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「先程は庇っていただきありがとうございました」

「礼を言われるようなことは一切していない」

「え……?」


エドガーは澄んだ翡翠色の瞳をアイリーンへ向けた。初対面のエドガーがアイリーンにプロポーズするなど、天地がひっくり返ってもありえないことだ。 

恐らく正義感の強いエドガーは顔の傷を揶揄されるアイリーンを見ていられず、不器用でその場しのぎながらも救いの手を差し伸べてくれた。アイリーンはそう考えていた。


「庇った覚えは一切ない。だが、クルムド子爵の実の娘ではない義妹に好き勝手されているあなたをみて憤りを覚えたのは確かだ。あなたの仮面を外して素顔を晒したときの邪悪な表情は今思い出しても腹が立って仕方がない」


 エドガーは冷徹に言いきった。凄まじい怒りが眉のあたりに這っている。


「クルムド子爵家の嫡女はあなただ。義妹に蔑まれることなどあってはならない!」


次第に興奮気味になっていくエドガーの姿をアイリーンは好意的に捕らえた。辛辣なその言葉がアイリーンに向けたものではないと気付いたからだ。エドガーの言葉はまるでアイリーンの代弁のようだった。


「アイリーン嬢、あなたの噂は小耳に挟んだことがある。社交界デビューを控えていた絶世の美女が突如消えてしまったと。重病を患っているという話もあったが、本当か? その理由を聞かせてほしい」


 エドガーの真剣な表情から飛び出した『絶世の美女』という言葉が少しだけおかしい。エドガーの生真面目さにアイリーンの心はほっこりとあたたかくなる。


「もちろん、言いたくないこともあるだろう。それなら……――」

「実は、社交界デビューの直前に顔に傷を負い、父はわたしを屋敷に閉じ込めました。父は誰よりも世間体を気にする人でしたので人目に触れさせるのが嫌だったのでしょう。現に、傷モノになった娘など恥ずかしくて外に出せないと何度も言われました」

「……そうだったのか。その傷はどうして?」


 アイリーンは五年前の出来事を思い返していた。あの日、アイリーンはいつものように近くの街へ買い物に出かけた。その帰り道に複数の男たちにさらわれそうになっている少女がいることに気が付いたのだ。十歳ほどだろうか。少女は艶やかな黒髪を綺麗に結い、花柄の可憐なワンピースを着ていた。その身なりから良家の令嬢であることがすぐに見て取れた。


 四人の大男に口を塞がれて引きずられていた。涙目になりながらジタバタと抵抗する少女は、そのままズルズルと暗い路地のほうへと引っ張られていく。アイリーンは持っていた荷物を放り出して駆け出した。


「誰か! 誰かきて!」


 アイリーンは大声を上げながら走った。男たちに追いつき「その子を離して!」と力の限り叫んだ。男達はアイリーンのあまりの美くしさに怯んだ。

アイリーンのように可憐で美しい女性を見たことがなかったのかもしれない。少女の口を塞いでいた頬に十字傷のある屈強な男が信じられないというように目を見開いて、頬をだらしなく緩ませる。その一瞬の隙をついて少女は男の腕を逃れてアイリーンの方へ駆け出した。


「マズい、逃げられた!」


 十字傷の男が短く叫び、少女を制止しようと短刀を手に追いかける。


「そいつを離せ!」


 アイリーンは飛び込んできた少女を守るようにギュッと抱きしめたとき、短刀が振り下ろされた。その刃先はアイリーンの左目を抉った。鈍い痛みと同時にぼたぼたとお気に入りのワンピースに滴り落ちる血。少女が「お姉さん!」と涙ながらに叫んだ。


「あっ……そんな……」


 頬に十字傷のある男は動揺して声を震わせていた。やがて騒ぎを知り路地裏に助けがやってきて、男たちはそのまま散り散りに逃げて行った。アイリーンは助けに来てくれた人間に少女を託し、そのまま意識を失った。その出来事をキッカケに、アイリーンは傷モノとなった。

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