第104話 渾身の必殺技を受け止めにいくという強者の思考
弱者が強者に向かっていく時、弱者にできることは自分の秀でている部分を全面的に押し出して戦況を作ることだ。
この試合における弱者は一ノ瀬。
強者は西園寺。
部下である黒瀬や白桃たちが見守る中、絶対的強者と相対的弱者の戦いが幕を開けた。
――初速は俺が速い!
どっしりと構える西園寺に対し、早速超能を発動する一ノ瀬。
動こうとしない西園寺は最高の獲物だ。
射程距離も標的確定も完璧。あとは一ノ瀬の切り札である、百発百中の矢を放てばいい。
一ノ瀬は自分の剣を矢のように飛ばし、狙った相手に確実に当てることができる。しかし、それは相手が自分の周囲20メートル以内にいるという条件と、自分と目を合わせているという条件を満たしてから発動できる超能だ。
今回はその2つの条件をクリアし、すぐさま西園寺に狙いが定まる。
――俺の攻撃を受け止めるとでもいうのか!?
身内である西園寺は、当然ながら一ノ瀬の超能の内容も、その条件も熟知していた。それなのに、一切動くことなく、一ノ瀬の目を遠慮なく見続けている。
これは何かの罠なのか。
それとも、純粋な強さで一ノ瀬の超能を打ち破ろうと考えているのか。
放たれた剣が、西園寺の方向に一直線に飛んでいく。
それはまさに芸術だった。カーブすら描かず、ただ標的に向かって真っすぐ進む剣。
一ノ瀬の強さへの欲と、その努力の過程を再現したかのような軌道。
剣の動きがあまりに速すぎて、その美しい軌道を見ることができたのは一部の上級冒険者だけだった。動体視力が強化されているためでである。
「スピードか」
「――ッ」
ほんの一瞬に、またも驚くべきことが起きた。
まばたきをすれば刺さっているであろうほどの剣の矢は、堂々と構えていた西園寺の握り拳の中にある。
西園寺が動かなかったのはしっかりと剣の動きを確かめ、勢いを殺し、攻撃を受け止めるためだった。百発百中で当たる矢だが、百発百中で対象に刺さるわけではない。
黒瀬がシャドウライドで姿を消した回避することができたように、いくつかの逃げ道は存在するのだ。
西園寺にとっての逃げ道は、皮肉にも逃げないことだったのだが……。
「化け物か貴様は……」
「少し前に鬼龍院空心から不意打ちを受けてしまった。二度同じ失敗はしない主義だ」
「……」
「まだ戦いは終わっていない。私を追い詰めてみろ」
西園寺は一ノ瀬の剣をさっと地面に刺し、後ろに下がった。
早く自分の剣を取れ、ということだ。
西園寺は剣術での勝負を希望している。
一ノ瀬の全身が震えた。
まだまだ遠い存在だった。
こうして対峙してわかる圧倒的な力量の差。同じSランクに昇格して、少しは近付けたと思っていた。しかし、高みはまだ遥か先にあった。
こうして彼の向上心は打ち砕かれる……などということはなく、以前よりむしろ、西園寺に対する対抗心が燃え上がっていた。
――この程度の努力で奴に勝てると思ったのが間違いだった……だが……俺は絶対に奴を超える!
結果として、西園寺は一ノ瀬の期待を遥かに上回り、一ノ瀬は相変わらず高すぎる壁に安心した。
自分はまだ西園寺の足元にも及んでいない。
悔しいのは確かだが、一ノ瀬の頭の中は鮮明に晴れ渡っていた。
地面に刺さった剣を引き抜き、ナゴルニ―派の構えを取る。
「貴様は強い。まだ俺が敵う相手ではない。だが、勘違いするな。俺は必ず貴様を超える」
「本気で私を超えようとしてくる冒険者はなかなかいない。私は君のその姿勢に可能性を見た。だからどうしても【ウルフパック】に欲しかった」
「その割にはあっさりした勧誘だったと思うが」
「君の自尊心をくすぐっただけだ」
西園寺が軽く微笑む。
一ノ瀬は小さく溜め息をつくと、西園寺に応えるようにふっと笑った。
「あの頃からすでに、貴様の掌の上で転がされていたということか」
***
「やっぱり社長は強いんですね」
「一ノ瀬さんの切り札もあっさり相殺するしな」
会場は西園寺の勝利に盛り上がっていた。
一ノ瀬の百発百中で当たる攻撃を容易に受け止め、その後の剣術でもさすがの技の巧みさで完膚なきまでに叩き潰したのだ。
感嘆の声を漏らすので精一杯である。
「西園寺さんは100%おれたちの味方やから安心やな。一ノ瀬さんは……わからへんけど」
「そうだな」
真一の怯えは相変わらずだが、改めて西園寺の強さを認識して尊敬の念を持っているようでもあった。
会場からは西園寺コールが鳴り響いていて、しばらく止みそうにない。
一ノ瀬の健闘を称える拍手も聞こえる。
日本トップのぶつかり合いであることは確かだったが、西園寺の格の違いが改めて浮き彫りになった試合とも言えるだろう。
次に入場を控えているのは剣騎と神宮司。
姉さんが言っていたように、もし剣騎が勝利を諦めてないのであれば……まだどちらが勝つかはわからない。
なんといっても、剣騎だもんな。