デレ100%のシルべアン
「……あんな奴に会いに行っても無駄だっただろ」
目を伏せたシルべアンを見て、ますます自分と重ねてしまうアリステラ。
「ねぇシルビ?」
「何だ?」
「やっぱりさ、私達そっくりだよね」
「……全然似てない」
「私の前世の両親はさ、社長令嬢……ここでいう伯爵家同士位の政略結婚だったの。愛なんて微塵もなかったからさ、私と会う機会もほとんどなかった。おまけに次期社長の教育が死ぬ程あって大変だったなぁ」
世話係もいたし、お金もあったし、一見すると他人に羨まれるような暮らし。
その暮らしが少女は、虚しくて仕方がなかった。
(私が死んで、あの人たちどうしてるんだろ? 葬式は開いてくれたかな? ま、私にはもう関係ないけど)
「……」
シルべアンは相変わらず俯いている。
アリステラは、思い詰めている少年をじっと見つめた。
「シルビは?」
「……は?」
少年が思わず顔を上げると、そこには優しく微笑んでいるアリステラの姿。
「……うちも政略結婚だった。公爵はあんなんで、母上はいつも公爵の愛を求めていて、俺にはあんまり目を向けなかった」
「うん」
「でもたまにあの人が『シルビ!』って笑いかけてくれるのは嫌いじゃなかった。その母上は病気で死んだけど」
「……うん」
「当時アイツは葬式にも参加しなかった」
「………うん」
「正直俺はそれに何も感じなかった。俺自身も、母親が死んだのに涙すら出なかったんだ」
「…………うん」
「あの人たちは俺にとって血が繋がってるだけの他人でしかない。だから公爵が何を言おうと俺は全然気にしない」
「…………」
「むしろ毎日会ってるお前のほうがよっぽど近く感じる。……俺は別に傷ついてない。だから……そんなに泣きそうな顔するなよ……」
話を聞いているうちに、アリステラの瞳には涙が浮かんでしまっていた。
シルべアンに弱い姿を見せたくない少女は俯く。
少年はアリステラの顔にそっと手を伸ばしたが、それより早くに涙を拭った少女がすくっと立ち上がった。
(また子供相手に重たい話しちゃった。シルビが相手だとちょっと素直になっちゃうんだよねぇ)
チラリとシルべアンに目を向けると、少年の行き場を失った手が右往左往している。
「? どうしたの?」
「なんでもない」
いきなり少年に睨まれた事に少し怒りを覚えたアリステラだったが、すぐに頭を切り替えくるりとその場で体を翻してみせる。
「ねぇシルビ〜? ドレスを着た私も可愛いでしょ?」
「あぁ、似合ってると思うぞ」
顔色ひとつ変えないシルべアンに疑問を抱くアリステラ。
(ん? なんかうちの子変わった……? いつもなら照れるところなのに)
「だよねぇ、いつもの二つ結びも可愛いけど下ろしてるのも可愛いよねぇ」
「あぁ、どっちも可愛い。天使みたいだ」
(へ? 何? どうしたのシルビ!? デレ100%じゃん!!)
真面目な顔で褒めちぎられ、思わずこちらが恥ずかしくなった。
(ん? 待って……? この調子でシルビが成長しちゃうと……)
甘い言葉を囁いて色々な女性を口説くシルべアンの姿が思い浮かび、赤かった少女の顔は真っ青に早変わり。
「シ、シルべアン君、そういうことはあんまり言わない方がいいと思うよ……」
やんわりと言ってみたものの、本人は全くピンときていないよう。
「何でだ?」
「それは……」
「それは?」
「シルビの顔が良すぎるからよ! かっこいい顔でそんな事言われたら誰でも惚れるに決まってるでしょ〜!」
その瞬間、シルべアンが固まった。
凍りついたようにアリステラの事を凝視している。
「……お前も?」
「え? 私は大丈夫よ! だって私はシルビのお姉ちゃんみたいなもんだからね!」
(育て方間違えた? 遊び人とかにならないといいけど……)
真剣にシルべアンの将来を案じていた少女は、少年がすっかり落ち込んでいることに全く気が付かなかった。
♢♢♢
「ねぇシルビ……私が閉じ込められてから何日経った?」
体力温存の為、床に寝っ転がっているアリステラ。
「五日と半日ぐらいじゃないか?」
アリステラとは反対に、シルべアンは元気そのものだ。
(五日……え、何、私忘れられた?)
いつもなら三日経つと必ず出してもらえたはずなのに、今日で推定5日(ここには窓がないのでシルべアンの体内時計)が過ぎる。
閉じ込められるだけならまだいいのだが、食事が一回も運ばれてこないのだ。
ちなみに死なない程度の水は与えられている為、完全に意図的であろう。
「ごめんねシルビ……私のせいであなたまでご飯なし……」
こんな時でも食事1番か、と若干憐れみの視線を少女に送るシルべアン。
「……別に大丈夫だ。前にも飯が来ない事はあったから」
言ってから、失言だったことに気がついたシルべアンは思わず口を押さえた。
そしてアリステラの瞳がギラリと鋭くなる。
「何あの伯爵そんな事もしてたの? ここから出たら一発ぶん殴ってやりたいわ」
「そんな事したらまたここに逆戻りだぞ?」
「ご飯が出てくるならそれも悪くないかもね……」
「バカだろ」
この時はまだ、あははと笑い合うぐらいの力は残っていた。
だが、アリステラの体に異変が出始めたのは、七日目のこと。
「おい、震えてるぞ? 大丈夫か?」
明らかに顔は青ざめ元気がなくなった少女。
「大丈夫だよ」
力無く笑って見せたアリステラを見て、少年は奥歯をぎりっと噛み締める。
だが、シルべアンは足枷のせいで助けを呼びに行くことすらできないのだ。
それから更に二日後、意識を失ったアリステラと、シルべアンのもとに訪れたのはヴォルフ・ブラックウェル公爵だった。
「何でお前がここにきた?」
ギロリとヴォルフを睨みつけるシルべアンに対して、ヴォルフはあくまで義務的に接する。
「私はお前に会いにきたのではない。その子に会いにきたんだ」
ヴォルフが目線を向けたのはアリステラだった。
「は?」
「その子と会う約束をしていたが、数日経っても来なかったから様子を見にきた。といっても話せるような具合ではなさそうだが」
呆然としているシルべアンに目を向けたヴォルフは少年に向かって何かを投げる。
少年がキャッチしたものは二本の小さな鍵。
一つは手錠の鍵、もう一つはアリステラがいくら探しても見つからなかった足枷の鍵だった。
「帰るぞ」
シルべアンが手錠と足枷を開けている間に、アリステラを抱き上げたヴォルフ。
「待て、リーシャは俺が持つ」
シルべアンにとってアリステラは唯一無二の愛する存在。
いくらヴォルフといえど任せておけない。
立ち上がった少年がそう告げると、ヴォルフは初めてシルべアンをまじまじと見つめた。
「……好きにしろ」
ヴォルフから小さな少女を受け取ったシルべアンは、約1年ぶりに地下室の外に足を運んだ。
♢♢♢
(ここは……伯爵邸の廊下?)
なぜか無表情で棒立ちしている『アリステラ・セニーゼ伯爵令嬢』。
何度も通ったこの場所が、今は異様なほど不気味に感じられる。
「キャー!!」
「グアッ!」
「うわーーーー!!」
聞こえてくるのは悲鳴や金切り声ばかり。
(何、何が起こっているの!?)
状況が把握できずとも、逃げなくてはいけないことだけは分かる。
が、体が全く動かない。
そうしているうちに、どんどん悲鳴が近づいてくる。
やがて彼女の目の前に姿を現したのは、原作そのものの冷たい瞳をした『シルべアン・ブラックウェル公爵』。
(シルビ? 血まみれ? なんで……? シルビはもうラスボスにならないはずなのに……)
「お前との約束はこれで果たした」
感情のこもっていない声でそう告げたシルべアン。
(約束? 何のこと……?)
次の刹那シルべアンは、アリステラ目掛けて大きく剣を振りかざした。
(やめて、シルビ!!)




