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「すまない。あなたに気を遣わせてしまったな。他の奴らのように、哀れな男だと笑ってくれ」


 エドガーの言葉にアイリーンの胸はギュっと締め付けられた。人から貶されるつらさをアイリーンは誰よりも知っていた。


「わたしは笑いません。エドガー様も顔に傷のあるわたしを笑いませんでしたし、今もこうして傷モノのわたしの傍にいてくれているんですから」


 アイリーンはハッキリと言い切った。


「人の容姿をとやかくいう浅はかな人は嫌いです」


 腹を立てて乱暴に言うアイリーンに、エドガーは笑顔を浮かべた。


「俺も同意見だ」


 心がわずかに近付いた気がした。アイリーンとエドガーはそのまま玄関先まで揃って歩いていく。すると、どこからか「エド!」という女性の声が飛んだ。視線を向ける。彼を呼んだのは大広間でひと際目立っていた赤いドレスの女性だった。目元には黒いレースの仮面をつけている。女性は二人の元へ歩み寄ってきた。


「もう帰るの?」

「ああ。招待してもらったのに悪いな」

「来てくれただけで嬉しかったわ。いつもはどんなに誘っても必ず断るんだもの」


 オゼットと呼ばれる女性はエドガーと親し気に言葉を交わす。遠目で見ても美しい女性だと思ったが、目の前で見るとさらに洗練された美しさがあった。彼女の立ち振る舞いには絶対的な自信が感じられた。


「それで、この方は誰?」


 オゼットがアイリーンに視線を向ける。さらにその視線はエドガーと組まれた腕に向けられた。興味深げに見つめられてアイリーンは緊張気味になりながら頭を下げた。


「はじめまして、クルムド子爵家のアイリーン・ロンバルドと申します」

「わたしはイベルトン伯爵家のオゼット・フーバーよ。クルムド子爵家……? うちの父とあなたのお父さんは親しい間柄よね?」

「ええ。生前、父は伯爵様を親友だと言っていました。ご招待頂いたお礼を伯爵様に直接お伝えできればと思ったんですが見つかりませんでした。お手紙を預けましたので、どうぞよろしくお伝えください」

「ご丁寧にどうも。父ってば風邪をこじらせて寝ているの。そういえば、同い年のあなたとは昔うちで遊んだことがあった気がするわ。覚えていない?」


 わずかに覚えがあった。幼少期、時々イベルトン伯爵家を訪れて同い年の少女と一緒に遊んだ記憶がある。


「庭先でシャボン玉遊びをした気がします」

「そうそう。やったわね! それがわたしだわ」


 アイリーンの記憶の中のオゼットは、木登りと虫取りが大好きなお転婆娘で、今の美しい姿のオゼットからは想像もつかなかった。何度か一緒に遊んだものの、静かな遊びを好むアイリーンとはそりが合わなかった。

 アイリーンとオゼットのやり取りをエドガーは黙って見つめる。


「そういえば、あなたに妹っていたの? 似ていないわよね?」


 アイリーンへの興味が隠せないとばかりに、オゼットはジロジロと見つめてくる。オゼットもエドガーと同じく、アイリーンの顔の傷を見てもなんの反応も示さなかった。


「ええ、ソニアは義妹なので」

「やっぱりそうなのね。あの子、知性も教養もごっそり抜け落ちてるくせに、男に色目を使うことだけは得意なようだったから。家に帰ったら、姉としてきちんと礼儀作法を叩き込んでちょうだいね!」


 オゼットは気の強い美人で言いたいことはハッキリ言う性格のようだ。


「ソニアがご迷惑をおかけしてごめんなさい」

「あなたが謝ることじゃないわ。ただ、義妹の振る舞いが許せなかっただけよ。じゃあ、また会いましょう」


 オゼットはアイリーンにそう告げたあと、隣にいるエドガーの傍へ回り込んで背伸びをして、彼の耳元でなにかを囁いた。


「ああ、分かってる」

「またね、エド」


オゼットは踵を返して華憐な足取りで大広間の方へと戻っていく。その背中を見送り、アイリーンはエドガーとともに屋敷の前に着けていた馬車に乗り込んだ。

顔に傷を負ってからずっと屋敷に軟禁されていたため、こんなにも大勢の人が集まる場所へ行くのはずいぶん久しぶりだった。常に気を張っていたせいで、馬車の心地よい揺れが眠気を誘う。まろどんでいるアイリーンにエドガーが声を掛けた。


「疲れただろう。少し休んだ方がいい」

「ありがとうございます。わたし、こういう華やかな場は苦手でひどく疲れました。まあ、それも今日が最初で最後になるでしょうけど……」

「なぜだ?」

「わたしは結婚を望めませんし、修道院で過ごそうと考えています」


 自然と瞼が重たくなる。


「そうはさせない。待っていてくれ。俺が必ず、あなたを迎えに行く」


眠気が思考を奪っていく。

体がぐらりと揺れた瞬間、労わるように肩を抱かれて引き寄せられる。優しいぬくもりに包まれながらアイリーンは夢の世界へ落ちて行った。

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