第28話 人生最大の貞操の危機に怯えるAランク冒険者
「わたしがキングオーガに勝ったら……その……わたしと……えっちしてくださいっ!」
「はぁ?」
これから過去のトラウマに立ち向かっていこう、という重要なシーン。
少しでも楓香に活気を取り戻してもらうべく、10階層と11階層のほとんどは俺の力で攻略した。
楓香は俺にただただ引っ張られ、目をつぶっていたから気付かなかっただろう。
目を開けていた時も、俺の顔に意識を集中させていた。
そうしてようやく、楓香にもう1人の人格のことを打ち明け、自分と向き合ってもらうための土俵を作り上げた。
さあ、キングオーガ討伐へ。
絶対にやれる!
そんな感動的な送り出し方をイメージしていたのだが――。
「お前は頭の中までピンク色なのか……?」
「でも、もう1人のわたしはキスしたんですよね? それも、濃厚なキスを」
「……そうだが」
「だったら負けられませんよ。ディープキス以上のことをするってなれば、それはもうえっちなことですよね?」
「悪いが、性欲は別の奴にぶつけてくれ」
「その言い方酷いです! わたしは才斗くんだから言ってるんですよ。才斗くんになら、わたしの恥ずかしいところ、全部見せれます!」
「……」
――駄目だコイツは……。
幸い、エロいことを言えるだけの元気が復活したのはわかった。
だったらその元気でキングオーガを吹っ飛ばしてもらおう。
「詳しい話はキングオーガを倒してからだ」
「え、じゃあ終わったらえっちしてくれるんですか?」
「それは楓香がこの試練を乗り越えてから考える」
もちろん、する気は1ミリもない。
その期待くらいもたせておいてもいいだろう。とりあえず今は、キングオーガに勝って、自信を付けさせることが大事だしな。
「焦らしプレイですね。わたし今、すっごくムラムラしてます」
「……」
やっぱり黒桃を出してくれ。
「でも、問題はわたしがキングオーガに勝てるのか、って話なんですけどね……」
一瞬だけ、不安げな表情を見せる楓香。
あれだけ恐れていたモンスターだ。
ちょっとしたことで恐怖がなくなるなんて思ってない。少しは軽くなったことを祈るだけだ。
「楓香は俺を信じてるか?」
ボス部屋の扉の前で、目を見て尋ねる。
「もちろんです」
「だったら安心しろ。何かあれば、俺が必ず楓香を助ける」
「ありがとうございます。でも……やっぱりわたし、自分だけでキングオーガを倒します。半殺しにされたとしても、手を出さないでください。四肢がもげても、体が焼けても、最後まで戦います」
それはちょっと言いすぎじゃないだろうか。
四肢がもげたら大変なので、その時は楓香に拒否されようが加勢するつもりだ。
「行ってきますね、才斗くん」
「勝って戻ってこい」
「はいっ!」
楓香は扉を開けるまで、笑顔を保っていた。
***
「……ここ、どこ……?」
薄暗い地下。
ダンジョンとは違う、人工的に作られた地下空間に、1人の女子高生がぽつんと座っていた。
両手両足を不可視の紐で縛られていて、身動きが取れない。
「目を覚ましたか」
「あんた……誰よ?」
時刻は午後5時頃。
ちょうど黒瀬たちがダンジョンに潜り始めた頃だ。
ダンジョン・ドームの前で、前回のように街路樹に隠れて待ち伏せしていた佐藤勝海だったが、気付けばこの地下で拘束されていた。
視線の先には黒いフードを被った不気味な男。
フードの影から覗く白い瞳が、獲物を前にした蛇を連想させて落ち着かない。
「あたしに何の用?」
「なかなかに度胸があるな。期待できる」
フードの男の声はハスキーで、彼特有の不気味さを余計に強調した。
「ヴァイオレット、よくやった」
真っ黒な影から姿を現したのは、長い赤髪が特徴的な、美しい女冒険者。身長はさほど高くないものの、スタイルが良く、クールに見える。
顔立ちは整っていて、瞳は漆黒。
闇を反射しているかのよう。
「あの顔……どこかで見たような……」
「ヴァイオレットの顔に見覚えがあるのか?」
「別にあんたに話しかけてないから安心して」
口では強気なことを言うものの、内心は恐怖で満ちていた。
だが、佐藤は賢い。
――ここで必要以上に怖がる素振りを見せたら、その恐怖心を利用される。
だから虚勢を張ってでも、自分を守るのだ。
「面白い娘だ。ボクにそんな口が利けるのか。気に入った」
「あんたに気に入られたくなんかないんだけど……」
「生意気なところもまた、いい」
顔が見えない不気味な男。
フードはそのままでゆっくりと立ち上がると、片膝をついて命令を待っていたヴァイオレットに向き直る。
「ヴァイオレット、黒瀬才斗の件はもう気にしなくていい。キミの次の狙いは別の人物だろう?」
「はい、ヴェルウェザー様」
「空間転移装置を使えば、一瞬で大阪まで行ける。髪を黒にすることを忘れないように」
ヴァイオレットがお洒落な首飾りを指先で叩く。
すると一瞬にして赤髪が黒髪に変わった。まるで魔法のように。
「驚くのもわかる。これはナノテクノロジーの応用だ。キミの友人も、同じようなシステムを使ってるだろう?」
佐藤の心の中の疑問に答えるように、フードの男が説明する。
「もっとも、このシステムを開発したのはボクなんだが……仕方ない」
ヴァイオレットがこの場から去る。
そして佐藤とフードの男は2人きりになった。
「西園寺龍河、キミの組織はボクが壊させてもらおうか」




