前の世界の記憶があるのは
「出かける? もちろんいいけど、視察でも行くの?」
「いや、そういうわけじゃない。ただリーシャと二人で出かけたいんだ」
(確かに視察以外で出かけることあんまなかったもんね)
アリステラが満面の笑みで了承したことにより、数日後二人は一緒に出かけることとなった。
♢♢♢
「使い捨てカメラくださいな!!」
翌日、アリステラは魔塔に出向き、魔塔主であるルーシス・グレネルにそう告げた。
するとルーシスはまたかと言わんばかりに気だるげな表情を見せる。
「はぁ……今度はいくつ欲しいんだ?」
「んー? とりあえず100個? シルビを撮ってたらまた無くなっちゃいそうで」
カメラは元々この世界に存在しなかったが、アリステラがルーシスに投資し、魔道具として作ってもらった。
もちろん、最愛の推しを写真に残すために。
ちなみにアリステラが彼に投資したのには理由がある。
幼少期から天才だと謳われていたと原作で読んだし、何より彼が『脇役』だったから。
名前も役割もない『モブ』のアリステラと、名前はあるが大した役割はない『脇役』のルーシス。
話しているうちに少しだけ親近感が湧いてきてしまったのだ。
「あのなぁ、どれだけ使えば気が済むんだ? 俺がどれだけカメラを作ってると思ってんだ……」
(正直どれだけあっても足りないわね。シルビの写真なんてどれだけあってもいいんだから!!)
お茶会会場、自室に山ほどあるシルべアンの写真。
幼少期からの成長が目に見えて感じられる、アリステラの宝物である(もちろん本人に許可は取ってます! byアリステラ)
シルビLOVE!! な心の内はおくびにも出さずにこやかに対応する。
「あらあら、私は客としてルーシス様にカメラを求めているのです。売り上げが増えることは好ましいことでしょう?」
頬に手を添え、奥ゆかしく微笑んだアリステラは完璧なる公爵夫人であった。
だが、当のルーシスには全く通用しない。
「それはそうだが、買いすぎだ」
彼が今一度大きく息を漏らしたところで、アリステラも貼り付けた笑顔を拭いとる。
「だって……うちのシルビが可愛すぎるんですもの!! 控えめに言って神、もう尊すぎる!! あんなに可愛らしい生き物が存在してもいいのですか!?」
その後もつらつらとシルべアンについて語り出すアリステラ。
彼女が『推し』について話し出すと止まらないことを知っているルーカスは、先程中断した作業に取り掛かりながら話を小耳に挟む。
「……聞いてますか?」
そう聞きつつも、彼が話を右から左に流しているのは分かっている。
だが、素の姿で話せる人はそう多くないのだ。
ましてや、『推し』について語ることができる人など。
「あぁ、聞いてる聞いてる」
適当に答えるルーシスの後ろ姿を見て、アリステラは目を細めた。
(友達って感じ……)
「ありがとうございます ……そういえば、明日シルビと一緒に出かけるんです」
「それを自慢しにきたのか。……どう反応するのが正解なんだ? 全く羨ましくないんだが」
「えへへ、でも誰かに自慢したくて」
「……お前は本当にブラックウェル公爵が好きだな」
(確かにね……)
納得してしまったアリステラは大きく頷いた。
「アイツを可愛いだなんて言えるのはお前だけだぞ」
「えー? そんなことないと思いますよ? だってシルビが可愛いのは事実でしょ?」
実際ファンクラブもあるのだから、と豪語するアリステラに対して、ルーシスは苦い顔を浮かべる。
「……お前は人殺しを可愛いだなんて言えるのか」
そう言われ、彼女は大きく目を見開いた。
「シルビは人殺しなんてしませんよ……多分……」
アリステラは俯いた。
(私はシルビの味方でいるって決めたのに……)
言い切る事ができなかった自分が、原作のシルべアンを一瞬でも思い出してしまった自分がどうしようもなく嫌になり、下唇を噛み締める。
「……どうだかな……」
その時ルーシスは、どんな表情をしていたのだろうか。
アリステラは彼の表情を見る事が怖くて、躊躇ってしまって、どうしても顔を上げることができなかった。
アリステラが部屋を去って少しした後、ルーシスは小さく呟く。
「前の世界の記憶があるのは、シルべアンかアリステラか。……そもそも『アリステラ・セニーゼ』は何者なんだ……? 『アイツ』の味方じゃなきゃいいが……」
その声は、先程話していた時より数倍低く、鋭かった。
アリステラが見た事もないほどに真剣な顔つきをしたルーシスは考え込みながら、カメラの制作を始めた。
♢♢♢
「わぁ、シルビこんなお店知ってたんだ」
(きっとめっちゃ調べただろうなぁ)
シルべアンに出かけようと言われて数日が経ったこの日。
彼に連れられてアリステラがやってきたのは、最近巷で有名になっているスイーツ店だった。
「リーシャは甘いものが好きだから」
そう言って微笑んだシルべアンは、今日も可愛い。
ズキュンと胸がときめいたアリステラは頬をほころばせる。
「ありがとう、シルビ」
店に入ったアリステラはすぐに違和感に気がついた。
いつもは満席のはずなのに、今日はアリステラ達以外誰もいない。
おまけに店員達がやたらとシルべアンに気を遣っているではないか。
(買収したなこの店……)
まぁ、今までのことに比べればスイーツ屋の買収などまだ軽い方だろう。
苦笑する彼女を見て、シルべアンが不思議そうな顔を見せる。
「どうかしたか?」
「何でもないよ」
その勢いのまま、目の前に置かれたケーキを頬張ったアリステラ。
口に広がる甘みのおかげかせいか、いつでもこの味を食べることができると思うと、嬉しくなってしまう。
しばらく無心でケーキを頬張っていると、ようやくシルべアンの視線に気がついた。
向かいに座っている彼の老若男女を虜にしてしまうような甘い笑みを浮かべている。
(……かっこいいし可愛い……)
吸い寄せられるようにシルべアンを見入っていると、彼の口が開いた。
「美味しい?」
「あ、うん。美味しいよ、ありがとう」
「よかった」
今日のシルべアンは何かが違う、そう思った。
具体的に何かと問われると答えることはできないが、確かに違うのだ。
きっとからかっても何も出てこないだろうし、勝つこともできない。
(もう……なんなのよ……!)




