シルべアンの父親
ここは王宮。
時は流れ、パーティーが始まってしばらくが経った。
(足痛い。疲れたぁ……このケーキうまっ。シルビにも食べさせてあげたかったな)
無事皇帝一家への挨拶を終えたアリステラは食事スペースでスイーツを頬張っている。
ちなみに主人公のギルバートと言葉を交わしてアリステラが思ったのは、うちのシルビが1番可愛い、の一言に尽きた。
(それにしても、なんでかマナー完璧なんだよねぇ)
前世の記憶を思い出す前に特段勉強していた訳でもないのに、食事作法もカーテシーも相手を感心させるほどに美しい。
体に染み付いているマナーをアリステラは転生バフだと楽観的に考える事にしていた。
(あら、可愛い。ギルバートとイザベルじゃない)
アリステラが目を向けたのはホールの中央でダンスしている少年と少女。
ギルバート・アーガスとイザベル・ファラーの2人だ。
第一皇子と侯爵令嬢。
後に婚約することとなる2人。
そして、物語の主人公と悪役令嬢。
イザベルはヒロインのセシルに度を超えた嫌がらせをしていたことが発覚し処刑される、お約束の展開。
(あの2人、あんま仲悪そうには見えないんだよねぇ……)
ダンスをしている2人の顔は穏やかで、まるで兄弟のよう。
お互いがお互いを大切に思っていることが目に見えて分かる。
(━━あ、あの人いた!)
しばらくぼんやりと2人を眺めていた少女だが『ある人物』を見つけると、手に持っているシュークリームを急いで口に詰め、『彼』の後を追いかけた。
♢♢♢
(待って……! 歩くの速いよ……)
ちょうどよく『彼』が会場から出たのはいいものの、なかなか追いつく事ができない。
(やばい、見失っちゃう!)
焦りから、頭が真っ白になってしまった少女。
「……おとうさま!!」
『彼』を引き止めるために口走った言葉は、さらに自分の頭をパニックにさせるようなものだった。
(あぁ、死んだかも……私のお父さんじゃないのにぃ! ばかぁぁぁぁぁ!)
思わず止まってしまうアリステラの足とは反対に、『彼』は振り向き、ゆっくりと少女に近づいていく。
「私はお前の父親ではないが?」
背筋が凍るほどの冷たい声に、少女の顔が青ざめた。
「……その通りです……」
ドレスの裾をぎゅっと握りしめた少女はプルプルと震えている。
「ではなぜ私を父と呼んだ?」
アリステラの様子を知ってか知らずか、『彼』の表情はピクリとも動いていなかった。
(なんて答えたらいい? 正直に言うべき? でも、この人がシルビを心配してるようには思えない……)
『彼』に会ったら何を話すかシミュレーションしていた筈なのに、いざとなると全て消え去ってしまった。
だが『彼』に睨まれた事により、無言でいるのが1番マズいと感じる。
「……貴方がシルビの父親だからですぅ!!」
広い廊下に少女の声が響き渡る。
周りに『彼』以外誰もいなかったのは不幸中の幸いだろう。
「? お前はあの子の婚約者にでもなったつもりか?」
シルべアンと同じ、銀髪に赤い瞳を持つヴォルフ・ブラックウェル公爵。
シルべアンの父親。
彼の瞳はシルべアンより何倍も鋭くて、冷たくて、そして恐ろしかった。
「まさか、我が子同然に可愛がってるシルビと婚約だなんて」
(怖がりすぎて落ち着いてきたわ……)
一度大きく息を吸って気持ちを整えたアリステラは、凛とした瞳でヴォルフのことを見つめる。
「公爵様、シルビ……シルべアン様の事で耳に入れておいてほしい事があります」
「何だ?」
「伯爵が…うちの父親が……シルビに暴力を振るうんです………鞭で打ったり、殴ったり…………」
話しているうちに涙が溢れ出てしまった。
これはシルべアンの境遇に対する悲しさと、この人がシルべアンを救ってくれるだろうという安堵から来たものだった。
だがアリステラの思いは、いとも簡単にヴォルフによって裏切られる。
「それがどうした?」
「……は?」
「あの子の現状なら理解している。それは弱いあの子が悪いのだろう」
(何ですって……? 貴方はシルビの親でしょう?)
アリステラは、人一倍親の愛というものへの憧れが強い。
「親なら優しく名前を呼んでくれて……ぎゅっと抱きしめてくれて……子供が困っていたら必ず助けてくれて……」
これは少女の願い。
今も昔も叶うことのなかった願望。
「私とあの子はそんな仲ではない」
「……貴方はシルビを愛していないのですか?」
そう言った少女はどこか縋っているようであった。
きっと否定して欲しいのだろう。
そんなことはない、親は子を愛する生き物なのだと。
「あぁ、どうせ義務で作った子供だからな」
その瞬間、アリステラの瞳が絶望に染まった。
『義務で作った子供』それは前世で少女が言われていた事と全く同じだった。
少女はその時、自分が何でシルべアンに固執していたか理解する。
(私はシルビを自分と重ねてたのね……勝手にシルビの心の扉をこじ開けて……なんて自分勝手なの……)
「リーシャ」とぎこちない笑顔を見せるシルべアンの姿が脳裏に蘇る。
何だかんだ優しいシルべアン。
子供なのに心に闇を持っている小さな男の子。
大好きな大好きな私のシルビ。
「もういいか?」
感情のこもっていない声でそう言われ、少女は顔を上げる。
そして、ヴォルフのことをギロリと睨みつけた。
「このバカ野郎! 私だって好きでアンタ達の元に生まれたんじゃないのよ! 愛す愛さないはともかく、もっとちゃんと向き合いなさいよ! あほぉぉ」
うわーんと声を上げて泣き出したアリステラ。
それは前世、少女が両親に言いたい事だった。
(前世では全然言えなかったのに……シルビの為なら言えるのね……)
ヴォルフがゆっくりとこちらに近づいてくる。
「明日は暇か?」
「へ? はい……」
「なら明日公爵邸まで来い。そこで詳しい話を聞こう」
(はぁ? どういう風の吹き回し?)
公爵の変わりように驚くが、彼が先程の言葉に心を動かされたとは到底思えない。
「わかりました……」
アリステラが了承するとヴォルフは満足そうに歩き出す。
(えっ? ちょ、どこ行くの!?)
少女が訝しげにヴォルフを睨みつけると、彼が付け加えた。
「送っていく」
「あ、はい……」
返事をしてから気がつく。
彼が向かう場所なんて、パーティー会場しかないことに。
(ちょっと待って! この人と会ってることバレたら絶対伯爵に怒られる!!)
「は、離してください! 1人で戻れます!」
ジタバタと暴れるが、びくともしない。
(シルビの力の強さは父親譲りね。……って今そんなこと気にしてる場合じゃない!)
「暴れるな」
「離してぇ! てか人の心無い貴方が何でこんな無礼な子供送るんですか!?」
「そう習った。……無礼な自覚はあるのだな」
フッと笑ったヴォルフ。
結局こアリステラはこのまま彼に連れられ会場まで戻った。
♢♢♢
「うぎゃ!?」
伯爵家、激昂している伯爵に連れられアリステラは地下室に押し込められた。
(投げんなよ……)
バタンっと勢いよく閉められた扉を尻目に、立ち上がる少女。
「リーシャ?」
シルべアンが心配そうにアリステラの元へ駆け寄った。
「あ、シルビ。久しぶり、会えて嬉しいなぁ」
必死に笑顔を作った少女を見て、ぐっと唇を噛み締めるシルべアン。
「……に……だ?」
「へ?」
「誰に泣かされたんだ?」
殺気は漏れだし、声は唸り声のように低く、鬼の形相。
(公爵の方が10倍怖いわ〜)
ついさっきまでヴォルフと対峙していたアリステラにとって、少年は比にならない。
「前世の私の両親かなぁ」
「……まだその設定続けてたのかよ」
思わず毒気が抜かれてしまったシルべアンは少し顔を和らげた。
「設定じゃないし」
「あぁ、分かった分かった。んで、今度は何して閉じ込められてんだ?」
「シルビのお父さんに助けてって言ってきたの」
その刹那、シルべアンの表情が凍りついていった。
アリステラが、少年に父親の話は禁句だったことを思い出したのはそれからすぐのことだった。




