰り返していれば俺が見かねて入れてくれると思ってるのか?」
「まあ、そんなとこですかね~」
「そうか……わかった」
観念して、ドアを開ける。
さて、この性欲モンスターとどう戦おうか。
「才斗くーん」
楓香が飛びついてきた。
Aランク冒険者の反射神経で、華麗にかわす。
「ホテルの部屋に女の子を呼び出すなんて、もう、才斗くんったらえっち」
「決めた。お前を部下から外してもらう」
「ごめんなさーい! だから許して!」
俺が本気で訴えれば、楓香を外してもらうことくらいできそうだ。だが、彼女が抜けた分のパーティメンバーをさがさなくてはならなくなる。
楓香は俺が結構本気で言っていることに気付いたらしい。
半泣きで俺に縋り付いてくる。
「とりあえず部屋に戻れ」
「嫌です」
「じゃあ解雇だ」
「それとこれとは話が別ですぅ。才斗くんはわたしというセクシーな女性を部屋に呼んでおいて、変な気分になったりしないんですか?」
「悪いな、まったくない」
「むぅー」
俺は無とも言える表情で冷淡に呟く。
楓香は確かに美人だと思う。
魅力的な異性だ。
だが、今の俺は煩悩に囚われてはいけない。成長し続けなければならない。
――もっと強くならなければ……。
結局、楓香はほんの少し機嫌を損ねたのか、ぷんぷんした様子で自分の部屋に帰っていった。申し訳ないとは思わなかった。
***
黒瀬が貞操の危機に直面する少し前。
青木は初めての彼女であるスミレの家に足を踏み入れていた。
大阪の中心部。
ダンジョンにも歩いて10分程度で行けるような距離だ。
青木はもしかしたらワンチャンあるかも、と大いに期待していた。スミレと付き合い始めて3日。まだ手も繋いでない状況。
家までの道中、何度か手を繋ごうと努力してみたのだが、スミレの手に触れた瞬間、スルッと抜けていくのだ。
青木がニヤケを我慢できないでいたのに対し、スミレは終始無表情だった。
――こういうクールなところがいいんよなぁ。
青木とスミレが出会ったのはダンジョンの近くのコンビニだった。
ダンジョン帰り、必ずそのコンビニに寄る青木。
おにぎりを買うかパンを買うかで迷っていた青木に、突然話しかけてきたのがスミレだった。
スミレはクールな表情で青木のファンだと言った。
冒険者である以上、ファンがいるのも、街中で話しかけられるのも、珍しいことではない。青木はすんなりとその言葉を信じ、なんとスミレに惚れてしまった。
――長い黒髪にクールな瞳。まさにおれの好みや。
「狭いので、ベッドに腰掛けて待っててください。準備してきますから」
スミレの家はワンルームだった。
玄関からすぐの狭い部屋には、ベッドがポツンと置いてある。椅子がないため、ベッドに座るよう指示するのは必然のことだ。
青木は準備という意味深な言葉を聞いてソワソワしていた。
それに、女性のベッドに腰掛けている、という事実に、初心な青木は舞い上がってしまったのである。
――いい匂いやなぁ。
もっといい香りを堪能したくて、深くベッドに腰掛ける。
スミレが見ていないのをいいことに、ついには頭までベッドに付け、完全に横になった。
これではただの変態である。
しかし――。
「ありがとうございます、真一さん」
「およよ?」
トイレに入っていたはずのスミレが目の前に立っていた。
ベッドが変形し、青木を拘束する。
体が沈み込み、両手両足は強力な金属で縛られ、Sランク冒険者の力をもってしても抜け出せない拘束装置が完成した。
「ス、スミレさん……?」
「あの方がおっしゃっていた通り、あなたを殺すのは簡単そうです」
「ど、どゆこと……?」
「はぁ」
わかりやすい、呆れを表す溜め息を漏らすスミレ。
銀色に輝く首飾りに軽く触れると、本来の髪色が明らかになった。
血のような赤。
それがスミレの本当の髪色だったのだ。この異質な髪色が表す事実は1つ。
「スミレさん……冒険者やったんか?」
【選別の泉】での試練を乗り越え、冒険者となった者。
髪や瞳の色が変わることもある。
「スミレは偽名。私の本当の名はヴァイオレット」
「おれはスミレって名前の方が好きやな……」
呑気なことを呟く青木。
呆れるというより、素直に驚くヴァイオレット。
「この状況がわかっていないのか?」
「え、おれと激しいえっちするんやないん?」
ヴァイオレットには青木が本気でそれを期待しているように見えた。
「山口剣騎はまだ、私の及ぶ相手ではない。青木真一なら楽に始末できるというあの方の考えは正しかった」
「あ、もしかしてあんた闇派閥の……そういや会議で――」
青木は最後まで呑気な会話を続けられなかった。
剣で無残に首を斬られ、あっけなく地面に落とされた。




