はなして……って…言ってるでしょ!!
グッとアリステラの首に触れるシルべアンの両手に力がこもる。
「は…な…して」
(声かけただけなのに……なんで首絞めるのよ!? 痛い……)
必死にシルべアンの腕を引き剥がそうとするが、予想外に強い少年の力のせいでびくともしない。
「お前に聞きたい事がある」
グッとこちらに顔を近づけたシルべアンは至って平然としていた。
まるで、人を傷つけることに悪気を持っていないかのように。
(こんな時に質問!? 答えれるわけがないでしょ!)
少女は、シルべアンのことをギロリと睨みつける。
「はなして……って…言ってるでしょ!!」
叫んだと同時にアリステラは目の前の少年の整った顔めがけて、思いっきり頭突きをした。
━━ゴツン!!━━
小さな部屋に鈍い音が響く。
痛みからか驚きからか、シルべアンの手に込められた力が少し緩んだ。
その瞬間を逃さずにアリステラはドンっと少年を突き飛ばす。
そして、即座に部屋の端まで逃げ込んだ。
はぁはぁと息を切らしながらぴたりと壁に背中をつける。
(ここまでは来れないでしょ……━━今だけはあの足枷に感謝だわ)
先程まであんなに嫌っていた拘束道具に命を救われるとは。
(ていうかこの世界で暴力って普通なの? もしかして、私の方が頭おかしい!?)
常識という概念が分からなくなってきたアリステラは、一旦考える事を放棄した。
程なくして、突き飛ばしてしまった少年を案ずる。
「あー、えっと、ごめんなさい?」
「別に悪いと思ってないだろ」
怪我をしているのに容赦がなかっただろうか? そんな考えはこの一言で一瞬にして吹き飛んでしまった。
(ちょっとは悪いと思ってたわよ。ちょっとは)
プルプルと顔が引き攣っていくアリステラをよそ目に、シルべアンは小さくあくびを漏らす。
(いや、さっき私死ぬとこだったのに……━━あー、なんかもうどうでも良くなってきたわ。そっちがそうなら私も勝手にさせてもらうわよ)
一周回って落ち着いてきたアリステラ。
いちいち突っ込む気力もなくなった。
「ねぇ、さっき言ってた私に聞きたいことって何?」
するとシルべアンがこちらを向いた為、自然と2人の目が合う。
瞳を鋭くした少年にアリステラは思わず少し怖気付いてしまう。
「あぁ……━━お前は誰だ? 俺の知ってるアリステラ・セニーゼじゃないだろ」
「えっ?」
少しの間、部屋に沈黙が広がった。
(うーん、どうしよう? まさかこの子にそんなこと聞かれるとは)
予想もしていなかった質問にアリステラは少し考え込む。
しばらくして顔を上げた少女はにぱっと笑みを浮かべた。
「前世の記憶でも思い出したんじゃない?」
「は?」
馬鹿にされたと思ったであろうシルべアンには明らかに怒りが感じ取れる。
(本当のこと言っただけなのに。顔めっちゃ怖いんですけど)
恐怖は感じるが、少年が絶対にこちらまで辿り着けない今、焦りはない。
「ていうか私が誰であろうと君には関係ないでしょ?」
ニコッと微笑むアリステラに対して、シルべアンの怒りは増すのみ。
「ふざけてんのか?」
心なしか、声のトーンが少し下がった気がするのだが。
それはともかく……。
(怒らせすぎた……)
今になって焦り始めるアリステラ。
シルべアンはというと、今にも鎖を引きちぎってこっちに向かって来そうな勢いだ。
「そ、そんなに怒んないでよ! 本当だもん! 本当に前世思い出したんだからぁーー!」
子供みたいに喚く少女を見たら、シルべアンは冷静になる他なかった。
「あぁ、わかったから。……うるせぇ」
「……ごめん」
遅れて羞恥が押し寄せてきたアリステラはブワッと顔を赤らめる。
(恥ずいよ恥ずいよ、マジ恥ずいよぉぉぉ!!)
♢♢♢
しばらくの間自分の行動を後悔していたアリステラと、ジタバタと暴れている少女を面白そうに眺めていたシルべアン。
「ねぇ、さっきはなんで首絞めたの?」
何とか黒歴史? を記憶から消し去ったアリステラは再びシルべアンに訊ねる。
「人を正直にさせるにはそれがいいって教わったから」
(いや誰よ!? そんな事教えたのは!? ソイツのせいで私は死にかけたじゃないの! まだ首痛いんだけど!?)
本人は気がついていないが、アリステラの首には、しっかりと痣ができてしまっていた。
「誰? 誰に教わったの?」
スンっと瞳が真剣になる少女に少し驚いた様子のシルべアン。
「……ブラックウェル公爵」
小さくそう呟いた少年は、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
(ブラックウェル公爵? それってこの子の父親だよね? 息子になんて事教えてんのよ)
「貴方の父親がねぇ……」
何気なく発したその言葉に、シルべアンが大きく反応する。
「違う!」
「へ?」
アリステラがパッと少年の方へ視線を向けると、いつの間にか少年は立ち上がっていた。
(何? 父親になんか恨みでもあるの?)
アリステラが怪訝そうに少年を見つめていると、彼はゆっくり言葉を吐き出した。
「あんな奴父親じゃない……! 俺には家族なんかいないんだ」
大きく目を見開いたアリステラ。
シルべアンの姿が、少年そっくりの冷たい瞳をした男性と重なって見えたからである。
ヒュッとアリステラの息を呑む音が聞こえた。
「嘘だ……」
そう呟いた少女の顔は今までにないぐらい青ざめていた。
少女の体は凍り付いたかのように動けなくなる。
脳の片隅に眠っていた記憶が掘り起こされた。
この刹那、アリステラの脳裏にフラッシュバックしたのは━━。