うちのシルビかわい〜
(なんでこんなに胃袋ちっちゃいのよーーー!!)
前世と違って今は子供。
それに加えてアリステラは元々食べる量が少なかったのだ。
結局、半分も食べないうちに満腹になってしまった少女は、もう半分をシルべアンに食べてもらったのだった。
♢♢♢
アリステラが外に出られたのは3日後だった。
気怠げなメイドに連れられた少女は、ようやく自分の部屋へと帰る。
自分の部屋といっても屋敷の端にある小さな部屋だが。
(そういえば首の痣ってどんな感じだろ?)
ふと鏡に映る自分を見つめた少女。
「あ、ふぇ、ば……!?」
アリステラはポカンと口を開けたまま動かない。
もしシルべアンがいたら阿呆みたいだと馬鹿にされることだろう。
「か、可愛すぎんですけどーー!!」
光の束を集めたかのように輝く金髪、エメラルドを埋め込んだかのような瞳。
前世を思い出す前は普通だったこの姿も、今ではとても愛らしく感じる。
アリステラは鏡に映った自分の顔を見て思わずニヤけた。
(モブの私がこんなに可愛くていいの!?)
この世界の顔面偏差値に一瞬疑問を抱いた少女だったが、すぐに鏡に映る自分に気を取られる。
この後小一時間ニマニマと鏡を見続けるアリステラだった。
♢♢♢
それから半年が経ち、アリステラとシルべアンは8歳になった。
「マークさん、ご飯一人前ちょうだい!!」
昼前頃、いつも通り厨房に入ってきた少女、アリステラが料理長のマークに声をかける。
すると鍋を煮詰めていたマークが振り返って笑顔を見せた。
「はいよ。今日も愛猫に会いに行くのかい?」
「うん! そうだよ!」
(私の大好きなシルビにね!)
少女の脳内には猫耳をつけたシルべアンの姿が妄想されていた。
マークが料理を盛り付けているところを、ウズウズとしながら待っている。
「はい、どうぞ」
料理が乗ったトレーをアリステラに渡したマーク。
「ありがとう!」
パァッと顔を輝かせた少女はお礼を言うと、バタバタと厨房を後にする。
「走ると転ぶぞ〜」
なんて言うマークの忠告はもちろん耳に入らなかった。
♢♢♢
ゆっくりと地下に続く階段を駆け降りたアリステラは目の前にある小さな扉を開ける。
「シルビ!!」
そのままシルべアンの元まで辿り着くと、トレーを少年の前に置いたアリステラはちょこんと少年の隣に腰掛けた。
「リーシャか。相変わらず元気だな」
皮肉めいたことを言いながらも、あからさまに表情が明るくなるシルべアン。
「何よ? バカみたいって言いたいの?」
「あぁ、そういえばバカは風邪ひかないって言ったか」
「どうせシルビも風邪ひいたことないでしょ。それじゃ2人揃ってバカじゃない」
「フッ……確かにそうかもな」
顔を見合わせ、あははと笑い合った2人の仲はとても親密そうに見えた。
この半年間、足繁くシルべアンに会いに来たアリステラの努力の賜物である。
「ほら、冷めないうちにご飯食べてよ」
「ああ」
シルべアンがパクパクと口に料理を運ぶ。
(あ〜、うちのシルビかわい〜 ━━きっとシルビはもうラスボスにはならないわ。)
一見変わらないように思えるシルべアンの表情も、アリステラはしっかり変化が分かる。
小説通りの『残酷無情な暴君』のシルべアンは、もうどこにもいないだろう。
温かい目で少年を見つめたアリステラの瞳は少しだけ、ほんの少しだけ潤んでいた。
「……どうしたんだ?」
スプーンを運ぶ手を止め、ギョッとした顔で少女を見つめるシルべアン。
「ん? 何でもないよ!」
慌てて笑顔を作ったアリステラは、話を変えようと思い、ピシッと人差し指を突き立てた。
「そうだ! この料理をくれたのは、料理長のマークさんって人だからね! 絶対感謝してね。絶対だよ!」
アリステラはこの事を毎日繰り返しシルべアンに聞かせている。
(この家で私に優しくしてくれるのはマークさんだけだもん……マークさんには絶対死んでほしくないから……)
もし予定通りに『セニーゼ伯爵家大量虐殺事件』が起こったとしても、恩があるマークをシルべアンが殺さない事を願って。
「ああ、わかったから……」
鬱陶しそうに返事をしたシルべアンは、少女がどこか悲しげな顔をしている事に気づかないフリをした。
きっと、慰め方がわからなかったのだろう。
♢♢♢
「おいしかったでしょ〜?」
「まぁな」
シルべアンがご飯を食べ終えると、アリステラはポケットから小さな鍵を取り出した。
これは、シルべアンの手錠の鍵である。
(手錠の鍵は分かりやすいところにあるのに、足枷の方は場所すらさっぱりなんだよねぇ……)
アリステラの父親でもあるセニーゼ伯爵は、シルべアンを鞭打ちして笑っていた、あの男だ。
セニーゼ伯爵は、週に一度くらいの頻度でシルべアンに暴力を振るっていた。
これでも今は少ない方で、最初の方は毎日のように行われていたのだ。
しかもタチが悪く、シルべアンにできる傷を確認したいのか、少年にトップスを脱がせる。
手錠の鍵はいつもこの場面で使われていた。
「キズ痛む?」
シルべアンにトップスを脱いでもらい、少年の背中に薬を塗るアリステラ。
「まぁ、痛いな」
(正直に答えてくれた……成長ね)
こう言う小さな変化一つでも、アリステラの胸は嬉しさでいっぱいになる。
だが、シルべアンが傷つくことは嫌な為、少し複雑な気分だ。
「ごめんね……何もできなくて……」
セニーゼ伯爵はシルべアンを虐める時、必ず子供達も連れてくる。
その場にいても見ていることしかできないアリステラには罪悪感だけが溜まっていくのだ。
「……お前だって庇ってくれる時あるだろ。余計なお世話だけどな……」
その通り、見るに耐えないほどの拷問が行われていると、アリステラは咄嗟に間に割って入ってしまう。
すると伯爵がアリステラを一発殴ってそのまま引き上げるので、正直少女にとってはこちらの方がいい。
(それでも傍観者でいることの方が多いのに……)
「うん……」
少女が暗い声で返事をすると、シルべアンが振り向いた。
「……バカ野郎。お前は能天気でいるのが1番なのに……」
恥ずかしくなったのか、すぐさまそっぽを向いたシルべアン。
シルべアンのその一言だけで、アリステラには元気がもどる。
(可愛い……!)
「そうでよね〜。やっぱり元気な私が1番だよねぇ」
「……からかうな」
「からかってないよ?」
「からかっている」
しばらくそのやりとりが続いたが、アリステラは耳がまっ赤なシルべアンの後ろ姿を愛おしそうに見つめていた。
「……ねぇシルビ?」
薬を塗り終えた頃、ボソリと呟いたアリステラ。
「何だよ? まだからかうつもりか?」
「ううん。……ありがとね」
そう言った少女の笑顔は、晴れ晴れとしていて、年相応のものであった。
この日の夜、アリステラには主人公と悪役令嬢の2人と顔を合わせる機会が舞い込んだ。