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第103話 社長の強烈オーラから逃げ出してしまう若き日の生意気少年

 もうすぐ日本の最強冒険者が決まるということで、会場全体のボルテージが上がっていた。


 準決勝に進んだのは【ウルフパック】所属のSランク冒険者3人と、【バトルホークス】所属の日本唯一のSSランク冒険者。

 優勝に関してはランクが格上である神宮司(しんぐうじ)が圧倒的に有利だが、あの3人に限ってすんなり負けるなんてことはなさそうだ。


 この決勝トーナメントの初戦で敗退した俺は、すっかり観客席に落ち着いている。


 剣騎(けんき)一ノ瀬(いちのせ)と戦うことはできなかった。

 鬼龍院(きりゅういん)と戦ってみて改めて自分の弱さを知り、今まで以上に成長した気がする。


 妻と娘のいる鬼龍院と戦ったからこそ、俺は大切な存在のすばらしさに気付くことができた。鬼龍院には感謝してもしきれないくらいだ。


 そしてもちろん、こんな俺を支えてくれる、楓香(ふうか)や姉さんにも。


『まさに日本のトップ冒険者が勢揃いしている今年の最強冒険者決定戦! いよいよ始まる準決勝第1試合に登場するのは、西園寺龍河(ドラゴンウルフ)一ノ瀬信長(ストームファング)だぁぁぁあああ!』


 舞ちゃんコールが囁き声に思えるほどの、脳を破壊するような大歓声が会場を覆い尽くす。


 スポットライトと激しい煙が2人の入場を盛り上げていた。


「エンターテインメントですよね、冒戦って」


「決勝はどうなるんだろうな」


 俺たちは冒険者とか関係なく、普通の観客として興奮していた。


 西園寺と一ノ瀬の戦い。

 準々決勝の戦いぶりを見た限りだと圧倒的に西園寺が優勢だが、一ノ瀬の執念は侮れない。


『同じ【ウルフパック】に所属するSランク冒険者で、社長と副社長の2人。これほど盛り上がる戦いがこれまでにあったでしょうか!? 日本中の注目が、社長VS副社長の対決に注がれています!』




 ***




 ストームファングこと一ノ瀬信長(のぶなが)は、社長の西園寺(さいおんじ)に宿敵を見るような目を向けていた。


 一ノ瀬は現在28歳。

 西園寺が34歳。


 冒険者としての経験や社会人としての経験は当然西園寺の方が豊富だ。


『君こそ私が求めていた人材だ。【ウルフパック】に来る気はないか?』


 一ノ瀬の頭の中に蘇る、あの頃の記憶。


 あれは一ノ瀬が16歳の高校生で、西園寺が22歳だった時のこと。

 16歳の時点で冒険者としての資格を手に入れ、Dランクに昇華していた一ノ瀬。


 一方で会社を立ち上げたばかりの西園寺は、長い目で見て会社の財産になるような冒険者をさがしていた。


『ちっぽけな会社に興味はない。俺は天下の【バトルホークス】に入る』


『そうか。無理に言うことでもない。気が変わったら伝えてくれ』


 西園寺はしつこくなかった。


 執着がないのだ。

 勧誘はしつこいのが普通という認識だった一ノ瀬にとって、あっさりとした西園寺の態度は意外だった。


 だが同時に、少し腹を立てていた。


 ――どうしても俺が必要というわけではないのか……。


 冒険者としては成長が早い彼は、たまたま周囲にいた冒険者よりもセンスが良かった。だからか、彼のプライドは徐々に肥大化していった。


 プライドの高い一ノ瀬にとって、勧誘に失敗したらあっさりと引き上げた西園寺は、自分のプライドを傷付ける存在だった。


 ――あの男……次会った時には俺が倒してやる。


 それから4年が経過し、一ノ瀬は見事にBランクにまで自身の実力を昇華していた。


 4年の間は基本フリーで、【バトルホークス】所属を目標にダンジョンに潜っていた一ノ瀬だが、この4年で少しずつ力を付けてきた【ウルフパック】という企業を、彼は忘れていなかった。


『俺と戦え』


 アポなしでは困る、と受付に断られながらも、無理やり西園寺リバーサイドの社長室に乗り込む20歳の若き一ノ瀬。


 部屋のドアを開け、社長席に腰掛けているであろう西園寺龍河に向かって、堂々と勝負を申し込む。


 その時点で西園寺のランクはA。

 頑張れば倒せると、一ノ瀬は確信していた。ランクのちょっとした差など、大した問題ではない、と。


 しかし――。


『――ッ』


 失礼なセリフを吐いたすぐ後、社長室が異様なまでに張り詰めた緊張感に(さら)されていることがわかった。


 西園寺を取り巻くオーラは邪悪で、闇を彷彿とさせるよう。

 ギスギスした恐ろしいものが、一ノ瀬の体を這いずり回っているような、そんな錯覚。


『何が……』


『私は今、誰かと話をできるような気分ではない』


『……』


 この時、若者は悟った。


 この男には敵わない。


 少なくとも、今のままでは少しも勝てるビジョンが浮かばない。


 最初に勧誘された時は感じなかった、異様なまでに膨れ上がったオーラ。それはすっかり調子に乗っていた一ノ瀬をクールダウンさせるという意味でも、効果的なものだった。


『すみません……でした……』


 慌てて頭を下げ、社長室を去る一ノ瀬。


 彼は自分が無礼だったからあの態度を取られたのだと思っていた。自分は西園寺を怒らせてしまったのだ、と。


 厳密には、ちょうどその時期に西園寺が黒瀬(くろせ)夫妻をダンジョンで失い、彼らを救えなかった自分を憎んで(いびつ)なオーラを放っていたわけだが……とにかく、一ノ瀬はタイミングが悪かった。


 ――俺は……【ウルフパック】に入る……!


 あれだけ怖い思いをしたのにも関わらず、一ノ瀬は【ウルフパック】に入社することを決意する。


 西園寺龍河。

 この存在が、自分にとって目指すべき高みに思えたからだ。どこか身近で、どこか遠い存在。


 元々西園寺は実力のある冒険者だったが、この4年間を経て、自分の理解を超えるスピードで進化していたのだ。


 ――あの男を、超える。


 西園寺リバーサイドから勢いよく飛び出す。


 ――いつか西園寺と対峙した時には……俺が奴を怖気づかせてやる!


 そして現在。

 一ノ瀬は闘技場のフィールドで、西園寺と対峙している。


 西園寺との原点(オリジン)を思い出し、一ノ瀬を纏うオーラがさらに大きくなった。


 絶大な信頼を寄せる西園寺。

 つい最近には彼のふにゃふにゃな一面を知ってしまい、気が抜けたこともあったが、一ノ瀬にとって、西園寺が特別な存在であることは変わらない。


 一ノ瀬はあの時の目標を達成することができるのか。


 数秒後、お互いが剣を抜けば、1秒のまばたきも許されない熾烈の戦いが幕を開ける。

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