主人公&ラスボス
「シルべアン? ちょっと聞きたいことがあるんだけど?」
アリステラとイザベルが女子会へ向かった直後、ギルバートは冷ややかな笑みをシルべアンに向けた。
「何だ?」
ギルバートをチラリと一瞥したシルべアン。
アリステラと離れているせいか、明らかに落胆が見て取れる。
その様子を見たギルバートは小さくため息を漏らす。
(シルべアン、アリステラ嬢のこと好きすぎでしょ。いつか彼女の為にどっかの国でも滅ぼしそうで怖いんだけど)
ちなみに原作小説の主人公、ギルバートは腹黒キャラ。
穏やかな笑みとは裏腹の辛辣な心の声。
彼がピクピクと頬を引き攣らせている所を眺める度に、アリステラは(周りにいい顔しないといけないのは大変だねぇ)などとこっそり同情していた。
(今まで多めに見てきたけど流石に『アレ』を許すわけには……)
「アリステラ嬢が膝に乗せてたのって、最上位魔物だよね?」
真っ白な猫のような容姿に一本のツノ。
なぜか小さくなってはいるが、間違いないだろう。
皇宮内でも度々会議の話題に上がるぐらい問題視していた魔物が、なぜ今公爵家にいるのだろうか。
頭が痛くなるが、ギルバートの笑みはまだ保たれている。
「あぁ、それがどうかしたか? 魔力抑制首輪もつけているから問題はない」
平然と答えるシルべアンのせいで、遂に我慢の糸が切れた。
(いつもいつも問題ばっか持ってきやがって……)
ある時はデビュタント時期の前に王都中のドレスを買い占めたり、またある時はアリステラを口説いていた他国の王子を脅したり。
普段は頼りになるが、アリステラの事となると頭のネジが外れるシルべアン。
その後始末を任されるのはいつもギルバートである。
「問題大有りだよ。何で魔物がアリステラ嬢のペットになってるのさ?」
甘いマスクは消え去り、声のトーンも下がったギルバート。
「ペットというより護衛だな」
シルべアンが大真面目に訂正すると、余計に苛ついてくる。
(どっちでもいいんだけど)
暴走したシルべアンを止められるのはアリステラだけ。
この事はギルバートが1番よく理解していた。
『公爵夫人が魔物を飼ってるだなんて話、絶対社交界でいいように噂されるよ。それで傷つくのはアリステラ嬢だ』
と諭そうとしたが口をつぐむ。
『そんな奴俺が処理すればいい』
と言われるのが目に見えているからだ。
先ほどよりも大きなため息をついたギルバートは、『あの話』を思い出す。
「そういえばシルべアン、アリステラ嬢と離婚するの?」
「は? 何でそう思ったんだ?」
シルべアンがギルバートに詰め寄った。
♢♢♢
およそ3週間前の話、皇宮内にて。
「こんにちは。今日はお時間を取っていただきありがとうございます」
他所行きの笑顔を浮かべるアリステラ。
イザベルやシルべアンが一緒ならよく話をするものの、アリステラとギルバート二人だけの絡みというのは今までほとんどなかったからだ。
「大丈夫だよ。特に忙しかったわけでもないからね」
(アリステラ嬢が一人で訪ねてくるだなんて何の用だ? 夫同様に面倒事を持ち込んでこないといいが……)
ギルバートも上部だけの笑みを浮かべながら、アリステラをソファーに勧める。
猫と狸の化かし合い。
ギルバートの笑顔が偽物だと知っているアリステラの方が一枚上手ではあるが。
「今日はどのようなご用件で?」
「……実は、離婚届を手に入れたくて……」
(あんな仲良いのに何で離婚? 痴話喧嘩でもしたのか?)
一瞬冗談かとも思ったが、目の前のアリステラの様子からして、彼女は本当に離婚しようとしているのだろうと結論づける。
「えっと、理由を伺っても?」
「約束は守らないとでしょう。これは、契約結婚だったので……」
そう言ったアリステラの表情からは、わずかに悲しさが感じ取れた。
ギルバートは少しだけ目を伏せる。
(本人は自分がそんな顔してる事気づいてないだろうな)
自分に対しても他者に対しても鈍感なアリステラと彼女が絡むと慎重なシルべアン。
きっとどこかですれ違いが生じてしまったのだろう。
シルべアンの親友として、どうにかしようと一瞬考えたギルバートだったが……。
(僕がどうにかするしかないのか?……いや、よく考えたらアイツがアリステラ嬢との離婚を認めるわけないじゃないか。むしろこれはシルべアンが解決しなきゃいけない問題だ)
顔を上げたギルバートは優しく微笑んだ。
「分かった。離婚届は僕が手配するよ」
「ありがとうございます」
アリステラはペコリと頭を下げる。
それから少し雑談を続けた二人だったが、シルべアンが帰ってくるまでに帰りたいというアリステラの要望ですぐにお開きとなった。
「殿下、シルビとこれからも仲良くして頂ければ幸いです。それと、ルルには優しくしてあげてくださいね」
去り際、アリステラは静かにそう言い残した。
これは、シルべアンとイザベルを原作通り死に追い込むな、というアリステラからのメッセージであり、願いだった。
もちろん原作通りに進む可能性はゼロに等しいだろうが、不安なものは不安である。
(? もちろんそのつもりだが……)
アリステラが見せた儚げな顔を思い出しながら、ギルバートは彼女の言葉に隠された深い意味を考えていた。
♢♢♢
「シルべアン、アリステラ嬢に『好き』って言ってないでしょ」
ギルバートに指摘されたシルべアンは苦虫を噛み潰したような顔をする。
「……リーシャに拒絶されるのが怖い」
(そんな事あるわけなくない? あのアリステラ嬢だよ?)
彼女がシルべアンに抱いている気持ちが親愛だろうが、恋情だろうが、シルべアンを拒絶する事はしない、いやできないだろう。
もはや呆れているギルバートは、本日何度目かのため息を漏らす。
「はぁ……アリステラ嬢は鈍いから、言葉にしないと伝わんないと思うよ」
しっかりシルべアンと目を合わせ言葉を紡いだギルバート。
するとシルべアンは自嘲気味に笑って見せた。
「言葉にしても伝わらなかったこともあるけどな」
しばらく沈黙が続いたが。
「……まぁ、参考にはする」
と、シルべアンが小さく呟いたのを聞いて、ギルバートは笑みをこぼした。
それからアリステラ達が帰ってくるまで、二人の会話は途切れなかった。
事業についての話などをすることもあったが、雑談もする。
悩みを打ち明けられるくらいには、シルべアンにとってギルバートは親しい友人に含まれていた。
そして、その事に気がついていたアリステラはそれが嬉しくてたまらなかった。
♢♢♢
その日の夜、ネグリジェ姿のアリステラはベットに寝転んでいる。
「今日も楽しかったなぁ」
暗闇の中、小さくあくびを漏らしたアリステラは隣のルアンを見て、微笑んだ。
丸まって寝ている猫はとても可愛らしい。
(もう原作みたいな結末にはならないよね)
セシルとギルバートが顔を合わせても何も起こらなかったし、皆の仲も良好。
そのおかげで、アリステラは安心しきっていたのだ。
原作のような出来事はもう、起こらないのだと。
(このまま幸せが続きますように)
幸せな気持ちのまま眠りについたアリステラだったが、久しぶりに『あの夢』を見る事となった。
「うーん……うぅ……」




