ヒロインとの出会い
10歳の頃、アリステラとシルべアンは次期当主の仕事として、孤児院の視察に来ていた。
「孤児院ねぇ、不正が発覚するのがテンプレでしょ?」
「テンプレ? バレたら殺されるで済まないんだから不正なんてしないんじゃないか?」
「まぁ確かに本当に不正なんかしてたら許せないよね」
馬車の中で二人はそんな話をしていたのだが……。
(はい、テンプレきましたねこれ……)
孤児院に着いてみると、明らかに高級そうなブローチをつけているお金にがめつそうな院長。
その後ろでは、どこか怯えてる様子の、痩せていて質素な服を身に纏った子供たち。
アリステラは頭を抱えて「はぁ」っとため息をつく。
(何とかシルビに伝えなきゃ)
チラリとシルべアンに目配せをすると、少年はしっ、と人差し指を口に当てた。
不敵な笑みの少年を見て、アリステラもニコッと笑う。
(多分シルビも気づいてるね。なんか考えがあるのかな?)
「訪問を受け付けてくれて感謝する」
「いえいえ、むしろこんな所にまで足を運んでくださりありがとうございますぅ」
「早速だが中を見て回らせてもらえないか?」
「もちろんですぅ。ご案内を……」
「いや、其方も忙しいだろうから結構だ。リーシャと二人で勝手に回る」
提案を一蹴したシルべアンはアリステラの手を引いて、院長の止める声も聞かずに歩き出した。
「本当にしてたな、不正」
「ね、やっぱシルビも気づいてたんだ」
「あんなあからさまで気づかない方がおかしいだろ」
こそこそと声を潜めながら相談を始めた二人。
(今まで読んだ小説の知識が役に立つ時……!)
現実逃避として前世に読んできた小説たちは、決して無駄なんかじゃなかったのだ。
「やっぱここは院長室の鍵付き引き出しとかじゃない?」
「何がだ?」
その問いにアリステラはふふんっと意味ありげな笑みを見せる。
「裏帳簿だよ。だから今のうちに忍び込んでちょちょいと……」
「尾行されてるけどな」
驚き、思わず振り返りそうになった少女は、すんでのところでシルべアンに止められた。
「あ、ありがと。不正がバレてることあっちに知られたくないもんね」
その時、後ろからバタバタっと走る音が聞こえた。
振り向くと、一人の少女が必死の形相でこちらに向かってくる。
後ろで院長が慌てていることから、予想外の出来事なのだろう。
(あ。振り向いちゃった……)
ガーンと落ち込むアリステラだったが、隣のシルべアンも振り返っていることを確認し、気を取り直す。
「次期公爵さま!!」
その少女がもう一足で二人の元まで辿り着くというところで、少女の背後からガバッと院長が現れた。
「申し訳ありません。教育がなっていないものでぇ」
その少女を持ち上げた院長は、少女が「離してぇ」と暴れている事に構わずシルべアンの機嫌を取ろうとする。
「あぁ、だ……」
「違うよ! 院長全然優しくないよ! いつも殴ってく……」
院長が少女の口をガバッと押さえつける。
その様子を見たアリステラの中の我慢の糸がプツリと弾け飛んだ気がした。
(殴る? 嘘でしょ……? そんなことまでしてんのコイツ)
どんどん表情が険しくなっていくアリステラ。
アリステラは院長を見上げると、ニコリと冷ややかな笑みを浮かべた。
「院長様、いくつか確認したい点があるのですが」
「何でしょうか? 次期公爵夫人さまぁ」
ヘラヘラとしている院長を、アリステラは怒りのこもった瞳で睨みつけた。
「子供を殴るんじゃないわよ、このクズ」
「なっ、決してそのようなことは……」
図星の院長は、パッとアリステラから目を逸す。
「さっきその子が暴れてる時に見えちゃったんだけどその痣、アンタがやったんでしょ?」
「ちが……」
「私の周りにもいたのよ。子供をいじめるクズ」
そう言いながら、今世の父親でもあったセニーゼ伯爵を思い出す。
裁判の判決が出た時、アリステラはまだシルべアンに外出禁止を言い渡されていた為、どうなったのかは知らないが、きっと重い罪を言い渡されたのだろう。
(つくづくついてないわね、私)
なんてことを考えてると、院長が抱えていた少女を放り出した。
そして、狂気に満ちた目で一直線にアリステラの元へ向かってくる。
しかも、どこに隠し持っていたのかナイフまで手に持って。
「へ?」
(嘘でしょ、こんなとこで死亡エンド!?)
などと一瞬考えたアリステラだったが、すぐにシルべアンの存在に気がつき、安堵する。
「リーシャ!」
シルべアンがそう叫んだ直後だった。
少年が魔法を使い、院長を氷漬けにしたのは。
(うわー、えげつな! 流石はシルビね……)
氷漬けの院長を白い目で見たアリステラは、直後シルべアンにグイッと後ろに引っ張られる。
「危ないから下がってろ。アイツがまたリーシャを襲うかもしれない」
「いや、もう動けないでしょ……」
「俺ならあんなの3秒もあれば溶かせる」
(それはシルビが天才なだけだって……私は一生かかっても無理だし……)
改めてシルべアンの凄さを認識したアリステラは優しく微笑み、少年を宥める。
「大丈夫だよ。どうせあの院長私並みの魔力しかないんだから」
はははと乾いた笑いを浮かべるアリステラを見て、シルべアンの顔が少し引き攣った。
「……魔力が少なくてもリーシャはリーシャだぞ」
「そうですねぇ、私は私だもんねぇ」
二人はすっかりいつもの調子が戻り、軽口をたたき合う。
(あ、そういえばあの子大丈夫かな?)
尻もちをついて呆然としている少女に歩み寄るアリステラ。
「大丈夫?」と手を差し伸べる。
「あ、はい! 大丈夫です!」
アリステラの手を取り、立ち上がった少女の目はなぜか輝いていた。
「そっか、よかった」
微笑みかけると、少女が何か言いたげにもじもじとしている。
その様子を不思議に思ったアリステラが問う前に、その少女が言葉を発した。
「私を、次期公爵夫人さまのメイドにしてください!!」
(メイド? まぁ専属メイドが必要ではあるし、この子は何か放って置けないし……)
この愛らしい少女を、短時間で気に入ったアリステラ。
チラリとシルべアンに視線を向けると、少年は好きにしろと言わんばかりに微笑んだ。
「いいよ。今日からあなたは私の専属メイドね」
そう言うと、少女は顔をほころばせる。
「ありがとうございます! あ、私の名前は『セシル』って言います。苗字はない、ただのセシルです」
(ん? 何かこのセリフ聞いたことあるけど……)
『私の名前は『セシル』って言います。苗字はない、ただのセシルです』
それは原作小説のヒロインであるセシルがギルバートと挨拶した時に発した言葉。
(この子ヒロインじゃん!? 嘘でしょ!? また原作ぶち壊しちゃった!?)
一気に青ざめていくアリステラを見て、シルべアンとセシルが駆け寄る。
「リーシャ、どうした? 大丈夫か」
「大丈夫ですか?」
言葉が重なった二人の間に、バチバチと見えない火花が飛び散る。
「リーシャをお前が心配する必要はない」
「あります。私は専属メイドですから」
その様子を見たアリステラはため息をついた。
「……帰ろっか、シルビ」
「あぁ! そうだな」
先に話しかけられたシルべアンが勝ち誇ったような笑みを浮かべたのは、言わずもがなだろう。
♢♢♢
「アリステラ様!」
「なぁにセシル」
愛らしいセシルに日々癒されているアリステラにも一つだけ心配事があった。
それは……。
(うちのセシルの神聖力が覚醒しないんだけど!?)
原作では、セシルに神聖力が覚醒し、聖女に任命されることがなる。
聖女として認められる大きなきっかけとして、流行り病を見事治したことが影響したのだ。
(まぁ、その病気が流行るまでには覚醒するでしょ)
その時は気づいていなかった。
セシルの神聖力に隠された秘密を。




