第14話 美少女の寝顔を眺める強制イベント
ダンジョンから出ると、偶然なのか中島富秋に会った。
薄緑色の髪に青色の瞳。
彼もやっぱり冒険者である。
剣騎と同じく小柄な体格に、愛嬌のある可愛い顔立ち。年上だし、男なんだが、たまに本気で可愛いと思ってしまうことがある。
2年前からの付き合いで、冒険者の中では1番仲がいいと言えるだろう。
富秋のことはトミーと愛称で呼んでいる。
トミーはすぐに重症の楓香に治癒魔法をかけると、俺の疲弊した様子を見て言葉を選んだ。
「何があったの? この娘、凄い重症だよ?」
この状況を見たらただ事でないことはわかるだろう。
自分で言うのもアレだが、俺はAランク冒険者。
そんな上級冒険者が同行者を守りきれず、ここまで重症化させて連れて帰ってきた。それに加え、俺も切り傷を負っていて、息も切らしている。
ひとまず俺は目の前で楓香が回復するのを見て安心していた。
重要な機会を逃してまで彼女の命を優先したわけだ。
死んでもらっては困る。
安心してしまったら全身の力がガクッと抜けていった。脚に力が入らなくなった俺は、尻もちをつくように地面に座り込んだ。
「闇派閥からの奇襲だ。奴らがついに動き出した」
「奇襲? 奴らってもしかして……」
「断言はできない。だが、今後のダンジョンは今までよりずっと危険になる」
トミーが表情を引き締める。
闇派閥の存在。
ついにその中の人間が動き出した。俺に接触し、生け捕りしようとしていた。
ヴァイオレットの目的は俺と楓香だけだったのか。なぜ俺と楓香なのか。
疑問は残る。
ひとまずは今、何ができるのか。
「敵にとって、俺を狙うという目立つ行動をしたのには大きなリスクがあったはずだ。だから迂闊にまた動くとは思えない」
「敵はどんな人だったの? 複数人? 単独犯?」
「単独だ。Aランク並みの力を持つ女冒険者だった」
「Aランク? それなら正体が――」
「未登録だ。少なくとも、俺たちは見たことがなかった。これまで目立たないところでコソコソやってきたんだろう」
楓香は隣で寝息を立てている。
同年代の女子の寝顔を見るのは、なんだかんだ言ってこれが初めてじゃないだろうか。
今はこうして回復しているようだが、早く楽なところで寝かせてやった方が良さそうだ。
「俺は楓香を連れて帰る。トミーは闇派閥がダンジョンにいる可能性があることを政府に伝えてくれ。後日俺からも直接政府に話をしてくる。証人としてな」
「わかった……聞きたいことは山ほどあるけど、今はその女の子を休めることを優先しなくちゃね。かなりの重傷を治癒したから、体に相当な負担がかかってると思う。だからしっかり休むよう伝えておいて」
「週末にでも食事を奢らせてくれ。改めて礼を言いたい」
「いいの? それじゃあ、連絡してね」
トミーは嬉しそうに承諾すると、ダンジョン・ドームのカウンターの方に歩いていった。
カウンターには政府の役員がいる。
そこに事情を伝えればすぐだな。
俺がまだここにいるとなれば、いろいろ聞かれることは避けられない。ひとまず今は、楓香を休ませることが先だ。
楓香を抱え、急いで外に出る。
「お連れの方は大丈夫ですか?」
「疲れ果てたみたいですが、少し休めば大丈夫だと思います」
抱えられている美少女冒険者の様子が心配だったのか、冒険者カードをスキャンする際に役員の女性に話しかけられる。
それっぽいことを言ってかわすと、やっとダンジョン・ドームの外に出られる。
――目の色と服を戻さないとな。
ダンジョン探索を終えたばかりの俺たちは、中で余裕がなかったということもあり、スーツ及び本来の姿のままだ。
俺と楓香の瞳は真紅に、そして楓香の髪はピンク色に。
目の色はまだしも、さすがにピンク髪は目立つだろう。パッと見ただけで冒険者だということがバレてしまう。
楓香の腕時計も合わせてタップし、一瞬で元の制服姿に戻った。それに加え、目はブラウンになり、楓香の髪は黒になり。
「家に帰るぞ」
楓香をお姫様抱っこしたまま、家まで全速力で走った。
***
中島は黒瀬と別れると、カウンターにいた政府の役員に闇派閥のことを話した。
黒瀬が闇派閥の冒険者に襲われたこと。
その同行者が重傷を負っていたこと。
そして、まだダンジョンに闇派閥の冒険者がいるかもしれないこと。
これを冗談だと流さず、真摯に受け止めた政府は、明日までのダンジョンの立ち入り禁止を通達した。
今ちょうどダンジョンに潜っており、そこから出てきた者には特別なボディチェックを行うことも。
しかし――。
――才斗君、あの女の子を連れて帰るって言ってたような……。
中島は黒瀬との会話を思い出し、大きな誤解をしようとしていた。
黒瀬が誰かとダンジョンに潜ることは珍しい。
仮に誰かと一緒に潜る場合でも、【ウルフパック】幹部でのダンジョン遠征を除いて、中島以外で協力してダンジョン攻略に挑むことのある冒険者はいないと言えるだろう。
そんな黒瀬が、同じ年頃の女子と一緒にダンジョンに潜り、連れて帰るとまで言ったのだ。
――もしかして、才斗君とあの女の子って、そういう関係?
***
黒瀬が楓香を抱えてダンジョン・ドームから出てきた時。
彼らのクラスメイトである佐藤勝海は双眼鏡を覗いていた。
佐藤がいるのはダンジョン・ドームの前の街路樹の影。
諦めの悪い佐藤は、尾行を撒かれた後、このダンジョン・ドームの前で張り込んでいた。
――やっと出てきたのね。って、黒瀬、白桃さんを抱えてる!? それより……白桃さんの髪……。
黒瀬に助けられた時から、彼が冒険者なのではないかと疑っていたが、今日、こうして確信に変わった。そして、白桃との関係についても、これで少し納得できるようになった。
普段の黒瀬であれば、この程度の張り込みなど簡単に見抜き、気付かれないように裏口を使っていただろう。
だが、白桃を休ませることを優先するあまり、佐藤に見られていることにはまったく気付かなかった。